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46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


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179話 駆ける知らせ



 ヤツハカ村の狩人オルセンは、二日がかりの過酷な道のりを越え、王都へ馬を走らせていた。


 荷馬車の荷台には、仕込んだばかりの世界五大珍味・キングオーグの肉が積まれている。


 ジョジョエンへの定期納品。


 何十回と繰り返してきた、いつもの仕事だった。


 いつもの道を抜け、二日目の昼下がり。


 オルセンは、いつも通り店の裏口へ馬車を回した。


 だが――。


 視界に飛び込んできた光景に、手綱を握っていた指が止まった。


 店の壁は半分ほど崩れ落ち、屋根も一部が吹き飛んでいる。


 剥き出しになった骨組み。


 散乱する瓦礫。


 焼け焦げた黒煙こそないものの、そこに残された破壊の跡は、まるで巨大な何かに一撃で叩き潰されたかのようだった。


 周囲では、見覚えのない街の人々が集まり、重い瓦礫をどかしたり、折れた木材を運び出したりしている。


「な……何が……」


 オルセンは馬車を止めることさえ忘れ、荷台から地面へ飛び降りた。


 事情を聞こうと足を踏み出した、その時だった。


「オルセンさん?」


 背後から、聞き覚えのある声が届いた。


 振り返る。


 そこに立っていたのはカエデだった。


 いつもと変わらぬ冷静な表情。


 腰には二本の麟角刀を帯びている。


 だが、その目の下には隠しきれない疲労が刻まれていた。


「カエデさん、これは……一体何があったんですか?」


「襲撃を受けました」


「襲撃……?」


「はい。ジョジョエンだけではありません。ジャンヌダルクとMG倶楽部も、ほぼ同時に襲われています」


「……ゼノンさんは?」


「治療院です」


「ギノンさんは?」


「ギノンさんも治療を受けています」


 オルセンの顔が強張った。


「怪我を……?」


「はい」


「……!」


 オルセンは息を呑んだ。


 何度も顔を合わせてきた二人だ。


 肉を届けるたびに言葉を交わす。


 そんな二人が、今は傷ついている。


「治療院へ案内してください」


「分かりました」


 カエデが歩き出す。


 オルセンも、その後を追った。


 崩れた壁。


 割れた石畳。


 散乱する木材。


 道の端には、運び出された瓦礫が山のように積まれている。


 目に入るたび、胸の奥が重くなった。


 やがて治療院へ到着する。


 扉を開けると、中では数人のヒーラーが慌ただしく動き回っていた。


 簡素なベッドが並んでいる。


 その中に、知った顔があった。


「……ゼノンさん」


 全身に包帯を巻かれ、目を閉じている。


 その隣にはギノン。


 こちらも深い傷を負い、身動きひとつしない。


「……ギノンさん」


 オルセンの喉が詰まった。


 いつもなら、店へ入れば声を掛けてくれる二人だ。


 それが今は、何も言わない。


 近くではバッドの母親が治療に必要なものを運び、リッカも忙しく動いていた。


 ミライも治療を受けている。


 オルセンは、知っている顔を一人ずつ確認した。


 皆、怪我をしている。


 だが、生きている。


「ゼノンさんとギノンさんは、特に傷が深いです。他の方々も怪我をしていますが、命に関わる状態ではありません」


 カエデが静かに告げる。


「……何があったんですか?」


 オルセンが尋ねた。


 カエデは襲撃の一部始終を話した。


 三店舗が同時に襲われたこと。


 襲撃者が店を破壊し、そこにいた者たちへ襲いかかったこと。


 そして、店にいた者たちが必死に戦い、どうにか退けたこと。


 オルセンは黙って聞いていた。


 話が終わる。


 治療院には、ヒーラーたちの声と治療魔法の音だけが残った。


「……リュウジィさんたちは、知ってるんですか?」


「まだ、誰も知らせに行かせてません」


 オルセンはゼノンとギノンを見た。


 バッドの母親。


 リッカ。


 ミライ。


 そしてカエデ。


 自分が何度も顔を合わせてきた人たちだ。


 この事実を知ったまま、何もなかったように村へ戻ることなどできない。


「俺が知らせに行きます」


 オルセンは踵を返した。


「オルセンさん!」


「大丈夫です。俺が行きます」


 治療院を飛び出す。


 馬車へ戻る。


 荷台には、届けるはずだったキングオーグの肉が積まれたままだった。


 だが、今のオルセンには、それを気にする余裕などなかった。


 手綱を握る。


 馬の腹を蹴る。


 馬車は、来た道を引き返した。


 王都からヤツハカ村までの道のりは、決して短くない。


 それでもオルセンは、休む時間さえ惜しむように馬を走らせ続けた。


 一刻でも早く伝えなければならない。


 その一心だった。


 やがて丸二日を越える道のりの果てに、ヤツハカ村が見えてきた。


 空はすでに深い夕闇に染まっている。


 疲れ切った馬を急かしながら、オルセンは郭老師の小屋へ向かった。


 扉を勢いよく開ける。


「オルセンさん?」


 突然の来訪に、リュウジィが顔を上げた。


 そこには、夕食を終えたばかりのリュウジィ、タツヨ、ムサシ、そして郭老師がいた。


「どうしたんですか、そんなに慌てて」


 リュウジィが椅子から立ち上がる。


 オルセンは荒い息を整える間も惜しみ、王都で起きたことを話した。


