第133話 二体の魔物
夜明け前に馬車を降りた。
馬車が入れるのはここまでだと御者が言った。
ヤツハカ村まであと一時間ほど歩く。
朝靄の中、六人で街道を歩いた。
オルセンが先頭に立ち、慣れた足取りで獣道を進んでいく。アミリが周囲にサーチを展開しながらついてきた。
「今のところ反応はないです」
「わかった。引き続き頼む」
木々の間から朝の光が差し込み始めた頃、遠くに村の輪郭が見えてきた。
最初に気づいたのは匂いだった。
焦げた匂いと、それ以外の何か。オルセンの足が少し速くなった。
村の入り口に差し掛かった瞬間、俺は足を止めた。
広場の端に、並べられた遺体があった。筵をかけられていたが、数は一目でわかった。村人が数人、その周りに立って頭を垂れていた。
誰も声を出さなかった。
アミリが口元を手で押さえた。ジャスパーとオリオンも黙って立っていた。
オルセンが振り返った。目が赤かった。
「昨日またやられました。これで狩人10人、村人8人です」
俺は遺体の前に歩み寄った。筵の端から覗く手が見えた。
大人の手ではなかった。
「子供も?」
「一人。七歳の女の子です」
タツヨが低く舌打ちをした。
村長らしき老人が近づいてきた。
白髪で背が曲がっているが、目に力があった。
「お久しぶりです。リュウジィさん。遠いところをありがとうございます」
「いえ。怪我人はいますか」
「います。6人、小屋の中に」
俺はアミリを振り返った。
「頼めるか」
「はい、すぐ行きます」
アミリがジャスパーとオリオンを連れて小屋の方へ向かった。
村長が続けた。
「魔物は山の方から来ます。キングオーグの生息地の近く、北の斜面の辺りに潜んでいるようで」
「二体とも?」
「そのようです。昼間は山から出てきて、夕方になると戻っていく。狩人たちが追いましたが、近づくこともできなくて」
タツヨが俺の隣に立った。
「行くか」
「ああ」
俺は村長に向き直った。
「村の人たちは、今日は外に出ないようにしてください。魔物は俺たちが片付けます」
村長は深く頭を下げた。
「お願いします」
しばらくしてアミリがジャスパーとオリオンを連れて小屋から戻ってきた。
「怪我人の処置は終わりました。全員ナロキシンを飲ませて、今は安静にしています」
「助かった。三人は村に残って怪我人の様子を見ていてくれ。村の警護も頼む」
ジャスパーが頷いた。
「わかりました。気をつけてください」
オルセンが案内を申し出たが、断った。ここまで歩きっぱなしで消耗している。それに、あの遺体の中に知り合いもいるはずだ。
「村で待っていてくれ」
オルセンは一瞬躊躇したが、頷いた。
俺とタツヨは北の斜面へ向かった。朝の光が山肌を照らし始めていた。木々の間に入ると、空気が変わった。
獣の匂いとも違う、どこか澱んだ空気だった。
しばらく進むと、タツヨが立ち止まった。
「なあリュウジィ」
「何だ」
「あの子供の手、見たか」
「見た」
タツヨは前を向いたまま言った。
「俺無茶苦茶むかついてる」
「俺もだよ」
二人は斜面を登り続けた。
木々が密になるにつれて、足元の草が変わった。踏みしめるたびに、いつもとは違う感触がある。枯れているわけではない。何かに蝕まれているような、そんな草だった。
タツヨが鼻をひくつかせた。
「獣の匂いじゃないな」
「ああ」
俺もずっと気になっていた。キングオーグを狩りに来た時に嗅いだ山の匂いとは明らかに違う。もっと重くて、淀んだ匂いだった。
斜面の傾斜がきつくなってきた頃、木々の間に何かが動いた。
俺とタツヨは同時に足を止めた。
風ではない。
「いるな」
タツヨが低く言った。
「ああ」
俺はファフニールが僅かに反応するのを感じた。戦闘の予感を察知している。内功を静かに高め始めながら、前を見据えた。
木の陰から、何かが滲み出るように現れた。
大蛇だった。全長は十メートルを超えるだろうか。鱗が黒く光り、地面を這う動きは音もなく滑らかだった。
黄色い目がこちらを捉えた瞬間、背中から煙が立ち上り始めた。
煙が翼の形になっていく。
「あれか」
タツヨが呟いた。
その時、左側の茂みが激しく揺れた。
地響きのような音が斜面を伝わってきた。
木々をなぎ倒しながら現れたのは、四本足の巨躯の獣だった。
全身が岩のような灰色の皮膚に覆われており、体高は三メートルを超えている。
額に一本の太い角が生えていた。地面を踏みしめるたびに、足元が小さく揺れた。
二体が同時に現れた。
大蛇の魔物は翼を広げたままこちらを見ている。岩の獣は低く唸りながら、じりじりと距離を詰めてきた。
タツヨが静かにブレスレットに触れた。
「どっちをやる」
俺は二体を交互に見た。
「俺が四本足の方を引き受ける。空からくる奴はタツヨが頼む」
「了解」
タツヨが小さく笑った。
「久しぶりに本気出すか」
俺は中段の構えをとった。内功を高め、ファフニールが静かに応える。
岩の獣が地面を蹴った。
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