第15話 求人広告と、掃き溜めの『砲拳』
案内された『ふろむ・えー』は、石造りの無骨な建物だったが、中に入ると予想以上に活気があった。
入り口には、大きく「A」の文字が描かれている。それが、この場所の目印らしい。
「ここが『ふろむ・えー』よ。ショクアンとは違って、色んな事情を抱えた連中が集まる場所だから、少し気をつけてね」
リナがそう言いながら、手際よく俺を中へ案内してくれる。
中には、一攫千金を狙う冒険者もいれば、今日の食事代を稼ぐために仕事を探している人間もいる。身なりも年齢もバラバラだ。
アグニ村のショクアンとは、まるで違う。
あちらが国に管理された職業紹介所なら、ここはもっと雑多で自由な場所だった。
受付で人を雇いたいと伝えると、大きめの羊皮紙を渡された。
どうやら、ここに募集内容を書いて掲示板に貼るらしい。
掲示板の使用料は、一週間で三百ゴルド。
俺は代金を払い、さっそく羊皮紙に求人内容を書き込んだ。
【求人】
新規開店:焼肉・酒場『ギャングスター』
職種:ホール・警備・仕入れ・その他
待遇:極上のキングオーグ肉の賄い付き、制服支給。
備考:スキル判定不要。
美味い飯を食って、腰を据えて働きたい人、一緒に王都の夜を変えよう!
書き終えた羊皮紙を掲示板に貼った。
その瞬間、周囲がざわついた。
「……おい、賄いがキングオーグだってよ」
「そんなのハッタリだろ」
「キングオーグなんて、普通の人間が食える肉じゃねえぞ」
「でも、この求人……スキル判定不要って書いてあるぞ」
周囲から聞こえてくる声を、俺は適当に聞き流した。
すると、一人の少年がこちらへ近づいてきた。
「ねぇ、この募集って本当?」
無造作な金髪。
年齢は俺とそう変わらないように見える。だが、その目だけは妙に鋭かった。
「本当だよ」
「えー、マジで? 名前とかスキルとかは――あ、スキル判定不要なんだっけ。……いいの? 本当に」
「長く続けてほしいからね。向き不向きはあるけど、スキルだけで判断するつもりはないよ。名前を聞いてもいい?」
少年は肩をすくめて笑った。
「一応スキルは剣士でランクE。名前はバッド、十七歳。騎士学校にいたんだけど、学費が高いのと貴族の奴がうるさかったから、腕を切り落としてやったんだ。治癒魔術士がすっ飛んで来て、すぐにくっつけてたけどな。俺は退学。アハハ!」
バッドが笑い飛ばす。
その瞬間、周囲にいた人間たちが、すっと距離を取った。
「……あのガキだろ。騎士学校をクビになった……」
「剣士スキルのくせにパーティにも入れてもらえず、ここでくすぶってる問題児さ」
「関わらないほうがいいぞ」
ヒソヒソと陰口が聞こえてくる。
なるほど。
どうやら腕はあるらしいが、素行に問題があって、まともな連中からは敬遠されているらしい。
だが、俺はバッドの姿を改めて見た。
安物の剣。
けれど、刃はきちんと手入れされている。
そして、剣を握る手にはいくつものタコができていた。
少なくとも、遊んでいる人間の手ではない。
「俺、かーちゃん楽させたいから金欲しいんだよ。雇ってよ」
その言葉に、俺は少しだけ目を細めた。
問題児。
騎士学校を退学。
まともなパーティにも入れてもらえない。
それでも、母親を楽にするために金が欲しい。
悪くない。
むしろ、俺はこういう人間を探していたのかもしれない。
「バッド」
「ん?」
「採用試験だ。本気でかかってこい」
「ちょっと、いきなり何してるのよ!」
隣でリナが慌てて声をひそめる。
「まあいいから、見ててよ」
俺は軽く手を振って応えた。
バッドが目を丸くする。
「えっ、いいの? 死んじゃうよ」
「その前に、俺を倒してみなよ」
言った瞬間だった。
バッドの身体が沈む。
次の瞬間、地面を蹴って一気に飛び込んできた。
速い。
鋭い踏み込みだった。
「――ッ!」
剣が閃く。
俺は身体をわずかに捻り、紙一重で斬撃をかわした。
風圧が頬を撫でる。
(……速い)
(アグニ村で戦ったランクCの剣士より、よっぽど強い)
俺がそう考えた瞬間、バッドが楽しそうに笑った。
「へぇ、今のをかわすんだ」
「なかなかやるじゃないか」
「そっちこそ!」
バッドが再び構える。
俺も自然に構えた。
現世で俺がやり込んでいたのは形意拳だ。
だが、実際に戦う時の構えは、日本拳法の中段に近い。
前手も後ろ手もみぞおちの高さに置き、やや半身になる。
手は、大きめのボールを抱えるように開いている。
長年の稽古の中で、俺が一番使いやすいと感じていた構えだ。
「その剣、素材は何?」
「アイアンプレートだよ! 安物だけど、ちゃんと斬れるぜ!」
言葉が終わるより早く、バッドが踏み込んできた。
今度は、さっきより速い。
剣を振り下ろす。
俺はその軌道を見ながら、前手を伸ばした。
下からバッドの腕を跳ね上げる。
剣の軌道が逸れた。
その瞬間、俺は最短距離で懐へ入る。
形意拳、五行拳の砲拳。
本来なら、縦拳で身体の中心を真っ直ぐ撃ち抜く。
だが――。
今回は採用試験だ。
殺すつもりはない。
俺は拳を当てる直前に、指先を揃えた掌へと変えた。
――スパァァァァン!
乾いた音が響いた。
掌打がバッドの腹へ入る。
身体が、ふわりと浮いた。
「うぇぇぇ……」
バッドはそのまま数メートル吹き飛び、床に尻もちをついた。
「気持ち悪い……」
腹を押さえながら、バッドが呻く。
俺はその前まで歩いていき、顎を指先でクイッと持ち上げた。
「立てるか?」
「……むり」
「じゃあ、採用決定」
「え?」
「君を雇う」
俺は笑った。
「それと――お母さんもな」
バッドが目を丸くする。
「かーちゃんも?」
「君がそこまで母親を楽にしたいなら、家族ごと安心して暮らせるようにしてやるよ」
「……マジで?」
「ああ。だから、しっかり働いてくれ」
バッドはしばらく俺の顔を見つめていた。
やがて、ニッと笑う。
「……あんた、変な奴だな」
「よく言われるよ」
俺は手を差し出した。
バッドがその手を握る。
その光景を、リナは目を丸くしたまま見つめていた。
「……嘘」
「どうした?」
「今の動き……何なのよ」
リナの視線が俺に突き刺さる。
「一体、何者なの……?」
「ただの店主だよ」
「……絶対違うでしょ」
俺は苦笑した。
それよりも、バッドの腰にある剣へ目を向ける。
「君には新しい剣が必要だな」
「え?」
「俺が買ってやるよ」
「いいのかよ!」
「ああ。その代わり、しっかり働いてもらうぞ」
「任せろ!」
バッドは嬉しそうに笑った。
俺はその顔を見ながら思った。
(……一人目、か)
まだ店もない。
働く場所すら決まっていない。
それでも、少しずつ形になってきた気がする。
俺は立ち上がり、リナを見る。
「さて、次の人材を探そうか」
「……あなた、本当に店を作るつもりなのね」
「もちろん」
二度目の人生だ。
せっかくなら、自分が面白いと思えることを、とことんやってみたい。
そのためにも、まずは仲間を集める。
俺の異世界での商売は、ようやく始まったばかりだった。
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