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46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


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第19話 回転する運命と、スカウトの誤算




ようやく、店を動かす準備が整った。


内装はまだ細かな部分の調整が残っているものの、客を迎え入れるための最低限の形はできている。


一階には、世界五大珍味のひとつ――キングオーグの肉を使った焼肉屋。


そして二階には、この世界にはまだ存在しない、新しい業態。


キャバクラ。


テーブル、椅子、照明、酒を並べるためのカウンター。


女の子たちが客と会話をするためのスペース。


客の視線を自然に女の子へ向けさせる照明の配置。


前世で培った経験を思い出しながら、一つひとつ形にしていった。


もちろん、全部が順調だったわけじゃない。


この世界には、そもそも「キャバクラ」という概念が存在しない。


何に使うのかも分からない道具を説明しながら集め、似たようなものを代用品で作り、職人に細かな注文を出す。


金も時間も、想像以上にかかった。


それでも、ここまでは問題なかった。


俺にとって、本当に難しいのはここからだった。


――働いてくれる女の子を集める。


前世で長く水商売の現場にいた俺にとって、スタッフの確保は基本中の基本だった。


求人広告を出す。


応募してきた女の子と面接する。


性格や容姿、会話力を見極める。


採用したら、それぞれの適性を見て配置する。


そんな一連の作業をこなすことなんて、朝飯前。


……そう思っていた。


少なくとも、つい数日前までは。


「よし」


俺は気合を入れて、王都の街へ繰り出した。


前世でやっていたのと同じように、まずは人の集まる場所を歩く。


大通り。


市場。


商店街。


若い女の子が多そうな場所を片っ端から回っていく。


そして、良さそうな子を見つけるたびに声をかけた。


「……ちょっといいかな。今、仕事とか探してたりする?」


俺なりに丁寧に、落ち着いた声で話しかける。


相手を怖がらせない。


いきなり店の話を押しつけない。


まずは自然な会話から入る。


前世で身につけた基本中の基本だ。


ところが――。


「……」


女の子は俺の顔を見る。


次に、服装を見る。


そして、俺の後ろを確認する。


「……いえ」


短く答えると、そのまま歩き去っていった。


「え?」


俺が振り返る。


女の子は、まるで俺から逃げるように歩調を速めていた。


「ちょっと待って。別に怪しい者じゃ……」


俺が追いかけようとすると、さらに速度が上がる。


「……おいおい」


俺はその場に立ち尽くした。


その後も、何人かに声をかけてみた。


結果は同じ。


声をかけた瞬間に警戒される。


店の話をしようとすると、さらに警戒される。


「働いてみない?」と聞けば、ほとんどの女の子が首を横に振る。


中には、俺の顔を見るなり道を変える子までいた。


……おかしい。


何かがおかしい。


「前世じゃ、このやり方で何度も店を軌道に乗せてきたんだけどな……」


俺は腕を組んで唸った。


もちろん、この世界と前世では環境が違う。


それは分かっている。


だが、それでもここまで反応が違うとは思わなかった。


そもそも、この世界では「夜の店で働く」ということ自体に、かなりの抵抗があるのかもしれない。


ましてや、正体も分からない男から突然、


「働きませんか?」


なんて声をかけられれば、警戒するのも当然だ。


俺はその日の夕方まで粘った。


しかし――。


成果は、ゼロ。


一人も集まらなかった。


夕暮れ時。


俺は重い足取りで店へ戻った。


まだ完成途中の二階を見上げる。


新品のテーブル。


磨き上げたグラス。


酒を並べるための棚。


照明。


カウンター。


これだけ準備したのに、肝心の女の子がいない。


「……どうするかな」


俺が頭を掻いていると――。


「兄貴!」


突然、店の入口から大声が響いた。


「また五人ほど働きたいって子が集まりましたよ!」


「……は?」


俺は顔を上げた。


そこにいたのは、満面の笑みを浮かべたバッドだった。


そして、その後ろには――。


「……え?」


