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46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


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第17話 管理者の確保と「居場所」の論理




店を始める。


そう決めたはいいものの、問題は山ほどあった。


バッドをはじめ、現場で働いてくれる人間は少しずつ集まってきた。


リナには二階を任せる。


一階にはバッドの母親もいる。


だが――まだ足りない。


金の管理だ。


売上はいくらだったのか。

仕入れにいくら使ったのか。

人件費はいくらか。

一日にどれだけ利益が出ているのか。


俺一人で全部やるのは無理だ。


前世なら電卓や帳簿を使えば済む話だが、ここにはそんな便利なものはない。


何より俺は、数字を見るのが得意じゃない。


「兄貴、金なら俺が数えようか?」


「お前に任せたら、途中で全部剣を買いそうだから却下」


「なんでだよ!」


「なんとなく」


俺はバッドを連れて、王都の隅にある奴隷商の店へ向かった。


別に奴隷が欲しかったわけじゃない。


この世界では、身元を保証してくれる人間がいない者が仕事を得るのは難しい。


国営のショクアンも、民間のふろむ・えーも、身元の確認ができなければ門前払いになることがある。


そんな人間たちが最後に行き着く場所の一つが、ここだった。


前世の感覚で言えば、奴隷というより、身元保証付きの住み込み雇用に近い。


もちろん、自由を制限される以上、完全に同じとは言えない。


ただ、この世界ではここが行き場を失った人間の受け皿になっている。


店の奥へ進んでいく。


「兄貴、エルフとかいないの?」


「今日はそういうのを探しに来たんじゃない」


「じゃあドワーフ?」


「違う」


「じゃあ何?」


「金の計算ができる人」


「……そんな奴、奴隷商にいるの?」


「いるかもしれないだろ」


そんな会話をしながら奥へ進んでいく。


そして――


一人の女の前で、俺は足を止めた。


他の連中とは少し違っていた。


東の国の民族衣装らしい服はかなり汚れている。


だが、その女は服装なんて気にする様子もなく、地面を指でなぞっていた。


数字。


一つ。


また一つ。


何かを計算している。


「……名前は?」


俺が声をかけると、女はゆっくり顔を上げた。


目の下には濃い隈がある。


それでも、その目だけは妙に鋭かった。


「……カエデ、と申します」


「何を計算してるんです?」


「人が死ぬ数です」


「……え?」


「戦場での損耗率です。何人送れば、何人死んで、何人戻ってくるのか。それをずっと計算していました」


淡々としている。


感情が抜け落ちたような声だった。


話を聞けば、カエデは東の国で軍事関係の計算をさせられていたらしい。


何人死んだ。


何人負傷した。


あと何人いれば戦える。


そんな数字ばかりを、何年も扱ってきた。


そのせいなのか。


彼女は自分のことを、


「人の死を数えることしかできない人間です」


そう言った。


俺は少し考えた。


そして――


「それなら、ちょうどいい」


「……?」


「俺の店では、人が死ぬ数じゃなくて、人が喜ぶ数を計算してもらいたいんです」


カエデが初めて、少しだけ目を見開いた。


「売上がいくらになるのか。何を仕入れれば儲かるのか。スタッフを何人雇えばいいのか。馬車を何台用意すればいいのか」


俺は笑った。


「計算することなら、いくらでもありますよ」


しばらく沈黙が続いた。


やがてカエデは、小さく息を吐いた。


「……変な方ですね」


「よく言われます」


俺はそのまま、彼女の身元を引き受けることにした。


宿で身なりを整えてもらうと、印象はかなり変わった。


眼鏡の奥の目は鋭い。


でも、ちゃんと見ると綺麗な顔をしている。


何より――


数字を見る目だけは、完全に別人だった。


俺が店の帳簿を簡単に見せると、カエデはしばらく黙っていた。


「……オーナー」


「何?」


「この仕入れ、少し高すぎます」


「え?」


「それと、この売値では利益が薄すぎます」


「……」


「あと、この人数で営業するなら、人件費の計算も見直したほうがいいでしょう」


「……」


すごい。


採用したその日に、俺の経営にダメ出しを始めた。


「カエデさん」


「はい」


「採用して正解だったよ」


「ありがとうございます」


顔色一つ変えずに返された。


怖い。


でも頼もしい。


そして俺は、もう一つ用意していたものを彼女の前に置いた。


「これは?」


「麟角刀(りんかくとう)。護身用です」


形意拳で使われる武器の一つで、先端が麒麟の角のよう二股に分かれてる剣。


この世界では、女性が一人で夜道を歩くことも珍しくない。


店で金を扱うなら、身を守る術くらいは持っていたほうがいい。


「私は……人を傷つけるのは」


「必要なら使えばいい。でも、基本は自分を守るためです」


カエデはしばらく麟角刀を見つめていた。


そして、そっと手に取った。


「……分かりました」


俺は軽く頷いた。


「使い方は俺が教えます」


「ありがとうございます、オーナー」


その時だった。


カエデが帳簿から顔を上げた。


「ところで、先ほどお話しされていた女性専用の送迎馬車ですが」


「うん」


「これ、かなり重要だと思います」


「やっぱり?」


王都は広い。


特に夜になると、遠くから働きに来る女性にとっては帰り道が問題になる。


そこで俺は、店専用の馬車を用意して、女の子たちを安全に送り迎えすることを考えていた。


「働きたい女性がいても、夜道が危険なら来られません。なら、こちらから迎えに行けばいい」


「その場合、必要な馬車の台数と人員を計算します」


カエデはもう仕事を始めていた。


「それと……」


「まだ何かある?」


「住む場所も必要でしょう」


「住む場所?」


「身元を保証してくれる人がいない女性もいるのでしょう?」


俺は黙った。


カエデは続けた。


「なら、専用の宿舎を用意すべきです」


その言葉を聞いて、俺はふとドナドのおやっさんを思い出した。


俺には、本当の両親の記憶がない。


呪いのせいで、顔も声も思い出せない。


そんな俺を拾ってくれたのが、おやっさんだった。


身元を引き受けてくれた。


飯を食わせてくれた。


寝る場所を与えてくれた。


あの人がいなかったら、俺はこの世界でどうなっていたかわからない。


だから、なんとなくわかる。


行き場のない人間に、帰る場所があることがどれだけありがたいのか。


「……そうだな」


俺は小さく頷いた。


「それも作ろう」


「よろしいのですか?」


「必要なんだろ?」


「はい」


「じゃあ作る」


俺は立ち上がった。


「カエデさん。金のことは全部任せます」


「承知しました、オーナー」


「俺が無茶を言ったら?」


「止めます」


「……即答だね」


「必要なら、止めます」


「頼もしいよ」


こうして、店に新しい仲間が加わった。


現場を動かすバッド。


二階を仕切るリナ。


数字と管理を任せるカエデ。


そして、俺。


まだ店は開いていない。


それでも――


少しずつ、形になってきた。


ただの焼肉屋じゃない。


ただの酒場でもない。


ここに来れば、飯が食える。


酒が飲める。


仕事も見つかる。


帰る場所がない人間には、帰る場所を作る。


そんな店にしてみてもいい。


俺は帳簿を閉じた。


「さて……開店まで、もう一踏ん張りだな」




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