第131話 魔族の思惑
岩を削り出したような外観を持つバザルグの館は、魔族の国の外れに位置していた。
内装は黒と赤を基調とし、燭台の炎が揺れるたびに壁の影が歪んだ形に伸び縮みする。
広間の奥、不釣り合いなほど巨大な椅子にバザルグが座っていた。
額から上に向かって伸びる太い角。黒に近い褐色の肌。
後ろに向かって斜めに尖った耳。首から頬にかけて刻まれた複雑な模様のタトゥー。
金髪のミディアムショートが、炎の光を受けてわずかに揺れていた。
バザルグは不機嫌そうに片肘を椅子の肘掛けに乗せ、顎を手のひらで支えたまま黙っていた。
広間に足音が響いた。
赤髪に褐色の肌。首から頬にかけてバザルグと同じ模様のタトゥーが刻まれたルシエルが、広間の中央で足を止めた。
「戻ったか」
バザルグが低い声で言った。
「ああ」
「それで、例の二人はどうだった」
ルシエルは口角を上げた。
「ガントレットの方とは少し遊んできたよ。なかなか面白い動きをする」
「遊んできた?」
バザルグは片眉を上げた。
「それだけか?殺せと言ったろ!」
「おいおい、無茶言うなよ。カイゼル様の付き添いで行ってるんだぞ。あくまで偵察して来ただけだ」
ルシエルは気にした様子もなく広間を歩き、壁際の燭台の炎を指先でいじった。
「もう一人の方が面白い。竜のアーティファクトを二つ纏っている。ファフニールとニーズヘッグの指輪。竜の力を二つ同時に使いこなしている人間など、今まで見たことがない」
「だから何だ」
バザルグの声に苛立ちが滲んだ。
「人間は人間だろうが。カイゼル様みたいに仲良くしろとでも言うつもりか」
「まさか」
ルシエルは振り返り、バザルグを真っ直ぐに見た。
「カイゼル様の考えには、俺も同意しかねる部分がある。人間と共存などと、随分と丸くなったものだと思うよ。人間など奴隷にしておけばいい。それだけの話だ」
バザルグの口元が緩んだ。
「そういう事なら話が早い。俺もそう思ってたところだ」
「ただ」
ルシエルは続けた。
「今すぐ動くのは利口じゃない。協定がある以上、理由なく手を出せば魔王様の耳に入る。お前も俺も死にたくないだろ?」
「じゃあどうする?」
ルシエルは少し考える素振りを見せてから、静かに口を開いた。
「キングスフォーンの辺境に、ヤツハカ村という場所があるんだが。竜の力を使いこなしてる男が経営してる焼き肉屋に肉を卸している村で、近くにキングオーグの生息地がある」
「それが何だ」
「そこに魔物を二体放つ。凶悪なものを」
バザルグの目が細くなった。
「村人や狩人が殺される。キングスフォーンの辺境だから、王宮への連絡も遅れる。混乱している隙に、お前が現地の様子を直接確認しに行く。飛べる魔物に乗れば、人目を避けて移動できるだろ。もう一体は、お前が現地に着いたら、俺が魔物転移で飛ばしてやるよ」
「俺が直接行くのか」
「ああ。魔物がキングオーグの狩人を仕留める様子を、自分の目で見たくないか?いつもみたいに水晶で眺めてるより、楽しいと思うぞ。ガントレットの男も竜の男も必ず来るぞ」
バザルグは少しの間黙っていたが、やがて低く笑い声を上げた。
「面白れえ。やってやるよ」
「いいか?くれぐれもお前が人間を殺すなよ」
(馬鹿は扱いやすくて楽だ)
ルシエルは一礼し、広間を後にした。
廊下に出ると、先ほどまでの笑みが消えた。
松明の光が赤く廊下を照らす中、ルシエルは静かに歩きながら思った。
カイゼル様は共存などと言っていたが、俺はそうは思わない。人間の国など、植民地にしてしまえばいい。
そのためにはまず、動かせる駒が必要だ。
バザルグは使いやすい。力はあるが、頭は単純だ。
ルシエルは廊下の窓から夜空を見上げた。面白くなってきた、と小さく呟いた。
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