160話 Sランク魔術士の実力
ローザが指先で小さく円を描くと、足元に光の魔法陣が浮かび上がった。
「じゃ、行くわよ」
その一言と共に視界が白く染まり、次の瞬間には、荒れた街道の脇に三人は立っていた。
アウトローズ・クラウンの入り口から、少し離れた場所だった。
「転移魔法……」
リュウジィが小さく呟く。詠唱もなく地点を指定できる魔法に、リュウジィはただ言葉を失っていた。
ふと、風に乗って血の匂いが流れてきた。真っ先にそれに気づいたのはタツヨだった。
「……この匂い、知ってるぞ」
タツヨの声が僅かに低くなる。
「アズマリアの闘技場と、同じ匂いだ」
雲一つない、よく晴れた空だった。その穏やかな青とは裏腹に、これから始まるのは魔族討伐だった。
ローザが片手を軽く掲げる。指先から淡い光が広がり、周囲一帯に薄く広がっていった。
「サーチ、と。……ふぅん」
数秒の沈黙の後、ローザが軽い調子で言った。
「どうやら、生きてる人間はいないみたいね」
その声には、これといった感情の色がなかった。
「それ以外は……四十匹くらい、いるかな」
ローザはそう言いながら、まるで散歩でもするような足取りで、アウトローズ・クラウンの入り口へと歩いていく。リュウジィとタツヨは、その後ろに続いた。
入り口の前で、ローザは足を止めた。
「じゃ、始めましょうか」
両手の掌を、ゆっくりと天に向けて掲げる。
その瞬間、頭上に無数の光点が生まれた。数えるまでもなく、百は超えている。
橙色に輝くそれらは、まるで小さな太陽の群れのようだった。
「フレア・ストーム!」
その掛け声と共に、火の玉の群れが一斉に落下を始めた。
轟音。
まるで蹂躙のような爆撃が、アウトローズ・クラウンの廃墟へと降り注ぐ。爆発の光が連鎖し、大地が震え、黒煙が幾筋も立ち上っていく。
「……おいおい」
タツヨが呆然と呟いた。リュウジィも言葉を失っていた。あれほどの規模の攻撃魔法を、一言で放つ。これが、この国最強と呼ばれる所以かと、改めて実感させられる光景だった
爆炎の中から、獣じみた絶叫が響いた。
炎に包まれた牙血族の戦士たちが、入り口から次々と飛び出してくる。全身を業火に舐められながらも、なお動こうとするその姿は、もはや人の形をした松明だった。
ローザが軽く手首を返す。
「ウィンド・セイバー!」
一陣の風が刃と化し、逃げ惑う牙血族たちの首を、次々と刎ね飛ばしていった。断末魔すら上げる間もなく、火だるまの戦士たちが地に沈んでいく。
「……魔術士と戦う時は、接近戦に持ち込まないと駄目だな」
リュウジィが低く呟いた。
「だな。あれ、避けようがねえ」
タツヨが相槌を打つ。
やがて悲鳴も途絶え、辺りは静寂に包まれた。
「もう片付いたかな?」
ローザがのんびりとした調子でそう言った、その瞬間だった。
「――っ!」
タツヨが弾かれたように動いた。ローザの身体に飛びつき、押し倒すようにして盾になる。
ガキィィィィン!
金属同士がぶつかるような音が響いた。タツヨはローザを抱えたまま、勢いよく地面を転がる。
「な……!」
顔を上げたリュウジィの視界に、入り口の瓦礫の上に立つ、黒豹のような顔つきをした男の姿が映った。
ガルダだった。
タツヨがゆっくりと立ち上がる。ロード・アトラスの外殻で作られた鎧のおかげで、かすり傷一つついていなかった。
ガルダの顔が、怒りに歪んでいく。
「……許さん。人間ごときが」
低く、地の底から響くような声だった。
「貴様ら、全員殺す」
「ダークネス・クロー!」
その一言と共に、ガルダの姿がふっと掻き消えた。
リュウジィの全身に緊張が走る。
呼吸を整える暇もなく、内功とファフニールの身体強化が瞬時に重なり合い、感覚が研ぎ澄まされていく。
タツヨの手首のブレスレットが、メタリックブルーのガントレットへと変化し、両拳を覆った。
「……サーチが効かない」
ローザが眉を寄せる。それまでの余裕の色が、僅かに消えた。
「防御魔法か何かで自分を守れ!」
リュウジィが叫ぶ。
「ライトシールド!」
淡い光の球が、ローザの身体を包み込んだ。
次の瞬間、見えない爪がリュウジィの喉元を狙って迫った。
「っ!」
反射的に身を反らし、紙一重で躱す。頬に浅く空気を裂くような感触が走った。
タツヨが高速で身体を動かしながら、両拳を鞭のようにしならせる。
「ファントム・ウィップ!」
だが、見えない相手に、その拳は空を切るばかりだった。それでも、自分たちの周囲を何かが動き回っている気配だけは、はっきりと感じ取れる。姿だけが見えない。
リュウジィは呼吸を整え、内功を高めながら、集中を研ぎ澄ませる。反撃の糸口を、ただ待った。
「サーチ効かないし、これはちょっと厄介ね」
ローザが冷静な声で言う。
「タツヨ君、さっきは助かったわ、ありがとね。……二人とも、私の後ろに下がって」
言われるがまま、リュウジィとタツヨはローザの背後に下がった。それでも、見えないガルダが周囲を動き回っているのは、肌で感じ取れた。
ローザが、ふっと防御魔法を解いた。
「シャボン・トラップ!」
その瞬間、リュウジィ、タツヨ、そしてローザ自身を、無数の小さな泡のような光の玉が包み込んだ。
次の瞬間――ローザの右斜め前方で、その泡が一斉に弾けた。
「がああああっ!!」
叫び声と共に、ガルダの左手が吹き飛び、その姿が虚空に浮かび上がった。
「痛そう。あんた頭悪いね、黒猫ちゃん」
ローザが両手を天に掲げる。
「貴様ぁ!」
ガルダが苦痛に歪めた、顔でローザを睨みつける。
ガルダがダークネス・クローで
姿を消そうとした習慣。
「ディザスター・ボルト!」
ズガァッッッッッン!!!
天空から、巨大な雷の槍が一条、まっすぐに爆音とともにガルダを貫いた。
「なっ……おの…れぇぇぇっ」
言葉になりきらない呟きを最後に、ガルダの身体は黒く炭化し、風に溶けるようにして跡形もなく消え去った。
戦いを終えた廃墟の前で、リュウジィとタツヨは、ただ立ち尽くしていた。
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