第139話 まさかの訪問者
王都に戻ったのは夕方だった。
二台の馬車が王都の門をくぐると、見慣れた街並みが広がった。
数日ぶりに戻ってきた感覚が妙に新鮮だった。
気紛れな旅団の三人と別れ、カミラも自分の宿へ向かった。ミライは先にリュウジィの家へ戻るとのことで、タツヨと二人でジョジョエンへ向かった。
店に入ると、ホールではゼノンとギノンが開店準備をしていた。二人がこちらに気づいて顔を上げた。
「お帰りなさい」
「ただいま。何事もなかったか」
「はい。ハクさんが両店舗しっかり見てくださいました」
俺はバッドの母に挨拶しようとホールの奥へ向かった。バッドの母は俺の顔を見て安堵した表情になった。
「リュウジィさん、お帰りなさい。ご無事で良かった」
「ご迷惑をおかけしました。店の方はどうでしたか」
「おかげさまで問題なく。それとリュウジィさん、一つ報告があって」
「何ですか」
「三日ほど前から、白い犬を連れた老人が店を訪ねてきているんです」
俺は首を傾けた。
「白い犬を連れた老人?」
「はい。毎日決まった時間に来て、リュウジィさんを待っていると言って帰るんです。今日も夕方に来ると言っていたので、そろそろ来る頃かと」
「どんな老人でしたか」
「穏やかな目をした方で。白い大きな犬を連れていて、とても静かな方でした。でも何というか、ただの老人じゃないような、不思議な雰囲気があって」
「不思議な雰囲気?」
「うまく言えないんですが、近づくと空気が変わるような感じで。ゼノンたちも最初は警戒していたんですが、話してみると穏やかな方で」
タツヨが隣で腕を組んだ。
「心当たりあるか」
「ない」
俺は首を振った。白い犬を連れた老人。誰だろうか。客の一人か、それとも王宮関係の誰かか。
「わかりました。来たら通してください」
「はい」
カウンターに腰を下ろして、羊皮紙に書かれた、自分がいなかった間の売り上げを見て、待っていると、しばらくしてゼノンが顔を出した。
「リュウジィさん、お客様がいらっしゃいました」
俺はタツヨと顔を見合わせ、ホールへ向かった。
入り口の近くに、小柄な老人が立っていた。白髪で、穏やかな目をしている。その隣に、白い大きな犬が座っていた。尻尾をゆっくりと振っている。
俺は足を止めた。
老人がこちらを見て、口元に笑みを浮かべた。
「気が向いたから来たぞ」
声を聞いた瞬間、全身に鳥肌が立った。
隣でタツヨが小声で言った。
「誰だこの爺さん」
俺はタツヨの言葉が耳に入らなかった。
目の前に立っているのは、孤島で三ヶ月間俺に形意拳を叩き込んだ、形意拳最強の達人、あの郭竜深老師だった。数ヶ月に一度しか島を出られないはずの人間が、何故ここにいるのか。
「老師、何故ここに」
「海流が変わったのでな。ついでに来てみた」
「ついでに、ですか」
「美味い肉をご馳走すると言ったろ。その言葉を覚えておったぞ」
俺は深く頭を下げた。
「よく来てくださいました。本当に」
白い犬が立ち上がり、俺の手に鼻を押し付けてきた。ロンだった。孤島で一緒に過ごした銀狼が、犬の姿に変化してここにいる。
「ロン、お前も来たのか」
ロンが尻尾を大きく振った。
タツヨが困惑した顔でこちらを見ていた。
「なあリュウジィ、この爺さん誰なんだ。お前なんで頭下げてんの」
「孤島でお世話になった方だ。形意拳の達人で、俺に三ヶ月間稽古をつけてくれた」
タツヨが老師を見た。老師は涼しい顔で店の中を見回している。
「この爺さんが?」
「口の聞き方気を付けろ。お前が目の前にフロイド・メイウェザーがいたら、そんな態度するか?」
「はぁ?」
「形意拳の世界で、それぐらいの人なんだよ。伝説の人」
タツヨはまだ半信半疑の顔をしていたが、それ以上は言わなかった。
俺は厨房に声をかけた。
「今日は特別なお客様だ。キングオーグの一番いい部位を出してくれ」
老師がそれを聞いて小さく笑った。
さらに老師がタツヨに向かって言う。
「中々強そうだな。どれ、食事が終わったら、軽く手合わせしてみるか?」
タツヨはニヤリとしながら、言った。
「面白え。是非達人の技を見せてくれよ」
「退屈はさせんよ。楽しみにしておるぞ」
ロンが老師の隣で静かに座り直した。店の中に、温かい空気が漂い始めた。
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