第19話 回転する運命と、スカウトの誤算
ようやく、店を動かす準備が整った。
内装はまだ細かな部分の調整が残っているものの、客を迎え入れるための最低限の形はできている。
一階には、世界五大珍味のひとつ――キングオーグの肉を使った焼肉屋。
そして二階には、この世界にはまだ存在しない、新しい業態。
キャバクラ。
テーブル、椅子、照明、酒を並べるためのカウンター。
女の子たちが客と会話をするためのスペース。
客の視線を自然に女の子へ向けさせる照明の配置。
前世で培った経験を思い出しながら、一つひとつ形にしていった。
もちろん、全部が順調だったわけじゃない。
この世界には、そもそも「キャバクラ」という概念が存在しない。
何に使うのかも分からない道具を説明しながら集め、似たようなものを代用品で作り、職人に細かな注文を出す。
金も時間も、想像以上にかかった。
それでも、ここまでは問題なかった。
俺にとって、本当に難しいのはここからだった。
――働いてくれる女の子を集める。
前世で長く水商売の現場にいた俺にとって、スタッフの確保は基本中の基本だった。
求人広告を出す。
応募してきた女の子と面接する。
性格や容姿、会話力を見極める。
採用したら、それぞれの適性を見て配置する。
そんな一連の作業をこなすことなんて、朝飯前。
……そう思っていた。
少なくとも、つい数日前までは。
「よし」
俺は気合を入れて、王都の街へ繰り出した。
前世でやっていたのと同じように、まずは人の集まる場所を歩く。
大通り。
市場。
商店街。
若い女の子が多そうな場所を片っ端から回っていく。
そして、良さそうな子を見つけるたびに声をかけた。
「……ちょっといいかな。今、仕事とか探してたりする?」
俺なりに丁寧に、落ち着いた声で話しかける。
相手を怖がらせない。
いきなり店の話を押しつけない。
まずは自然な会話から入る。
前世で身につけた基本中の基本だ。
ところが――。
「……」
女の子は俺の顔を見る。
次に、服装を見る。
そして、俺の後ろを確認する。
「……いえ」
短く答えると、そのまま歩き去っていった。
「え?」
俺が振り返る。
女の子は、まるで俺から逃げるように歩調を速めていた。
「ちょっと待って。別に怪しい者じゃ……」
俺が追いかけようとすると、さらに速度が上がる。
「……おいおい」
俺はその場に立ち尽くした。
その後も、何人かに声をかけてみた。
結果は同じ。
声をかけた瞬間に警戒される。
店の話をしようとすると、さらに警戒される。
「働いてみない?」と聞けば、ほとんどの女の子が首を横に振る。
中には、俺の顔を見るなり道を変える子までいた。
……おかしい。
何かがおかしい。
「前世じゃ、このやり方で何度も店を軌道に乗せてきたんだけどな……」
俺は腕を組んで唸った。
もちろん、この世界と前世では環境が違う。
それは分かっている。
だが、それでもここまで反応が違うとは思わなかった。
そもそも、この世界では「夜の店で働く」ということ自体に、かなりの抵抗があるのかもしれない。
ましてや、正体も分からない男から突然、
「働きませんか?」
なんて声をかけられれば、警戒するのも当然だ。
俺はその日の夕方まで粘った。
しかし――。
成果は、ゼロ。
一人も集まらなかった。
夕暮れ時。
俺は重い足取りで店へ戻った。
まだ完成途中の二階を見上げる。
新品のテーブル。
磨き上げたグラス。
酒を並べるための棚。
照明。
カウンター。
これだけ準備したのに、肝心の女の子がいない。
「……どうするかな」
俺が頭を掻いていると――。
「兄貴!」
突然、店の入口から大声が響いた。
「また五人ほど働きたいって子が集まりましたよ!」
「……は?」
俺は顔を上げた。
そこにいたのは、満面の笑みを浮かべたバッドだった。
そして、その後ろには――。
「……え?」
若い女の子が五人。
「…………」
俺は固まった。
バッドは得意げに胸を張っている。
「いやぁ、今日も大漁でした!」
