145話 始祖神殻獣
「俺はアラン・デカス。それで、何が欲しいんだ」
タツヨは紹介状をしまいながら、改めて用件を伝えた。
「防具が欲しい。ヒヒイロカネで作ってほしいんだ」
「ヒヒイロカネだと?」
アランの目が少し輝いた。
「面白い注文だ。それで、何に使うつもりだ」
「俺は武器を持たない。拳一つで戦う人間だ」
タツヨは軽く構えを取って見せた。
「だから、動きを邪魔しない防具が欲しい。重装備は要らない。攻撃を防ぎつつ、身軽に動けるものを頼みたい」
アランはしばらく黙ってタツヨを観察していた。上から下まで、まるで素材の質でも見定めるような目つきだった。
「ふん。細身の割には、いい筋肉の付き方をしてるじゃねえか」
そう呟きながら、ふとその視線が、タツヨの両腕に留まった。手首に嵌まった、メタリックブルーの輝きを放つブレスレットに、興味深そうな目を向けている。
「その腕のもんは、何だ」
「これか?」
タツヨは軽くそれに触れた。
「双拳のアトラスってやつだ。アーティファクトでな、戦う時に形が変わる」
「アーティファクトだと……?」
アランの声色が僅かに変わった。工房で長年金属と向き合ってきた者らしい、値踏みするような鋭さが目に宿る。
「本当は、防具もアーティファクトが欲しいんだけどな。そう簡単に手に入るもんじゃねえのは分かってる。だから、せめてここで頑丈なのを作ってもらおうと思って来たんだ」
アランはしばらく黙り込んでいたが、やがてニヤリと笑った。
「……ちょっと来い。ちょうどお前向きの良い物がある」
「あ?」
アランは工房の裏手へと向かった。タツヨは戸惑いながらも、後についていく。
裏手の倉庫には、様々な素材が棚に並んでいた。鉱石、魔物の牙、見たこともない色をした金属の塊。
どれも一目で只者ではないとわかる代物ばかりだった。アランはその奥から、布に包まれた何かを取り出した。
布を解くと、そこには巨大な外殻の欠片と、鋭く反り返った角のようなものが現れた。青みがかった金属光沢を放つそれは、明らかに只者ではない気配を漂わせていた。
タツヨはそれを見て、思わず目を見開いた。
「これ……」
自分のガントレットと、全く同じ色をしていた。
「気づいたか」
アランが言った。
「【ロード・アトラス】。始祖神殻獣と呼ばれる、甲虫種の頂点に立つ神話級の魔物の外殻と角だ。
お前が持ってる『双拳のアトラス』ってのは、こいつの素材をベースに作られたアーティファクトだよ」
タツヨは言葉を失った。今まで、自分のガントレットがどんな由来を持つものなのか、深く考えたこともなかった。ただ強い、それだけで満足していた。
「知らなかったのか」
「……ああ。ただ強い道具だとしか、思ってなかった」
アランは肩をすくめた。
「まあ、そんなもんだろう。持ち主が全部の由来を知ってるとは限らねえ」
タツヨは外殻に手を伸ばし、そっと触れた。硬く、冷たく、そして確かに、自分の腕にあるものと同じ質感がした。指先から伝わってくる感触に、不思議な既視感を覚える。
「これで、防具は作れるのか」
「残念だが、いくら俺でも本物のアーティファクトは作れねえ。あれは魔物の魂が宿って初めて成り立つもんだからな。
だが、この素材を使えば、限りなくそれに近い性能の鎧は作れる。まあ人工的なアーティファクトじゃよ」
アランは角の欠片を軽く撫でながら続けた。
「言っておくが、ヒヒイロカネなんぞ足元にも及ばねえ。こいつは神話級の魔物の外殻と角だ。強度も魔力の通りも、桁が違う」
「……そんなにか」
「ああ」
タツヨの口元に、自然と笑みが浮かんだ。
「面白くなってきたじゃねえか。……頼む、そっちで」
アランは外殻をゆっくりと布の上に戻すと、道具箱を引っ張り出した。
「金は前金で半分、残りは仕上がってからだ」
「分かった」
「十日後、また来い。それまでに、下ごしらえは済ませておく」
アランは道具箱を肩に担ぎ直し、工房の中央へと戻っていく。倉庫に積もった鉄粉の匂いが、静かな余韻の中に漂っていた。
タツヨは工房を後にしながら、自分の腕のブレスレットに目を落とした。
今まで当たり前のように使ってきたそれが、今日知った由来のぶんだけ、少し重みを増して感じられた。
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