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46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


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185話 送り出す者たち




 ドナド亭は、本来なら深夜にしか灯りの点かない店だった。


 それが今日は、昼間から扉を開けている。



「おやっさん、こんな時間に悪いね」



「水臭いこと言うなよ、リュウジィ」



 ドナドは厨房から顔を出すと、いつもの人懐っこい笑みを浮かべた。



「お前が村で目を覚ましたばかりの頃から思えば、ずいぶん立派になったもんだ。あの時、俺の店で暴れた騎士どもをぶっ飛ばした時から、こうなる予感はしてたけどな」



 店の中には、すでに何人かが集まっていた。


 バッド、シド、カエデ、ハクさん。


 カウンターの奥では、フロドが真剣な顔で鍋をかき混ぜている。


 その隣で、プリカが皿を並べる手伝いをしていた。



「兄貴、明日出発なんですよね」



 バッドが声をかけてくる。



「ああ。世話になった」



「水臭いのはこっちも同じっすよ」



 バッドは少し照れくさそうに笑った。


 その隣で、シドも小さく頷いている。



「兄貴たちが行ってる間、店の後片付けと修復、ちゃんとやっときますんで」



「ああ、頼んだ」



「給料の件は、私の方でしっかり管理しておきます」



 カエデが淡々と言った。


 だが、その声はいつもよりわずかに硬い。



「オーナー。……本当に、大丈夫なんですか」



「分からない。正直、今の時点じゃ何も約束できない」



 俺は誤魔化さずに答えた。


 カエデは何かを言いかけて、結局口をつぐんだ。



 店の奥のテーブルでは、リナとニーナが並んで座っていた。



「気をつけてね」



 リナがそれだけ言って、小さく手を振る。


 ニーナも心配そうな顔をしながら、それ以上は何も言わなかった。



 厨房近くでは、バッドの母が勝手知ったる様子でグラスを並べている。


 時折こちらに視線を送りながらも、余計な口出しはしなかった。


 それが逆に、彼女なりの気遣いのようにも見えた。



 ハクさんが一歩前に出た。



「店のことは、我々にお任せください」



 その声には、いつもの落ち着きがあった。



「行くと決めたのなら、私が止める道理はございません。ただ――」



 一拍、間を置く。



「必ず、五人揃ってお戻りください。それだけが、私の願いです」



 その言葉に、隣にいたタツヨが小さく頷いた。


 カミラも、ミライも、ムサシも、それぞれ静かにその場に立っていた。



 ミライが一歩前に出て、俺の腕に軽く触れた。



「グラニータには、店のことちゃんと頼んできたから。心配しないで」



「ああ」



「それより」



 ミライは俺の顔をまっすぐ見上げた。



「あたしたち、ちゃんと五人で帰ってこようね」



 その声には、いつもの明るさの奥に、隠しきれない緊張が滲んでいた。



「約束する」



 俺はそれだけ言った。


 それ以上の言葉は、今はまだ軽く思えた。



 タツヨがバッドの肩を軽く叩く。



「留守の間、頼むぞ」



「……分かってますって」



 バッドは短く答えると、少し悔しそうに唇を噛んだ。



「俺も、連れてってほしいっすけどね」



「駄目だ」



 タツヨが即座に答えた。



「お前まで行ったら、こっちを任せる奴がいなくなるだろ」



「……分かってますよ、それくらい」



 バッドはそれ以上何も言わず、目を伏せた。


 シドがその肩に軽く手を置く。



 カミラが小さく息を吐いた。



「ま、あたしらが戻るまで、こっちのことは頼んだよ」



「任せてください」



 バッドが少し照れくさそうに答える。


 ムサシは何も言わず、ただ静かに頷いていた。



 やがてドナドが、大皿に盛った料理をテーブルに並べ始めた。



「さあ、食え食え。腹が減ってちゃ、いい旅もできねえだろ」



 その一言で、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。


 フロドが得意げに料理を運んでくる。


 プリカも、小さな手で皿を配って回っていた。



 賑やかな時間が過ぎていく。


 誰も、深刻な顔ばかりしているわけにはいかなかった。



 食事が一段落した頃、俺はカエデにだけ声をかけた。



「カエデ、ちょっといいか」



「はい?」



 怪訝そうな顔をするカエデを、店の外へ連れ出す。


 他の皆には聞こえない距離まで来てから、俺は静かに切り出した。



「もし……もし俺が帰ってこなかったら」



「オーナー?」



「店の資産とか、貯めてる金とか。皆で分けてくれ」



 カエデの表情が、一瞬で強張った。



「そんなこと、今言わないでください」



「万が一の話だ。お前は数字に強いし、こういうことを任せられるのはお前しかいない」



「……オーナー」



 カエデは何か言い返そうとしたが、言葉が出てこないようだった。


 いつも冷静に数字を語る彼女が、今だけは何も計算できずにいるように見えた。



「必ず帰ってくるつもりだ。でも、念のためだ」



「……分かりました」



 カエデは俯いたまま、小さく頷いた。


 その声は、いつもよりずっと小さかった。



「ちゃんと、帰ってきてください」



「ああ」



 店の中に戻ると、皆がそれぞれ思い思いに過ごしていた。


 さっきまでの重い空気も、少しずつ和らいでいるように見える。



 その夜、俺たち五人は近くの空き部屋に集まり、明日からのことを詰めることにした。



「それで、俺たちはどういう立場で行くんだ?」



 タツヨが切り出すと、俺は懐から一枚の紙を取り出した。


 カシムさんから預かった書状だ。



「カシムさんの伝手は『バラゴン商会』ってところだ。交易館に定期的に荷を納めてる商会らしい」



「聞いたことないな」



「俺もだ。だからこそ、都合がいい」



 俺は皆の顔を見回した。



「カイエンタイの名前を出したら、すぐバレる。俺が誰なのか知ってる人間は、向こうにもいるかもしれない」



「……ああ、そうか」



 タツヨが納得したように頷く。



「カシムさんが、バラゴン商会には話を通してくれてる。俺たちは、その商会の代理として向こうへ行く」



「つまり、あたしらがバラゴン商会の名前を使うってこと?」



 カミラが片眉を上げる。



「乗っ取りみたいで面白いじゃん」



「乗っ取りじゃなくて、代理だ。カシムさんがちゃんと話を通してくれてる」



「はいはい」



 カミラは軽く笑って、それ以上は突っ込まなかった。



「役割はどうする?」



 ムサシが静かに聞いてきた。



「俺が商会の代理人として交渉役をやる。タツヨとムサシは護衛」



「それは分かりやすいな」



 タツヨが頷く。



「カミラは護衛でも、御者でもどっちでもいい」



「御者でいいよ。あたし、馬の扱い得意だし」



「ミライは荷物と帳簿の管理、頼めるか」



「うん、任せて」



 ミライがしっかりと頷いた。



「数字のことなら、カエデにもコツ聞いておくから大丈夫」



「助かる」



 一通り役割が決まると、部屋の中に少しだけ現実味を帯びた緊張が満ちた。



「さっさと行ってボコボコにして、皆で帰ってこようぜ」



 タツヨがニヤリと笑った。



「ああ」



 俺は短く答えた。



 まだ何もかもが手探りだ。


 バラゴン商会という名前も、書状一枚の縁も、頼りないと言えば頼りない。



 それでも、動き出さなければ何も変わらない。



「明日の朝、出発だ」



 その言葉に、四人がそれぞれ頷いた。



 窓の外はすっかり夜になっていて、王都の灯りが遠くにぽつぽつと灯り始めていた。


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