「…………」
「兄貴? どうしました?」
「……何だ、あいつ」
思わず呟いた。
俺が一日かけて声をかけまくって、成果ゼロ。
それなのに、こいつは短時間で五人。
しかも、女の子たちの表情を見る限り、無理やり連れてきたわけでもなさそうだ。
むしろ、みんな楽しそうに笑っている。
「……お前、何した?」
「え? 普通に声をかけただけですよ?」
「普通に?」
「はい!」
……絶対に嘘だ。
こいつが言う「普通」は、俺が知っている「普通」とは違う。
俺はその日の夜、決めた。
――こいつのスカウト現場を見てやろう。
翌日。
俺はカエデさんと一緒に、こっそりバッドの尾行をしていた。
「オーナー。何故、私まで……」
「いや、一人で見るより二人で見た方が分析できますから」
「……そうですか」
カエデさんは眼鏡を押し上げた。
俺たちは大通りの端にある建物の陰へ身を隠す。
少し先を歩いているバッドの背中をじっと見つめる。
「……来ました」
カエデさんが小声で言った。
「え?」
俺も前を見る。
歩いている女の子が一人。
どうやらバッドもターゲットを見つけたらしい。
普通なら、ここで自然に近づいて声をかける。
俺ならそうする。
だが――。
「…………」
バッドは、女の子の正面へ回り込むと――。
突然。
「うおおおおおおっ!」
側転をブチかました。
「…………」
俺は絶句した。
綺麗な側転だった。
妙にキレがある。
一回転。
二回転。
そして、見事に着地。
「…………何してんだ、あいつ」
俺が呟く。
しかし、バッドの奇行は終わらなかった。
着地した直後、今度はわざとフラつく。
「うっ……」
そして、女の子の肩へ身体を預けた。
「えっ!?」
女の子が驚く。
「だ、大丈夫ですか!?」
「……あまりに可愛いから、目が回っちゃった……」
「え?」
「……うっ。ちょっと待って……クラクラする……」
バッドは額を押さえながら、苦しそうな顔をする。
「ヤバいかも……」
「ちょ、ちょっと!」
女の子が慌てて身体を支える。
その瞬間。
バッドがパッと顔を上げた。
「……君が話を聞いてくれないと、俺、倒れるかも」
「えっ!?」
そして――。
両手で指鉄砲を作った。
「バーン」
「…………」
「見つけた」
バッドはニッと笑う。
「君を探してたんだ。今日は、運命の出会いだよ」
「…………ぷっ」
女の子の口元が震える。
「……あははは!」
笑った。
完全に笑った。
さっきまで警戒していた女の子が、腹を抱えて笑っている。
「何それ! そんなの初めて言われた!」
「本当? じゃあ記念すべき一人目だね」
「もう、何なのこの人!」
バッドは楽しそうに笑う。
そのまま自然に会話へ入っていった。
店の話。
仕事内容。
給料。
そして、どんな店を作ろうとしているのか。
さっきまでのふざけた態度とは打って変わって、必要なことはきちんと説明している。
女の子も警戒するどころか、興味津々で話を聞いている。
やがて――。
「……ちょっとだけなら、話を聞いてみようかな」
「本当!?」
バッドが嬉しそうに声を上げる。
「じゃあ、一緒に店を見に行こう!」
「うん」
二人が並んで歩き始める。
俺は、その背中を呆然と見送った。
「…………」
しばらく言葉が出なかった。
やがて、隣にいるカエデさんを見る。
「……カエデさん」
「はい」
「あれ、どう思います?」
カエデさんは眼鏡の奥の瞳で、遠ざかっていくバッドをじっと見つめていた。
「対象の警戒心を意図的に下げ、予想外の行動によって注意を引きつける。そこから会話へ移行することで、心理的な距離を一気に縮めている……」
「……やっぱり、特殊なスキルでもあるんですか?」
「いえ」
カエデさんは淡々と答えた。
「あれは、理屈ではありません」
「……え?」
「あれだけ断られても、まったく動じていない」
「…………」
「断られることを恐れていないんです。失敗しても、恥ずかしがらない。馬鹿にされても気にしない。次の女性を見つけたら、また同じように声をかける」
