第143話 劈拳と砲拳
翌朝、狩人たちがキングオーグ狩りに出るという話を聞き、老師が興味を示した。
「儂も見せてもらおうか」
俺が説明する前に、老師はもう身軽な装いに着替えていた。ロンも当然のようについてくる。
狩人たちは最初、老師とロンの同行に戸惑いを見せた。だがリュウジィが村に紹介した相手だと知ると、渋々ながら受け入れた。
森の外れ、開けた草原に狩人たちの仕掛けがあった。あらかじめ掘っておいた深い落とし穴を、木の枝と土で偽装してある。足の速い二人組の狩人が囮となり、キングオーグをおびき寄せる算段だった。
「来たぞ!」
一頭目のキングオーグが、囮の狩人たちを追って草原を駆けてきた。
二人の足取りは慣れたもので、絶妙な間合いを保ちながら穴の位置へと誘導していく。
狙い通り、キングオーグは偽装に気づかぬまま踏み外し、そのまま落ちていった。
「今だ!」
穴の周りに集まった狩人たちが、一斉に槍を突き立てた。キングオーグの咆哮が響き、やがて動かなくなる。
縄をかけ、皆で力を合わせて引き上げる。原始的だが、確実な狩りだった。
老師はその一部始終を、黙って眺めていた。腕を組み、時折頷きながら、狩人たちの動きを見定めているようだった。
しばらくして、二頭目のキングオーグが姿を現した。
だが今度は勝手が違った。囮の動きを警戒しているのか、穴の手前で急に進路を変える。
狩人たちが慌てて誘導し直そうとするが、キングオーグは苛立ったように地面を蹴り、逆に狩人たちへと突進を始めた。
「くそ、こっちに来る!」
槍を構える狩人たちの顔に、焦りの色が浮かんだ。
囮役の二人が距離を詰められ、後退が間に合わない。
俺も思わず駆け出そうとした。心臓が跳ねる。
この距離で間に合わない。どうすればいいのか、頭の中を様々な考えが駆け巡ったが、体はまだ距離を詰めきれずにいた。
その瞬間、老師が動いた。
誰も止める間もなく、老師はキングオーグの正面に躍り出た。
二本足で立ち上がり、両手を軽く広げて威嚇するように構える。突進してきたキングオーグの巨体が、まっすぐ老師に迫った。
「危ない!」
誰かが叫んだ。
だが老師は微動だにせず、キングオーグが間合いに入った瞬間、掌をまっすぐに突き出した。狙いはキングオーグの足。
「劈拳」
パァァァァン!
掌がまっすぐな軌道を描いて突き刺さる。骨を打つ鈍い音が響き、キングオーグの巨体が大きく前のめりに崩れた。
グオオオオ!
そのまま倒れ込んでくる巨躯に向かって、老師はもう一撃を放った。今度は拳を下から突き上げるように打ち込む。
「砲拳」
ズドーーーンッ!
次の瞬間、衝撃が波紋のように広がるのが見えた。空気そのものが震えたような感覚だった。
キングオーグの巨体が、まるで芯を抜かれたようにその場に崩れ落ちた。地面が鈍く揺れ、砂埃が舞い上がる。
(やはり老師の五行拳は俺とは別物だ。完全なる放鬆から放たれる、あの一撃。いつか俺もあれを撃てるようになりたい)
静寂が草原を包んだ。
誰も声を出せずにいた。狩人たちは槍を構えたまま、目の前の光景が信じられないという顔をしている。
囮役だった二人は、腰を抜かしたようにその場に座り込んでいた。
老師は倒れたキングオーグの傍らに立ち、軽く息を整えていた。それだけだった。息を切らすほどの動きにも見えなかった。
「……今のは、一体」
一人の狩人が、震える声で呟いた。
老師が振り返り、いつもと変わらぬ調子で言った。
「少々手が出すぎたな。狩りの邪魔をしたか」
誰も答えられなかった。ロンだけが、当然だと言わんばかりに老師の隣に座り、尻尾を一振りした。
村に戻ると、話はすぐに広まった。村長をはじめ、昨日老師を疑っていた者たちも、皆言葉を失っていた。
かつて疑いの目を向けていた者たちが、今度は敬意のこもった目で老師を見つめている。
年配の狩人の一人が、老師の前まで来て深く頭を下げた。
「あんな技、生まれてこの方見たことがねえ。あんたは一体、何者なんだ」
老師はただ穏やかに笑うだけで、それ以上は語らなかった。
「昨日は、大変失礼なことを申し上げました」
村長が深々と頭を下げた。老師はただ小さく笑うだけだった。
「気にするな。普通こんな老人に何が出来るんだと、思うからのう」
そう言いながら、老人は声を上げて笑った。
俺はその様子を見ながら、密かに満足していた。
言葉で説明するより、この一撃の方がずっと雄弁だった。
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