若い女の子が五人。


「…………」


俺は固まった。


バッドは得意げに胸を張っている。


「いやぁ、今日も大漁でした!」


「…………」


「兄貴? どうしました?」


「……何だ、あいつ」


思わず呟いた。


俺が一日かけて声をかけまくって、成果ゼロ。


それなのに、こいつは短時間で五人。


しかも、女の子たちの表情を見る限り、無理やり連れてきたわけでもなさそうだ。


むしろ、みんな楽しそうに笑っている。


「……お前、何した?」


「え? 普通に声をかけただけですよ?」


「普通に?」


「はい!」


……絶対に嘘だ。


こいつが言う「普通」は、俺が知っている「普通」とは違う。


俺はその日の夜、決めた。


――こいつのスカウト現場を見てやろう。


翌日。


俺はカエデさんと一緒に、こっそりバッドの尾行をしていた。


「オーナー。何故、私まで……」


「いや、一人で見るより二人で見た方が分析できますから」


「……そうですか」


カエデさんは眼鏡を押し上げた。


俺たちは大通りの端にある建物の陰へ身を隠す。


少し先を歩いているバッドの背中をじっと見つめる。


「……来ました」


カエデさんが小声で言った。


「え?」


俺も前を見る。


歩いている女の子が一人。


どうやらバッドもターゲットを見つけたらしい。


普通なら、ここで自然に近づいて声をかける。


俺ならそうする。


だが――。


「…………」


バッドは、女の子の正面へ回り込むと――。


突然。


「うおおおおおおっ!」


側転をブチかました。


「…………」


俺は絶句した。


綺麗な側転だった。


妙にキレがある。


一回転。


二回転。


そして、見事に着地。


「…………何してんだ、あいつ」


俺が呟く。


しかし、バッドの奇行は終わらなかった。


着地した直後、今度はわざとフラつく。


「うっ……」


そして、女の子の肩へ身体を預けた。


「えっ!?」


女の子が驚く。


「だ、大丈夫ですか!?」


「……あまりに可愛いから、目が回っちゃった……」


「え?」


「……うっ。ちょっと待って……クラクラする……」


バッドは額を押さえながら、苦しそうな顔をする。


「ヤバいかも……」


「ちょ、ちょっと!」


女の子が慌てて身体を支える。


その瞬間。


バッドがパッと顔を上げた。


「……君が話を聞いてくれないと、俺、倒れるかも」


「えっ!?」


そして――。


両手で指鉄砲を作った。


「バーン」


「…………」


「見つけた」


バッドはニッと笑う。


「君を探してたんだ。今日は、運命の出会いだよ」


「…………ぷっ」


女の子の口元が震える。


「……あははは!」


笑った。


完全に笑った。


さっきまで警戒していた女の子が、腹を抱えて笑っている。


「何それ! そんなの初めて言われた!」


「本当? じゃあ記念すべき一人目だね」


「もう、何なのこの人!」


バッドは楽しそうに笑う。


そのまま自然に会話へ入っていった。


店の話。


仕事内容。


給料。


そして、どんな店を作ろうとしているのか。


さっきまでのふざけた態度とは打って変わって、必要なことはきちんと説明している。


女の子も警戒するどころか、興味津々で話を聞いている。


やがて――。


「……ちょっとだけなら、話を聞いてみようかな」


「本当!?」


バッドが嬉しそうに声を上げる。


「じゃあ、一緒に店を見に行こう!」


「うん」


二人が並んで歩き始める。


俺は、その背中を呆然と見送った。


「…………」


しばらく言葉が出なかった。


やがて、隣にいるカエデさんを見る。


「……カエデさん」


「はい」


「あれ、どう思います?」


カエデさんは眼鏡の奥の瞳で、遠ざかっていくバッドをじっと見つめていた。


「対象の警戒心を意図的に下げ、予想外の行動によって注意を引きつける。そこから会話へ移行することで、心理的な距離を一気に縮めている……」


「……やっぱり、特殊なスキルでもあるんですか?」


「いえ」


カエデさんは淡々と答えた。


「あれは、理屈ではありません」


「……え?」


「あれだけ断られても、まったく動じていない」


「…………」


「断られることを恐れていないんです。失敗しても、恥ずかしがらない。馬鹿にされても気にしない。次の女性を見つけたら、また同じように声をかける」


