第18話 計算された護身
店を完成させるには、腕力だけでは足りない。
女性スタッフの安全を確保し、決まった時間に店を回すための仕組みが必要だ。
俺はカエデさんを雇ってからの三日間、彼女に麟角刀の扱いと、体の動かし方を教えた。
麟角刀
先端が二股に分かれており、魚の尾や麒麟の角のように見えるのが特徴。
刺す、切るだけでなく、二股部分で相手の刃を絡め取ったり、防いだりできる。
だが、彼女の上達速度は、俺の予想を遥かに超えていた。
「……いいですか? 円を描くイメージで。相手の力と正面からぶつからないで。その力を『角』で受け流して、外側へ逃がすんです」
俺の教えに、カエデさんは麟角刀を握ったまま、手元の羊皮紙に猛烈な勢いで数式を書き殴った。
「……なるほど。オーナーの動きをベクトルとして解析。接点における摩擦係数と、円運動による遠心力の変換……。座標軸を三度ずらせば、私の筋力でも再現可能です」
「……は?」
横でヒョロリとした長い腕を振り回して素振りをしていたバッドが、間の抜けた声を出す。
こいつは身体能力は高いが、理屈はさっぱりだ。
「おいおい、兄貴のあのワザ、俺だってまだ半分も分かってねぇんだぞ? 三日で何が――」
「バッド、ちょっと突いてみて。……本気で」
俺の指示に、バッドが半信半疑で、鋭い突きを繰り出す。
カエデさんは一歩も引かず、麟角刀の「角」をバッドの剣筋に添えた。
次の瞬間、バッドの体が円を描くように宙を舞い、地面に叩きつけられた。
「……計算通りです。入力されたエネルギーを、そのまま回転運動へ転換しました」
マジか。この人、武術を『数学』で処理してる。
俺が現世で趣味として続けてきた形意拳。あの頃はイマイチ実感がなかった呼吸の仕方が、この体では明確な力として感じられる。
俺は驚きを抑え、落ち着いた態度で頷いた。
「……十分だよ。実地で試してみよう」
午後。俺たちはカエデさんが考えた「キャスト用の送迎ルート」の下見に出ていた。
彼女の計算は緻密だった。最短距離ではなく、外灯が多く、衛兵の巡回ルートに重なる道を選んでいる。
馬車で送迎するのは、スタッフの安全と時間を確実に守るためだ。
「夜道で何かあってからじゃ遅いからな。みんなが予定通り、安心して働けるようにするための準備だよ」
俺がそう言って馬車を手配した時、ルートの袋小路で、柄の悪い男たちが立ち塞がった。
地元の顔役の部下たちが三名。
「おい、新顔。この通りを馬車で通るなら、挨拶料を払ってもらおうか。……その不気味な眼鏡の女、代わりに置いていくなら話は別だがな」
バッドが厳しい表情で剣の柄を握る。俺はカエデさんの肩を軽く叩いた。
「カエデさん、さっきのやり方を試してみて」
カエデさんは震える手で麟角刀を抜いた。相手は鼻で笑って剣を振り下ろす。
だが、彼女の動きは精密機械のようだった。
剣筋を「円」で受け流し、麟角刀の形状で相手の剣を絡め取る。そのまま相手の重心を利用して、関節が無理な角度に曲がる方向へと導いた。
「あぎっ!?」
一瞬だった。三人の男が、路地裏に折り重なって転がった。
「……所要時間、三.二秒。予定より〇.二秒、誤差が出ました。オーナー、申し訳ありません」
眼鏡の奥の瞳が、静かに光る。
背後でバッドが「……化け物かよ。兄貴、俺も数学とかいうのを覚えた方がいいんですかね」と呟くのが聞こえた。
「お前はまず、掛け算九九からだね」




