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46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


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157話 縋る場所



誰も気づかなかった。辺りを掃討する牙血族の目が届かない喧騒の裏で、一人の男だけが、まだ生きていた。


崩れた戸口の陰で、一人の男が悲鳴と怒号の中を、ボロボロになりながらも路地の奥へと這っていた。


ここアウトローズ・クラウンで、かつてバッドたちと共に暮らしていた頃からの、顔見知り程度の男だった。


腹から流れる血が土を黒く染めていく。それでも男は歯を食いしばり、瓦礫を掴んで、なんとか身体を引きずり続けた。


背後で響く怒号、獣の唸り、そして絶えることのない悲鳴。


すぐ近くで誰かの断末魔が上がり、男はびくりと肩を震わせたが、それでも止まらなかった。止まれば、自分もその一つになる。


それだけは分かっていた。


腕に力を込めるたび、傷口が引きつれて激痛が走る。


意識が何度も飛びかけたが、そのたびに歯を食いしばって引き戻した。


途中、道端に倒れた顔見知りの老人の亡骸が目に入った。


声にならない声が漏れる。それでも男は前へ、前へと這い続けた。


集落の外れまで辿り着いた頃には、腕の感覚はほとんどなくなっていた。


荒れた街道の土に爪を立て、身体を引きずる。


夜露に濡れた草が傷口に染みて、そのたびに小さく呻いた。


どれほど這っただろうか。集落の喧騒が遠ざかり、やがて完全に聞こえなくなった頃、男は一度、力尽きたように地面に頬を押し付けた。


(ここで終わるのか、俺は)


脳裏に浮かんだのは、この地で過ごした日々だった。深い付き合いがあったわけではない。それでも同じ場所で飯を食い、同じ空気を吸っていた連中だった。


その中の一人、バッドの顔が浮かぶ。


ゼノンとギノンがバッドに王都で働こうと、連れて行かれて、暫くしてから、噂は男の耳にも届いていた。


「バッドの奴、王都で店の店長やってるらしいぞ」


「オーナーがとんでもねぇ実力者だってよ」


――酒の席で誰かが話していたのを、聞き流した程度の記憶だった。それでも今、縋れる名前はそれしかなかった。


「……バッドの、店……ジャンヌダルク……」


歯を食いしばり、男は再び腕を動かした。


王都までの道のりは長かった。


何度も意識が途切れかけ、そのたびに冷たい夜気が頬を打って引き戻す。街道の轍に爪を立て、立ち上がっては、転がり、ひたすら前へ進んだ。


途中、巡回の衛兵らしき灯りが遠くに見えたが、声を上げる力も残っていなかった。


夜が明ける気配すら見えない暗闇の中、王都の外壁がようやく視界に入った時、男の意識は限界に近づいていた。


男が王都を目指して、もう1日は立っていた。


夜が明けて、日が昇り、そしてまた日が落ちた。


(あと少しだ……あと、少しでいい……)


裏路地を選んで進む。人目を避けねばならないという本能だけが、朦朧とした頭の中で唯一はっきりしていた。


何度も血の跡を残しながら、それでも男は止まらなかった。


そしてようやく、噂で聞いた場所にたどり着いた。だがこの辺りに来るのは初めてだった。


似たような建物が並ぶ通りを、朦朧とする意識の中で見回す。


看板の文字を読む余裕もなく、ただ「大きな店」という、聞いた記憶だけを頼りに這い進む。


やがて、一際灯りの落ちた大きな建物の前に出た。「ジャンヌダルク」――かすれた視界の中、看板の文字がぼんやりと目に入る。


ちょうど閉店したばかりらしく、最後の見回りを終えたバッドとシドが、扉に鍵をかけて店の外に出てきたところだった。


「……おい」


シドが先に気配に気づき、路地の奥に目をやった。


「誰だ?」


バッドも振り返る。街灯の下に、血まみれで這うようにこちらへ近づいてくる男の姿があった。


「……っ! おい、大丈夫か!」


バッドは駆け寄り、倒れ込みそうになった男の身体を支えた。

その顔を見て、微かに見覚えがあることに気づく。


「お前……確か、クラウンにいた……」


「バッド……の……」


男は掠れた声を絞り出した。深い付き合いがあったわけではない、顔と名前を知っている程度の間柄だった。


それでも、今この男が縋る先はここしかなかった。


「クラウンが……魔族に……。皆、殺された……」


震える声で、それだけを絞り出す。バッドの顔から血の気が引いた。


「……なんだって?」


「頼む……確かめて、くれ……」




襲撃して1日たった。静まり返ったスラムを背に、ガルダは部下たちを見渡した。悲鳴はもう聞こえい。倒れ伏した死体の山と、崩れた戸口だけが残る、静かな集落だった。


手傷を負った戦士も数名いたが、いずれも軽微なものだった。


「これで拠点は空いた。セティスの言った通りだったな」


言葉とは裏腹に、その声には満足の響きなど欠片もなかった。ただ、次にぶつける場所を探すような、渇いた目をしていた。


夜空の下、静まり返った集落を、月明かりだけが照らしていた。


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