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46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


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第13話:引き抜きの流儀




「……本気なの? それ、どこで手に入れたお金よ」


俺は答える代わりに、がま口からさらに金貨を取り出し、古びた木製のカウンターに並べた。


カツン、カツン。


一枚ずつ置くたびに、乾いた音が店内に響く。


総額、三十万ゴルド。


薄暗い店内で、金貨だけが妙に場違いな輝きを放っていた。


彼女は目を見開き、金貨と俺の顔を交互に見つめている。


「……怪しいお金じゃないよ」


「いや、そういう問題じゃなくて……」


「ちょっとした商売の報酬だ」


俺は苦笑した。


キングオーグを何匹も仕留めて、肉を売って、闘技場でも稼いだ。


気づけば、俺の手元にはこの世界で生きていくには十分すぎる金が集まっていた。


もちろん、ただ贅沢するために稼いだわけじゃない。


(せっかく二度目の人生をもらったんだ。前世と同じことを繰り返すつもりはない)


「……それで、君を雇いたい」


「私を?」


「ああ。ここで貰ってる給料の三倍は出す」


「三倍……?」


彼女の眉がピクリと動いた。


「それに、ここで働いてても楽しくないだろ?」


俺は店内を見回した。


酔っ払いの相手をして、注文を取って、絡まれれば適当にあしらう。


さっきの客のように、面倒な客もいる。


それでも彼女は、仕事を投げ出さずに続けていた。


「君、客あしらいが上手いんだよ」


「……そう?」


「自分じゃ分からない?」


「毎日酔っ払いの相手してるだけよ」


「それが出来る人間は、意外と少ない」


俺はそう言って、少しだけ笑った。


前世で店をやっていた頃、何人もの人間を雇ってきた。


見た目がいい。


愛想がいい。


話が上手い。


そういう人間はいくらでもいる。


だが、水商売で本当に重要なのは、それだけじゃない。


客の機嫌を読む。


場の空気を読む。


相手が怒り始めたら、どこまで踏み込んで、どこで引くかを判断する。


その感覚は、教えれば誰でも身につくものじゃない。


「君には、その才能がある」


「……才能ねぇ」


彼女は少し照れたように鼻を鳴らした。


だが、すぐに真顔に戻る。


「条件は悪くないけど。でも、勝手に辞めるわけにはいかないわよ」


「……」


「店主にだって都合があるし。ここで雇ってもらった恩もあるから」


(なるほど)


金を見せれば、すぐに飛びつくと思っていた。


だが、違った。


(この義理堅いところ……ますます気に入った)


人を雇うなら、こういう人間の方がいい。


「そのへんは、俺がちゃんと話をつけてくる」


「え?」


俺は席を立った。


「ちょっと待ってて」


カウンターの奥では、店主が腕を組みながら、こちらの様子を不機嫌そうに眺めている。


俺はそのまま店主の前まで歩いていった。


「おやじさん」


「……なんだ?」


「いきなりで本当に申し訳ないんだけど、この娘を俺の店で働いてもらいたい」


「は?」


店主の顔が険しくなる。


「うちの看板娘を引き抜こうってのか?」


「そういうことになるね」


「冗談じゃねえぞ。こいつがいなくなったら、誰が客の相手をするんだ」


「だから、その分を払う」


俺は革袋から金貨を取り出した。


そして店主の目の前のテーブルに置く。


カツン。


「急に抜ける分の補填と、今まで雇ってもらった手間賃。五万ゴルドでどうかな?」


店主は黙り込んだ。


金貨を一枚手に取り、裏表を確認する。


「……五万?」


「ああ」


「本当に払うのか?」


「今すぐ」


俺は即答した。


店主の目つきが変わった。


さっきまでの警戒心が消え、金貨を眺める目に欲が浮かんでくる。


「……これだけありゃあ、新しい奴を雇ってもお釣りが来るな」


「そういうこと」


「……」


店主は少し考えた。


そして、金貨を自分の懐へしまい込んだ。


「好きにしなよ」


「交渉成立だね。ありがとう」


俺はそれだけ言って、彼女に手招きをした。


彼女は呆然と立ったままだった。


「……本当に払ったの?」


「払ったよ」


「五万ゴルドも?」


「うん」


「……馬鹿じゃないの?」


「なんで?」


「普通、そこまで払う?」


「人を雇うって、そういうことだろ」


俺は肩をすくめた。


前世では、人件費で何度も頭を悩ませた。


安く雇えばいいというものでもない。


高く払えばいいというものでもない。


働いてくれる人間が、「ここで働いてよかった」と思える環境を作る。


それが経営者の仕事だ。


……まあ、前世では、それが上手くいかなかったことも多かったけど。


(今度は、もう少し上手くやってみるか)


「ほら、行こう」


俺は店の出口へ向かった。


彼女も慌てて後を追ってくる。


店を出る直前、彼女は一度だけ振り返った。


今まで働いていた酒場を、名残惜しそうに見つめている。


「……寂しい?」


「別に」


「そう?」


「……少しだけ」


「そっか」


俺はそれ以上、何も言わなかった。


人には、それぞれ事情がある。


無理に背中を押す必要なんてない。


重い扉を開ける。


外に出ると、夕暮れの王都は活気に満ちていた。


人々の話し声。


荷馬車の車輪が石畳を擦る音。


店から漏れてくる笑い声。


さっきまでいた酒場とは、まるで別世界だった。


並んで歩き始めると、彼女が俺の横顔を覗き込んできた。


「……ねえ」


「ん?」


「本当に何者なの?」


「何者って?」


「お金の使い方が、全然子供じゃないんだけど」


(そりゃあ、中身は四十六歳のおっさんだからね)


「さあね」


俺は適当に笑って受け流した。


「それより、君の名前をまだ聞いてなかったな」


「……そういえば、そうね」


彼女は少し呆れたように笑った。


「私、リナ」


「リナか。よろしく」


「……本当に変な人ね、あなた」


「よく言われるよ」


前世でも、何度言われたか分からない。


俺は苦笑しながら、前を向いた。


夕暮れの光の向こうに、王宮に次ぐ巨大さを誇る、重厚な石造りの建物が見えている。


この街には、まだ知らないことが山ほどある。


店を出すなら、まずは情報が必要だ。


客がどんな人間なのか。


どんな店が流行っているのか。


酒の値段はいくらなのか。


そもそも、この世界の人間が「女性と酒を飲みながら話す」ということに、どれだけ金を払うのか。


前世の常識は、そのまま通用しない。


だからこそ面白い。


「リナ」


「なに?」


「君を雇ったのはいいんだけど、まだ人が足りないんだ」


「人?」


「ああ。店をやるなら、君一人じゃ無理だろ」


「……それはそうね」


「この街で仕事を探してる連中って、普段どこに集まってるか知ってる?」


リナは少し考え込んだ。


そして、街の奥を指差した。


「それなら、あそこじゃない?」


「どこ?」


「仕事を失った人とか、日雇いを探してる人が集まる場所」


「ほう」


俺は指差された方向を見る。


「案内してくれる?」


「……いいけど」


リナは少しだけ笑った。


「私、もう働く側じゃなくて、雇う側なのよね?」


「そういうこと」


「……なんか、変な感じ」


「俺もだよ」


俺たちは顔を見合わせた。


そして、二人で歩き始めた。


こうして俺の異世界での商売は、二人目の従業員を探すところから始まった。





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