142話 新しい守り手
翌々日、リュウジィは老師とロンを連れてヤツハカ村へ向かった。
馬車が村の入り口に差し掛かると、復興作業を続けていた村人たちが手を止めてこちらを見た。
オルセンが真っ先に気づき、駆け寄ってきた。
「リュウジィさん、お帰りに……あちらの方は?」
俺は馬車を降りながら答えた。
「今日は紹介したい人がいて来ました。この方が、これからこの村に住んで、村を守ってくださることになりました」
老師が軽く会釈すると、隣で犬の姿をしていたロンが、白い光に包まれた。
光が収まると、そこには本来の姿――巨大な銀色の毛並みを持つ、シルバーウルフの姿があった。
村人たちがどよめいた。子供たちが小さく悲鳴を上げ、大人たちも思わず後ずさった。
「ご安心を。この者は儂の連れです。危害を加えることはありません」
老師がそう言うと、オルセンが恐る恐る前に出た。
「わ、わかりました……村長を呼んで参ります」
しばらくして、村長がやってきた。事情を聞いた村長は深く頭を下げたものの、老師の姿を見て、どこか戸惑うような表情を浮かべた。
「リュウジィ様には感謝しかありません。ですが……失礼を承知で申し上げますと、この方お一人で、本当に村を守っていただけるのでしょうか」
村長の言葉に、周囲の村人たちも小さく頷いた。目の前の老師は、とても魔物と渡り合えるような体つきには見えない。魔物の群れに襲われた記憶がまだ生々しい今、その飄々とした佇まいに不安を覚えるのは当然だった。
「村長、この方は俺が保証します。これ以上の適任はいません」
俺はそう言ったが、村人たちの表情に浮かぶ不安の色は、簡単には消えなかった。老師は特に気を悪くした様子もなく、静かに笑った。
「疑うのは当然のことだ。儂も見た目だけで信じろとは言わん」
その一言に、村長はばつが悪そうに頭を下げた。
「申し訳ございません、そういうつもりでは……」
「気にするな。そのうちわかることだ」
老師はそう言って、オルセンの案内で村の中を歩き始めた。
倒壊した家屋の跡地には新しい柱が立ち始めている。老師は特に多くを語らず、時折頷きながら話を聞いていた。
俺はその後ろ姿を見ながら、密かに安堵していた。ハクさんとの再会がなければ、この頼み事すら思いつかなかった。あの日、老師をジャンヌダルクに誘ったのは、ただの恩返しのつもりだった。
それが巡り巡って、この村の未来を変えることになるとは思ってもみなかった。もっとも、その未来を村人たちに信じてもらうには、まだ少し時間が要りそうだった。
一方、ロンは村の中央で伏せをしたまま、鋭い目で周囲を見回していた。村人たちは遠巻きに眺めるばかりで、誰も近づこうとしない。
最初に動いたのは、幼い女の子だった。母親の手を振り払い、迷いなくロンの前まで歩いていく。
「わあ、おっきい」
女の子が手を伸ばした瞬間、ロンが低く唸り、僅かに牙を覗かせた。女の子がびくりと固まる。周囲の大人たちが息を呑んだ。
だが女の子は一瞬怯んだだけで、すぐにまた手を伸ばした。
「ふわふわ……」
指先が銀色の毛に触れる。ロンは唸るのをやめ、戸惑うように鼻先をひくつかせた。威嚇にしては、あまりに及び腰だった。
「こら、危ないから離れなさい」
慌てて駆け寄った母親に、女の子が振り返って言った。
「大丈夫だよ、怖くないもん」
その様子を見ていた他の子供たちが、我先にと集まってきた。
「俺も触りたい!」
「僕も!」
あっという間にロンの周りは子供たちに囲まれた。ロンは何度か身を引こうとしたが、四方から伸びる小さな手に阻まれ、逃げ場を失っていく。
「あの、大丈夫でしょうか。噛みついたりは」
心配した母親の一人が老師に尋ねた。
「案ずるな。あれで律儀な奴だ。害意のない者に牙を剥くことはせん。……ただ、少々気位が高くてな」
老師の言葉に安心したのか、大人たちも次第に近づき始めた。
「立派な毛並みですね」
「触ってもいいですか」
一人、また一人と手が伸びる。ロンは観念したように動くのをやめ、目を閉じて撫でられるがままになっていた。
誇り高い狼が、見知らぬ村人たちの手の中で、今はすっかり大人しくしている。
やがて小さく喉を鳴らし、尻尾がゆっくりと地面を叩き始めた。
俺は思わず笑ってしまった。
「ロン、随分あっさり陥落したな」
ロンが横目でこちらを睨んだ。だがその尻尾は、相変わらずゆっくりと動き続けていた。
村を見回り終えた老師が戻ってきて、その光景を見て小さく笑った。
「あやつも、思ったよりこの地が気に入ったようだな」
だが村長をはじめ、大人たちの視線には、まだどこか半信半疑な色が残っていた。
老師の実力を、彼らはまだ何も知らない。
新しい守り手を迎えた村に、疑念と歓迎の入り混じった空気が広がっていた。
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