161話 未知なる強者
戦いの後始末をつけ、ローザが転移魔法を発動しようと指を動かしかけた、その時だった。
「――ハングリーィ・フィールド」
低く、地を這うような声が響いた。
次の瞬間、昼間だったはずの空が、まるで日食のように闇に呑まれていく。
太陽の光が消え、辺り一帯が不気味な薄暗さに包まれた。
その闇の中、瓦礫の上に一人の男が立っていた。サーベルタイガーを思わせる鋭い顔つき、牙血族特有の獣性を纏った男だった。
ただ立っているだけなのに、空気そのものが軋むような、重く粘つく威圧感がその場を支配する。
ガルダとは明らかに格が違う。
――リュウジィの肌がそう告げていた。息を吸うことすら躊躇われるほどの圧力が、四方から押し寄せてくる。
リュウジィでさえ、これほどの重圧を感じたのは初めてだった。
「あれ? ボス猫がいたの?」
ローザが軽い口調で言い放つと
同時に、両手を突き出した。
「フレア・ストーム!」
再び頭上に無数の火の玉が生まれ、轟音とともに男へと降り注ぐ。爆発の光が男の全身を包み込んだ。
だが――
「……効かない、わね」
爆炎が晴れると、サーベルタイガーの男はそこに、傷一つなく立っていた。
まるで何事もなかったかのように。焼け焦げた瓦礫の匂いの中、彼の纏う毛皮は一筋も焦げていない。
「ハングリー・フィールド」
男が口の端を歪めて笑う。
「この空間にいる限り、我ら牙血族の力は限界まで引き上げられる。……お前程度の魔法じゃ、掠り傷一つつかんよ」
タツヨが舌打ちし、間合いを詰めた。
「牙血族?なんだそりゃ?上等だよ!」
跳び込みざま、拳を放つ。
「スーパーマンパンチ!」
だが男は避けようともしなかった。
あえてその一撃を、正面から受け止める。
骨と骨がぶつかり合うような鈍い音が響いたにもかかわらず、男の体は微動だにしない。
「――ほう」
微かに感心したような声が漏れた次の瞬間、男の拳がタツヨを襲った。
とっさに両腕を十字に組んでガードしたが、まるで巨大な鉄塊に撥ね飛ばされたかのように衝撃を殺しきれず、タツヨの身体は勢いよく吹き飛んだ。
「タツヨ!」
リュウジィが叫んだその隙に、男の姿がローザの目の前に迫っていた。目で追うことすら難しい速度だった。
「!」
ローザが咄嗟に防御魔法を展開する。だが男の蹴りが、その光の壁を紙のように突き破り、ローザの身体を宙へと弾き飛ばした。
「――っ!」
男のすぐ背後にいたリュウジィが、内功とファフニールの力を乗せた掌を突き出す。
「劈拳!」
一撃は確かに命中したはずだった。手応えは確かにあった――だがそれだけだった。男はその手を絡め取ると、そのままリュウジィを持ち上げ、空高く跳び上がり、リュウジィの身体を地面へと叩きつけた。
「ぐ……!」
咄嗟に身体をひねり、受け身を取ることでどうにか衝撃を殺す。それでも、全身に鈍い痛みが走った。
体勢を立て直したローザが、風の刃を放つ。
「ウィンド・セイバー!」
無数の刃が男へと殺到する。
だが男は、まるで踊るような身のこなしで、その全てを紙一重で躱しきり、瞬く間にローザとの距離を詰めた。
手数でも速度でも、こちらが上回っているはずだった。それなのに――届かない。
「――よそ見してんなよ!」
割って入ったのはタツヨだった。地を蹴り、渾身の一撃を叩き込む。
「ファントム・ストレート!」
拳が男の顔面を捉えた。今度は僅かに、男の身体が後ろへよろめいた。
その隙をリュウジィが逃さなかった。側面から、鋭く踏み込む。
「崩拳!」
炸裂した拳の一撃が、男の身体を大きく吹き飛ばした。
――決まったか。
そう思った瞬間だった。
「……こんなものか」
男は、まるで何事もなかったかのように、平然と立ち上がった。
三人を見渡し、口元に嘲るような笑みを浮かべる。
全力を出し合った末の一撃すら、彼にとっては痛痒でもないという事実が、
三人の間に重くのしかかった。積み重ねてきた研鑽も連携も、この男の前ではまるで意味を成さない――そんな錯覚すら覚えるほどだった。
「その程度で、俺を仕留められると思ったのか」
タツヨの手首のガントレットが変化し、無数の鋭い棘が突き出す第二形態へと姿を変える。
そしてリュウジィの纏うファフニールの金色に流れる筋が、生き物のようにうねりながら、――漆黒から、真紅へと染まっていった。
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