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46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


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169話 静かなる火種



魔王城の広間。


張り詰めた冷気が、石造りの柱の影に澱んでいる。


天井の明かり取りから射し込む一条の光が、埃の舞う空間に鋭い筋を描いていた。


硬質な静寂。それを踏み砕くように、重厚な足音が石畳を叩く。


「――帰ったぞ」


ヴォルグ・ハウル。魔王直属五人衆が一人、牙血族の戦士。その狼の相には、長旅の疲労を超えた獣の飢えが刻まれていた。


広間の闇、柱の裏から影が解ける。


「おう!帰ったか、ヴォルグ」


鬼人族ルシエル。腕を組み、不敵な笑みを貼り付けている。


その足元、水気を含んだ漆黒の影の中から、コブラの頭部を持つ鱗の民セティス・ヴェノムがヌラリと姿を現した。


人間の胴体に不釣り合いなその異形の頭が、鎌首をもたげるように不気味に揺れる。


「随分と長旅だったな。……何も知らんのだろう?」


セティスの濡れた吐息のような声。その含みのある響きに、ヴォルグの眉間に深い皺が刻まれる。


「知らんとは、何がだ」


「ガルダが死んだ。人間どもとの小競り合いでな」


世界が、一瞬にして音を失った。


ヴォルグの歩みが止まる。心臓の鼓動だけが、鼓膜の内側で暴力的に暴れ始めた。


「……もう一度言ってみろ」


「聞こえただろう。ガルダは死んだ。それと――クラウス様も、深手を負って今は治癒士のもとで休んでいる」


言葉が脳に突き刺さる。


ヴォルグの拳が、ガタガタと音を立てて震えだした。


伸びた鋭い爪が、自身の掌を無慈悲に引き裂く。鮮血がポタポタと冷たい石畳を汚していくが、その痛みすら彼には届いていない。


「ガルダが……死んだ、だと……」


脳裏をよぎる、荒々しい笑い声。泥にまみれ、血を流して肩を組み合った、あの図太い思い出。それがもう、永久に灰になるというのか。


「ふざけるな……ふざけるなよ!!人間だと?殺してやる。」


咆哮が城を揺らした。地響きのように石柱が震え、燭台の炎が恐怖したように激しくのたうち回る。


ルシエルは眉一つ動かさない。ただ、ヴォルグの煮え滾る瞳を冷ややかに見つめていた。


「怒るのは勝手だが、相手を知らずに突っ込むのは愚か者のすることだぞ」


「相手は誰だ」


「Sランク魔術士――ローザ・カイリという女だ」


その名を聞いた瞬間、ヴォルグの全身から噴き出していた殺気が、ピタリと凪いだ。


「……Sランク、だと」


「勘違いするなよ。クラウス様がまともにやり合っていれば、Sランク魔術士と言えど、相手にならん。本来なら足元にも及ばんほどの差だ」

 

ルシエルの冷徹な分析。


「だが、クラウス様は慢心から油断し、最初から全力を出さなかった。その隙を突かれて人間どもに足元をすくわれ、深手を負わされた――それだけの話だ」


「最初から全力を出していれば、あんな連中に後れを取るなど有り得ん!」


セティスの追撃に、ヴォルグの喉の奥から、ドロドロとした低い唸り声が絞り出される。


「……その、油断を突いた人間どもがいるということか」


「ああ。だが、その油断を引き出させた相手もまた、只者ではないということだ」


ヴォルグは、血で濡れた拳を強く握り直した。


その口元が歪む。自嘲ではない。獲物を仕留める直前の、獣の獰猛な笑みだ。


「なら――狙うべきはそっちだな」


セティスとルシエルが、一瞬だけ視線を交差させる。


「何を考えている」


「決まってるだろう。俺たちの長が――我が族長がやられたんだぞ」


剥き出しの牙。剥き出しの憎悪。


「クラウス様を舐め腐らせた人間ども、そしてそいつらが目をかけている連中がいるはずだ。守るべきものを一つずつ潰していけば……勝手に頭を垂れて出てくる」


ヴォルグは冷徹な眼光を走らせ、低く唸った。


「慢心を誘うほど厄介な力を持つ人間だ。名も、居場所も分からんでは動きようがない」


「ほう。今すぐ突っ込むかと思ったが、頭は冷えているようだな」

 

ルシエルの挑発的な問いかけ。


「怒りに我を忘れて犬死にするほど、俺は愚かじゃない」


ヴォルグは獣じみた笑みを崩さないまま、喉を鳴らす。


「お前らは何か知っているか。クラウス様の相手をした人間どもについて」


「詳しくは知らんな。……調べておくことだ」


セティスの冷淡な拒絶。ヴォルグは鼻を鳴らし、踵を返す。


石畳を苛立たしく踏み鳴らす足音が、急速に遠ざかっていく。


静寂が、再び広間を支配した。


「……止めなくてよかったのか?ルシエル」


「ふん。あれを止められるのは、もうガルダしかいなかっただろうよ。それに魔王様もあくまでも牙血族だけで動くのは良しとしている」


ルシエルの薄い唇が、静かに弧を描く。それは、多くの命が泥に帰る未来を予見した、冷徹極まりない微笑だった。


(せいぜい事を大きくして、協定の秩序を根底から食い破れ。最高のお膳立てだ)




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