 三店舗が同時に襲撃されたこと。


 ゼノンとギノンが重傷を負ったこと。


 バッドの母親やリッカ、ミライたちも怪我をしていること。


 そして、襲撃者は退けられたものの、店には大きな被害が出ていること。


「……」


 リュウジィの表情が消えた。


「……誰だ」


 低い声だった。


「誰がやった」


「人外なる者だそうです」


「……牙血族か」


 リュウジィの表情が険しくなる。


「……あいつらか」


 タツヨも低く呟いた。


「……そうか」


 リュウジィは俯いた。


 静かだった。


 あまりにも静かだった。


「……ふざけやがって」


 吐き捨てる。


「俺の女に、何しやがった……」


 歯を食いしばる。


「ゼノンも……ギノンも……」


 怒りが、声の奥で膨れ上がっていく。


「……許さねぇ」


 タツヨがリュウジィを見る。


 普段なら、真っ先に怒鳴り散らしているのはタツヨだった。


 だが、今は何も言えない。


「絶対に……許さねぇ」


 リュウジィの目が上がる。


 そこには、いつもの穏やかさがなかった。


「ぶっ殺してやる……」


 低く呟く。


「俺の仲間に手を出した奴を……」


 呼吸が荒くなる。


「絶対に逃がさねぇ」


 タツヨが立ち上がった。


「リュウジィ」


「行くぞ」


 リュウジィが遮る。


「今すぐ王都へ戻る」


「おう」


 タツヨが頷く。


「俺も行こう」


 ムサシも立ち上がった。


「村はどうするんだ。お前が警護役だろ」


「老師がいる。それで十分だ」


 ムサシは静かにそう言うと、老師の方へ軽く目礼した。


 老師は湯呑みを置く。


「わしがいれば村は大事ない。行ってこい」


 リュウジィは立ち上がった。


「行ってきます」


「心配はいらん」


 老師は村の方へ視線を向けた。


「お前が築いてきたこの狩りの拠点も、ここで築いてきたものも、わしが責任を持って守っておこう」


「じゃが、リュウジィ」


「何ですか」


「今のお前は、怒りに呑まれかけておる」


「うるせえぞ!」


 怒声が小屋を震わせた。


 全員が黙る。


 リュウジィ自身も、そこで我に返った。


「……」


 荒い息を吐く。


 そして老師を見る。


「……すいません」


 頭を下げた。


「怒りに呑まれたまま動けば、次に守れるものまで守れなくなる」


「でも……今は無理です」


 顔を上げる。



「俺の大事な奴らが傷つけられたんだ」


 声が低くなる。


 老師は黙ってリュウジィを見る。


「……行ってこい」


「はい」


 リュウジィは頷いた。


 タツヨが出口へ向かう。


「よし。行くぞ」


「ムサシ」


「ああ」


「準備を頼む」


「分かった」


 三人は小屋を出た。


 オルセンも外へ出る。


「リュウジィさん」


「知らせてくれて、ありがとうございました」


「いえ……俺は何も」


「十分です」


 リュウジィは短く答えた。


「行ってきます」


「気をつけてください」


「ああ」


 三人が馬車へ乗り込む。


 だが、すぐには出発しなかった。


「二日かかるんだろ?」


 タツヨが言った。


「ああ」


「なら、無茶して最初から飛ばすな。王都に着く頃には、戦う力が残ってねぇなんて笑えねぇぞ」


 リュウジィは黙っていた。


 分かっている。


 王都で何が待っているかは分からない。


 襲撃者が再び現れる可能性だってある。


 到着してすぐ戦いになることも考えておかなければならない。


「俺とリュウジィで交代する」


 タツヨが続けた。


「ムサシは運転できねぇんだろ?」


「ああ」


「なら、お前は寝られる時に寝ろ」


「分かった」


 リュウジィが手綱を握る。


「最初は俺が行く」


「おう」


 馬車が走り出した。


 夜の街道へ飛び出していく。


 リュウジィは前を見据えたまま、黙って手綱を握っていた。


 馬車の揺れ。


 蹄の音。


 車輪が地面を叩く音。


 それだけが夜の街道に響いている。


 しばらく走ったところで、タツヨが馬車の中から声を掛けた。


「リュウジィ」


「何だ」


「少し休め」


「まだ平気だ」


「二日あるんだぞ」


「……分かった」


 リュウジィは馬車を止めた。


 タツヨと交代する。


「寝ろよ」


「お前もな」


「おう」


 リュウジィは馬車の中へ入った。


 ムサシも静かに身体を休めている。


 リュウジィは目を閉じた。


 眠れるはずなどなかった。


 ゼノン。


 ギノン。


 バッドの母親。


 リッカ。


 ミライ。


 カエデ。


 次々と顔が浮かぶ。


 そして、壊された店の光景が脳裏をよぎる。


「……くそっ」


 拳を握る。


 だが、今は眠らなければならない。


 王都に着いた時、身体が動かなければ意味がない。


 そう自分に言い聞かせる。


 やがて、いつしか浅い眠りへ落ちていった。


 その後も、二人は交代で馬車を走らせた。


 走る。


 休む。


 また走る。


 馬を休ませ、食事を取り、再び街道を進む。


 王都までの長い道のりを、少しずつ縮めていく。


 だが――。


 リュウジィの胸の奥で燃え続ける怒りだけは、時間が経っても消えることがなかった。


 むしろ、王都へ近づくほどに、その炎は静かに、そして凶暴に燃え上がっていった。

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