第165話 牙、届かず
咆哮にも似た気合と共に、リュウジィの右拳が空気を灼いた。
赤黒く染まったファフニールの表面を、金の筋が生き物のようにのたうちながら流れ、拳全体を炎の衣が包み込む。
「――ハッ!」
リュウジィが地を蹴り、一足跳びに間合いを詰める。
横拳が唸りを上げてクラウスの脇腹へと肉薄した。
クラウスは回避を捨て、肘を曲げて受け止める。
衝撃の瞬間、練り上げられた勁が爆発四散した。
「グワッ――!!」
クラウスの足が地面を削り、凄まじい勢いで後方へ滑る。だが辛うじて踏みとどまり、怒りに震えた声を絞り出した。
「きさまぁ……!調子に、乗るなよ……!」
その声音から、先ほどまでの余裕綽々な笑みは完全に消え失せていた。
「こっちもいるぜぇ!」
呼応するように、タツヨの両腕――もはやただのガントレットではない、青銀色に輝く腕そのものへと変貌したそれが敵を捉える。
「ファントムウィップ!!」
超高速の左ジャブが、青い光の弾丸となってクラウスへ殺到する。
まるで魔法の弾幕のように、マシンガンじみた連撃が休む間もなく撃ち込まれていく。
ババババババッ!!
クラウスは両腕で防壁を築くが、全ての軌道を捉えきれない。顔面と腹部に幾重もの衝撃がめり込んだ。
「ファントムストレート!!」
畳みかけるように踏み込んだタツヨの右腕が、渾身の剛腕を叩きつける。
パァッキイィィィッ!!
凄まじい破壊音とともにクラウスの巨体が数メートル後方へ弾き飛ばされ、崩壊したスラムの瓦礫に激突して片膝をついた。その表情から、嘲笑の色が初めて完全になくなる。
「なんだこれ……!」
タツヨが震える自身の拳を見つめ、掠れた声を漏らす。
「手応え、今までと段違いだぞ……」
「まだだ!」
口の端から鮮血を滴らせながら立ち上がろうとする敵へ、リュウジィが容赦なく踏み込む。鑽拳が螺旋を描き、空気を切り裂いて突き出された。
拳の周囲で炎が渦巻き、小さな竜巻と化してクラウスの防御を無理やりこじ開けにかかる。
クラウスは両腕に赤黒い気を纏って受け止めようとするが、リュウジィの圧倒的な勁がその頑強な守りを粉砕し、拳が顔面を正確に捉えた。
ゴオォォォッン!!
爆発じみた轟音とともにクラウスの巨体が浮き上がり、再び瓦礫の山へと叩きつけられる。
一瞬の静寂が辺りを支配した。
だが、追撃の足が出ない。
二人の肺から熱い息が漏れ、汗が滝のように噴き出す。アーティファクトの力があろうとも、それを稼働させているのは生身の肉体だ。
限界を超えた覚醒の力を連続して叩き込んだ反動が、鉛のように全身へのしかかっていた。
「ごめんリュウジィ……ちょっとだけ、休ませてくれ」
「ああ……俺も、少しだけ」
荒い息を整える二人の視線の先、崩れた瓦礫の中から黒い影がゆっくりと起き上がる。
顔と口元を血に染めながら、クラウスは殺意に満ちた目で二人を睨みつけていた。全身から立ち上るどす黒い煙が、周囲の瓦礫を焼き焦がしながら狂おしく渦を巻く。
「――があぁぁぁッ!!」
咆哮と同時に放たれた狂気の衝撃波が、辺りの空間を一気に薙ぎ払った。押し寄せる圧倒的な圧に、リュウジィとタツヨの体がびりびりと痺れを上げる。
「くっ……!しまった……!」
白濁した痛みが脳裏を突き刺し、意識が遠のく。
動けないリュウジィの目の前に一瞬でクラウスが表れる。
「ちきしょう!動かねえ」
極限状態のなか、リュウジィは自身の内功を高め、目前に迫るクラウスの致命的な一撃に備えた。
「うおぉぉぉ!こいやぁ」
バゴオォォォォン!
クラウスの放った強烈な一撃が顔面を直撃し、リュウジィは凄まじい回転を描きながら吹き飛んだ。
「てめえ!やりやがったな!」
仲間への攻撃に激昂したタツヨが、痺れる身体を叱咤して地を蹴る。怒号を轟かせながらクラウスの間合いに飛び込み、渾身のパンチを叩き込んだ。
しかし、クラウスはその拳を冷徹に見据え、完璧なタイミングで撃ちおろしのカウンターを合わせた。
人体を破壊し尽くすような激震が走る。重い衝撃に貫かれたタツヨは、地面に幾度もバウンドしながら激しく吹き飛んだ。
「調子にのるな!人間ごときが!」
怒声を張り上げるクラウスの声音には、しかし、隠しきれない焦燥の色が滲んでいた。
吹き飛ばされた衝撃を乗り越え、リュウジィが気力を振り絞って立ち上がる。
極限の呼吸を整え、まだ戦えるか自身の肉体を厳しく見極める。
常人であれば一瞬で肉片と化すほどの致命的な攻撃を受けてなお生き延び、こうして動けるのは、己が鍛え上げた内功による強靭な身体強化と、ファフニールの加護がもたらす肉体強化の二重の重ねがけがあったからこそだ。
(まだ動く。頼むぜファフニール、ニーズヘッグ)
少し離れた場所で、タツヨもまた血を拭いながらゆっくりと体を起こす。
その視線を感じ取り、タツヨは力強くガッツポーズを作って叫んだ。
「まだ死んでねえよ!」
「タツヨ、右から回れ!」
阿吽の呼吸で戦場を駆ける。リュウジィは一直線にクラウスへ突進した。
「うおぉぉぉぉ!」
繰り出される必殺の劈拳!
クラウスは紙一重で首を振ってその直撃を躱す。
だが、リュウジィはその勢いを殺さない。躱された掌を引くことなく、遠心力を利用して全身を鋭く回転させ、纏絲勁の力を乗せて、そのまま横薙ぎの軌道でクラウスの顔面へと叩きつけた。
その絶妙な隙を突くように、右側面へと回り込んでいたタツヨのボディアッパーが凄まじい軌道で炸裂する。
二人の男が放つ、怒涛のコンビネーション。
耐えきれず、クラウスの体が横回転しながら宙を舞い、吹き飛んだ。
弾き飛ばされたクラウスの軌道を追うように、リュウジィが凄まじい速度で肉薄する。
視界の端を、ファフニールの鮮烈な赤と黒のタイガーストライプの残像が切り裂いた。
「ここだ!」
放たれる崩拳!
竜の顎を象るかのような烈火の炎を纏った縦拳が、クラウスの腹部を深くえぐり貫き、その内部で爆ぜた。
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