カエデさんは少しだけ目を細めた。


「それを何百回、何千回と繰り返してきた結果でしょう」


「…………」


「あれは、技術というより……経験の積み重ねです」


俺は何も言えなかった。


バッドの背中を見ながら、ふと前世の記憶が蘇る。


昔、俺の店に一人のスカウトマンがいた。


そいつは、とにかく泥臭かった。


出っ歯。


ダサい髪型。


服装もパッとしない。


言葉遣いも決して洗練されていなかった。


俺は、そいつのことを馬鹿にしていた。


「もっとスマートにやれよ」


何度そう言ったか分からない。


「女の子には、もっと丁寧に接しろ」


「そんなダサいやり方じゃ、誰もついてこないぞ」


俺は、自分の方が正しいと思っていた。


水商売なんだから、格好よく。


余裕を持って。


相手に不快感を与えないように。


それがプロのやり方だと思っていた。


ところが――。


結果を出したのは、俺の方じゃなかった。


その男は、断られても断られても声をかけ続けた。


「お願いします!」


「ちょっとだけ話聞いてよ!」


「絶対向いてるから!」


何度断られても、笑っている。


馬鹿にされても、笑っている。


無視されても、次の女の子を探している。


その異常なまでの熱量に、最初は呆れていた。


だが――。


気がつけば、そいつが声をかけた女の子たちが、次々と店に入ってきた。


そして、その中には後に店の中心になるような子までいた。


俺は、そんなスカウトマンを最後まで「三流」だと思っていた。


……いや。


本当は、そう思いたかっただけなのかもしれない。


俺の方がスマートで。


俺の方が経験豊富で。


俺の方が正しい。


そう思っていたかった。


けれど――。


今、目の前にいるバッドを見ていると、その記憶が嫌でも蘇ってくる。


「……そういうことか」


俺は小さく呟いた。


ここは王都だ。


前世の常識が、そのまま通用する場所じゃない。


この世界では、俺の綺麗な理屈よりも――。


目の前で体を張る熱さ。


何度断られても立ち上がる図太さ。


相手を笑わせる馬鹿馬鹿しさ。


そういうものの方が、人の心を動かすことがある。


「…………」


俺は天を仰いだ。


そして、深く息を吐く。


「……馬鹿も使いよう、どころか」


隣でカエデさんが俺を見る。


「……俺の方が馬鹿だったな」


前世のプライド。


前世の常識。


前世で身につけた「正しいやり方」。


そんなものにしがみついていても、この世界では何も始まらない。


必要なら捨てればいい。


恥ずかしいなら、恥をかけばいい。


笑われるなら、笑われればいい。


店を成功させるためなら――。


俺は何だってやる。


それは前世でも同じだった。


そして、この世界でも変わらない。


「……よし」


俺は拳を握った。


「決めた」


カエデさんが首を傾げる。


「何をですか?」


「俺もスカウトする」


「……オーナーが?」


「そうだ」


俺は大通りを歩いていく女の子たちを見た。


昨日までなら、どう声をかければいいか。


どうすれば怪しまれないか。


どうすれば格好よく見えるか。


そんなことばかり考えていた。


でも、もう違う。


「格好なんてどうでもいい」


俺はニヤリと笑った。


「この世界で初めてのキャバクラを作るんだ」


必要な人材がいるなら――。


自分の足で探す。


何度断られてもいい。


笑われてもいい。


馬鹿にされてもいい。


「やれることは、全部やる」


俺は歩き出した。


この世界で初めてのキャバクラ。


その店を成功させるためなら――。


前世で積み上げてきたプライドさえ、俺は喜んで捨ててやる。


……ただし。


「……側転は、俺には無理だな」


そう呟いた瞬間。


隣のカエデさんが、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「オーナーなら、練習すればできると思いますよ」


「いや、そこは真似しなくていいだろ」


王都の夕暮れに、俺のツッコミだけが虚しく響いた。


お読みいただきありがとうございました。もし気に入っていただけましたら、作品のブックマークや、下の星(☆☆☆☆☆)で応援をお願いします!次の更新の大きなエネルギーになります!

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