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46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


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140話 達人と言う現実



厨房から漂ってくる香ばしい匂いに、老師が目を細めた。


ゼノンとギノンが慌ただしく動き回り、テーブルの上に炭火の入った鉄板を運んでくる。バッドの母が下味をつけた肉を大皿に盛り付けて持ってきた。


「良い匂いだ」


老師がそう呟くと、隣に座ったロンが小さく尻尾を振った。犬の姿になってもその仕草は変わらないらしい。


老師は肉を一切れ取り、鉄板に乗せた。じゅっと音を立てて脂が弾ける。焼き加減を見極めるように、じっと肉を見つめている。


しばらくして、老師は焼けた肉を口に運んだ。


「うむ」


老師の反応を横で見ていたバッドの母が、少し緊張した顔で聞いた。


「お口に合いますでしょうか」


「島の干物とは比べ物にならん。焼き加減を自分で決められるというのも、悪くないものだな」


その一言に、バッドの母がほっとした表情を浮かべた。


タツヨは向かいの席で肉を次々と鉄板に並べながら、ちらちらと老師の様子を窺っていた。まだ半信半疑といった顔をしている。


食事が終わる頃、老師が箸を置いて言った。


「では、約束通り軽くやるか」


タツヨが立ち上がった。目の奥に、闘志の色が浮かんでいる。


「望むところだ」


店の裏手にある広場に移動すると、ゼノンとギノンも見物に付いてきた。ロンは少し離れた場所に座り、静かにこちらを眺めている。


夕方の風が広場を吹き抜けていく。タツヨが肩を回し、拳を握り直した。


「リュウジィさん、あの方は本当に大丈夫なんでしょうか」


ゼノンが小声で聞いてきた。俺は黙って首を横に振った。


「見てればわかるよ」


タツヨが構えを取った。ボクサー特有の軽い足運びで、老師との間合いを測っている。老師は特に構えるでもなく、自然に立っているだけだった。それでいて、隙という隙が見当たらない。


「いつ来てもかまわんぞ」


タツヨが踏み込んだ。

速い左のジャブを放った、次の瞬間スウーッとタツヨの懐に入り、老師の掌がタツヨの胸を撃った。タツヨの体が宙に浮き、地面に転がっていた。


何が起きたのか、俺にもはっきりとは見えなかった。


「な、」


タツヨが起き上がりながら、信じられないという顔をした。


「もう一回だ」


「おい若いの、わしはここを動かんから好きなだけ撃ってこい」


老師はそう言いながら、右足でトントン地面を踏みしめた。


ゼノンとギノンが顔を見合わせ、息を呑んでいるの。


俺も同じだった。あの構えは、孤島で何度も見た。


動かないと宣言しておいて、実際に一歩も動かず捌ききる。あの頃の俺は何十回も、地面に転がされた。


タツヨは一気に距離を詰め、パンチを連打した。


嵐のようなタツヨの連打を老師は一歩も動かず全て、捌いた。


バッ!バッ!バッ!バッ!バッバ!


そして老師の掌がタツヨの顎を軽く撃った。

タツヨはその場で落ちるように膝をついた。


ゼノンとギノンが顔を見合わせた。


タツヨは立ち上がるが、膝がプルプル震えていた。


「まだやるのか?」


「勿論やるよ」

タツヨの声には、先ほどまでの余裕がなくなっていた。


「うおおおお!」


叫び声を上げながら踏み込み、ファントムストレートを放った。しかし老師は最小限の動きでそれを流し、腹に突きを入れた。


軽く突いたように見えたが、タツヨは五メートルぐらい吹き飛んだ。


タツヨはまた地面に沈んだ。

しばらく動けずにいたタツヨが、仰向けのまま息を吐いた。


「……何なんだよ、これ」


老師が静かに言った。


「お前はパワーもスピードもあるが、殺気が強すぎるな。来るのがわかる」


タツヨは何とか起き上がると、悔しそうな顔をしながらも、老師の言葉を頭の中で反芻しているようだった。


「もう一回やってくれよ」


「今日はここまでにしておこう。何度やっても結果は同じだからのう」


タツヨは不満げな顔をしたが、それ以上は言わなかった。


俺はその様子を見ながら、孤島での稽古を思い出していた。あの頃の自分も、こうして何度も地面に転がされ、悔しさだけを抱えて夜を明かした。


だが振り返れば、あの日々があったからこそ、今の自分がある。タツヨにとっても、今日のこの敗北がきっと同じ意味を持つはずだった。


ロンが近づいてきて、タツヨの手に鼻先を押し付けた。慰めているのか、それとも笑っているのか。


タツヨは苦笑いを浮かべながら、ロンの頭を軽く撫でた。


すでに日が落ち、広場に灯りが灯り始めていた。


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