第164話 三頭の覚醒
「普通は、拳が潰れんだろ…!」
歯をギリギリと鳴らすタツヨの隙を逃さず、リュウジィが死角から鋭い横拳を差し込む。
手首から迸る炎が禍々しい螺旋を描き、一撃必殺の軌道でクラウスの顔面へと放たれる。
――だが、クラウスの反応はそれを遥かに上回っていた。
身体を反らして、紙一重でその攻撃を外すと同時に、伸びきったリュウジィの腕を鉄の爪のような手でガッチリと掴み上げ、投げ飛ばした。
「もらった」
「くっ……!」
投げ飛ばされるコンマ数秒の間際、リュウジィは掴まれた腕を軸にして身体全体を激しく回転させ、円の軌道で力のベクトルを巧みにずらした。
完全には抜けきれず、肩の関節に鈍い激痛が走ったが、それでも地面へ頭から叩きつけられる最悪の結末だけは間一髪で回避した。
着地と同時に、リュウジィは凄まじい間合いの詰め方で再接近し、赤く揺らめく熱を纏った鑽拳を真上へと突き上げた。狙うは無防備なクラウスの顔面。
――だが、それすらも完全に先読みされていた。
クラウスは半歩だけ下がりながら、掌でリュウジィの拳を無慈悲に叩き落とした。
「どうした?その程度か?」
「俺を忘れんな!」
すかさずタツヨが横合いから割り込み、左フックから右フック、そして猛烈な左アッパーへと流れるようにコンビネーションを叩き込む。
それら全てを肉体だけで完璧に受けきったクラウスは、大股で踏み込み、リュウジィの鳩尾めがけて岩のような拳を繰り出した。
呼吸が完全に詰まり、リュウジィの身体はくの字に折り曲がったまま宙に浮き、数メートル先の無残な瓦礫の山へ激しく叩きつけられてようやく停止した。
「がはっ……!」
鮮血を零し、地面に倒れ込んだリュウジィだったが、そこに長々と身を横たえている暇など一秒たりともなかった。
すぐ傍らで、タツヨが畳み掛けるように右の強烈なボディブローを放つ。
だがクラウスは腹筋の収縮だけでそれを受け止め、すかさず放った左フックのカウンターでタツヨの顎を正確に撃ち抜いた。
完全に体勢を崩したタツヨの顔面へ、とどめを刺すような追撃の拳が真横から凄まじい風切り音を伴って振り抜かれる。
重たい衝撃がタツヨの頭部を捉え、その身体は横倒しのまま吹き飛んだ。
「タツヨ!」
瓦礫の破片を跳ね除けて上体を起こし、血走った目で叫びながら、リュウジィは再び地面を蹴って倒れ込んだタツヨの元へと駆け寄る。
口元から零れた血の混じった唾を吐き捨て、タツヨは自力でしっかりと立ち上がった。
井戸の深淵を覗くような瞳で、静かに呟く。
「まだやれるよ……しかしあれだな、このロードアトラスの鎧は全体防御効果があるみたいだな。普通なら、何回死んでるか、わかんねえよ。おやっさんいい仕事してくれたな」
二人は再び並び立ち、圧倒的な脅威を放つクラウスと対峙する。
だが、どれだけ牙を剥こうとも、二人掛かりでさえもその牙城は崩せない。
むしろ、息が切れ、消耗していくのはこちらの気力と体力ばかりだった。
クラウスの放つ拳や蹴りの一撃一撃が、直撃せずとも掠めるだけで肉体の骨髄を軋ませるほどの尋常ならざる重さを持っている。
「くくっ……いいぞ、いいぞ。もっと見せてくれ」
クラウスの冷徹な瞳には、焦りの色など微塵も宿っていなかった。
それどころか、死闘の淵で心底愉しんでいるような、底知れない狂気がその響きに滲んでいた。
「クソが……こいつアズマリアのオーガなんかより、はるかに強いな」
タツヨが荒い呼吸の合間に吐き捨てるように呟く。
リュウジィもまた、背筋を凍らせる同じ絶望感を感じ取っていた。技の切れ味も、命を削った連携も、決して悪くない。
それでもなお埋まらない絶対的な格の差が、冷酷にそこに君臨していた。
その瞬間だった。
タツヨの右腕に嵌り込む不気味なトゲだらけのガントレット――アトラスが、突如として眩い閃光を放った。
無数の棘を突き出した荒々しい籠手の形がその輪郭を急速に失い、まるで熱に溶けるように消え去っていく。
そして代わりに現れたのは、妖しくも美しいブルーメタリックに輝く、腕そのものの変貌だった。
もはやそれは外部の武装などではない。肉体そのものが神話級甲虫の装甲へと昇華した姿だった。
「これが……第三形態、か」
タツヨは自らの変異した腕を見つめ、静かに口の端を吊り上げて笑う。
それに呼応するように、リュウジィの全身を包むファフニールの気配にも異様な変化が走った。
真紅の生地の奥底からマグマのように赤黒い熱が滲み出し、恐ろしい黒い爪痕のような模様の筋と激しく絡み合う――狂気的な赤と黒のタイガーストライプが身体を駆け巡る。
さらに、両手の人差し指に嵌められたニーズヘッグの双指輪が、まるで眠りから覚めた竜の眼のように鋭く凄まじい光を放ち始めた。
三者の放つ膨大な圧力が激突し、クラウスがその尋常ならざる光景を目の当たりにして、初めてその口元を愉快そうに歪めた。
「……面白い。もう少し楽しめそうだ」
緊迫した静寂の中、三者の視線が激しく交錯し、その場の風が一瞬にしてピタリと止まった。
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