167話 序列四位、参上
その時、空が白く裂けた。
まるで天そのものが怒り狂ったかのような、巨大な雷の槍が上空から一直線に降り注ぐ。
轟音と共に大気が震え、リュウジィもタツヨも思わず腕で顔を庇った。
「な——!?」
クラウスが咄嗟に身を捩る。
だが完全には躱しきれず、雷の直撃を右肩から浴びて瓦礫の中へと叩きつけられた。
土煙が舞い上がり、抉れた地面から白煙が立ち上る。
誰の攻撃かは分からない。だが、明らかにクラウスだけを狙って落ちてきた一撃だった。
――加勢……なのか?
リュウジィが困惑したまま身構え直したその時、瓦礫の下からゆっくりと立ち上がる人影があった。
「ぐ……ぁ……」
クラウスだった。肩から胸にかけて肉が抉れ、黒い血が止めどなく流れている。
それでも、まだ立っていた。
「あの一撃を受けて、まだ動くのか……」
タツヨが呻くように呟く。リュウジィも言葉を失っていた。
すでに崩拳、追撃、そして血鞭によって己自身の命すら削っていたはずのクラウスだ。そこにあの雷撃だ。
普通の人間なら、いや魔族であっても消し飛んでいてもおかしくない。
「な、んだ……!?」
クラウスが荒い息のまま空を見上げた。リュウジィとタツヨも釣られるように視線を上げる。
そこに、彼女がいた。
瓦礫の上、宙に浮いたまま静かにこちらを見下ろしていたのは、傷一つない姿のローザだった。紫の髪が夜風に揺れ、金色の瞳がまっすぐにクラウスを捉えている。
「悪いね、遅くなって」
誰にも知らせず、誰にも気づかれず。倒れていたはずのローザは、いつの間にか完全に回復していた。
ゆっくりと地に降り立つその足取りには、先ほどまでの疲労の欠片も見当たらない。
「ローザ……!」
リュウジィが思わず声を上げる。
今の一撃が彼女の仕業だったのだと、ようやく理解が追いついた。
ローザは薄く笑いながら、クラウスへと視線を戻した。
「へぇ、ディザスター・ボルトが当たっても死なないんだ。さすが魔族の序列三位だね」
彼女の指先に、小さな光の粒が生まれる。
「片手間で治すのは得意なんだ。それより――魔族さん、もう限界でしょ。自分の血で武器作るとか、正直えぐいけど……その分、もう長くはもたないよね?」
クラウスの表情が、初めて明確に強張った。図星だった。肩の傷から流れる血が止まらず、足元にはすでに小さな血だまりができている。
その隙を見逃さず、ローザの纏う魔力が一気に膨れ上がる。リュウジィもタツヨも、その圧力に思わず息を呑んだ。
――終わらせる気だ。
追い詰めた三人がそれぞれの確信を胸に構え直したその時、空気が変わった。
崩れた瓦礫の陰から、ズシン、と地面そのものが沈み込むような重い足音が響いてくる。
瓦礫を踏み砕きながら現れたのは、岩を纏ったかのようにゴツゴツとした体躯を持つ、コモドドラゴンにも似た顔つきの魔族だった。
「……派手にやられたもんだな、クラウス」
低く、地の底から響くような声だった。
「て、めえは……!」
タツヨが即座に身構える。だが現れた男――フェロシャス・ザ・カパレイス――は、リュウジィたちを一瞥すらせず、倒れかけたクラウスの姿だけを見据えていた。
「……フェロシャス、何故ここに」
クラウスが掠れた声で呟く。フェロシャスは短く鼻を鳴らした。
「魔王様に様子を見てこいと言われたのよ、俺は来たくなかったが。まさか貴様がこんな有様だとは」
「……見苦しいところを見せた」
クラウスが苦々しく吐き捨てる。
フェロシャスは値踏みするような目を寄越しただけで、それ以上は追及しなかった。
「油断したな。最初から本気でやれば余裕で倒せたものを。人間ごときの拳に付き合ってやるからこうなる」
「……否定はせん」
フェロシャスの視線が、初めてリュウジィとタツヨ、そしてローザへと向いた。値踏みするような、それでいて欠片も気負いのない目だった。
「加勢はせん。連れて帰るだけだ」
「待て――」
追撃しようとするリュウジィの足が、しかし止まる。
フェロシャスの纏う気配は、クラウスとはまた違う種類の圧力だった。
声を荒らげるでもなく、ただそこに立っているだけで、空気そのものが軋むような――静かだからこそ底が見えない、そんな威圧感だった。
「今のお前たちなら、俺と多少はやれるかもしれん。だが……今日はやめておけ。無駄死にする気概があるなら、いつでも相手をしてやる」
言うが早いか、フェロシャスはクラウスの体を軽々と担ぎ上げた。巨躯からは想像もつかない静かな動きで、その場から後退り始める。
「くそ、待てっつってんだろ!!」
タツヨが叫びながら踏み込もうとするが、リュウジィがその肩を掴んで制した。
「……タツヨ、よせ」
「なんでだよ!今なら――」
「今のお前と俺の状態を見ろ。あいつが本気で来たら、次はこっちが危ない」
荒い息のまま、リュウジィは拳を握りしめる。
フェロシャスとクラウスの姿は既に瓦礫の陰に消えていた。
後に残されたのは、崩れ果てた廃墟と、まだ燻り続ける煙、そして――勝ちきれなかったという、苦い余韻だけだった。
「……結局助かったか」
タツヨが吐き捨てるように呟く。
リュウジィは答えず、ただ赤黒く染まったファフニールが、ゆっくりと黒へと戻っていくのを見つめていた。
――追い詰めた。だが、殺しきれなかった。
それどころか、助かった。
その事実だけが、静寂の中に重く残っていた。
お読みいただきありがとうございました。もし気に入っていただけましたら、作品のブックマークや、下の星(☆☆☆☆☆)で応援をお願いします!次の更新の大きなエネルギーになります!