カエデさんは少しだけ目を細めた。
「それを何百回、何千回と繰り返してきた結果でしょう」
「…………」
「あれは、技術というより……経験の積み重ねです」
俺は何も言えなかった。
バッドの背中を見ながら、ふと前世の記憶が蘇る。
昔、俺の店に一人のスカウトマンがいた。
そいつは、とにかく泥臭かった。
出っ歯。
ダサい髪型。
服装もパッとしない。
言葉遣いも決して洗練されていなかった。
俺は、そいつのことを馬鹿にしていた。
「もっとスマートにやれよ」
何度そう言ったか分からない。
「女の子には、もっと丁寧に接しろ」
「そんなダサいやり方じゃ、誰もついてこないぞ」
俺は、自分の方が正しいと思っていた。
水商売なんだから、格好よく。
余裕を持って。
相手に不快感を与えないように。
それがプロのやり方だと思っていた。
ところが――。
結果を出したのは、俺の方じゃなかった。
その男は、断られても断られても声をかけ続けた。
「お願いします!」
「ちょっとだけ話聞いてよ!」
「絶対向いてるから!」
何度断られても、笑っている。
馬鹿にされても、笑っている。
無視されても、次の女の子を探している。
その異常なまでの熱量に、最初は呆れていた。
だが――。
気がつけば、そいつが声をかけた女の子たちが、次々と店に入ってきた。
そして、その中には後に店の中心になるような子までいた。
俺は、そんなスカウトマンを最後まで「三流」だと思っていた。
……いや。
本当は、そう思いたかっただけなのかもしれない。
俺の方がスマートで。
俺の方が経験豊富で。
俺の方が正しい。
そう思っていたかった。
けれど――。
今、目の前にいるバッドを見ていると、その記憶が嫌でも蘇ってくる。
「……そういうことか」
俺は小さく呟いた。
ここは王都だ。
前世の常識が、そのまま通用する場所じゃない。
この世界では、俺の綺麗な理屈よりも――。
目の前で体を張る熱さ。
何度断られても立ち上がる図太さ。
相手を笑わせる馬鹿馬鹿しさ。
そういうものの方が、人の心を動かすことがある。
「…………」
俺は天を仰いだ。
そして、深く息を吐く。
「……馬鹿も使いよう、どころか」
隣でカエデさんが俺を見る。
「……俺の方が馬鹿だったな」
前世のプライド。
前世の常識。
前世で身につけた「正しいやり方」。
そんなものにしがみついていても、この世界では何も始まらない。
必要なら捨てればいい。
恥ずかしいなら、恥をかけばいい。
笑われるなら、笑われればいい。
店を成功させるためなら――。
俺は何だってやる。
それは前世でも同じだった。
そして、この世界でも変わらない。
「……よし」
俺は拳を握った。
「決めた」
カエデさんが首を傾げる。
「何をですか?」
「俺もスカウトする」
「……オーナーが?」
「そうだ」
俺は大通りを歩いていく女の子たちを見た。
昨日までなら、どう声をかければいいか。
どうすれば怪しまれないか。
どうすれば格好よく見えるか。
そんなことばかり考えていた。
でも、もう違う。
「格好なんてどうでもいい」
俺はニヤリと笑った。
「この世界で初めてのキャバクラを作るんだ」
必要な人材がいるなら――。
自分の足で探す。
何度断られてもいい。
笑われてもいい。
馬鹿にされてもいい。
「やれることは、全部やる」
俺は歩き出した。
この世界で初めてのキャバクラ。
その店を成功させるためなら――。
前世で積み上げてきたプライドさえ、俺は喜んで捨ててやる。
……ただし。
「……側転は、俺には無理だな」
そう呟いた瞬間。
隣のカエデさんが、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「オーナーなら、練習すればできると思いますよ」
「いや、そこは真似しなくていいだろ」
王都の夕暮れに、俺のツッコミだけが虚しく響いた。
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