第129話:新たなる脅威
王宮の一室でルシエルはカイゼ
ルの前に立っていた。
「少し外出してもよいですか」
カイゼルは杯を置いて、穏やかな目を向けた。
「構わない。ただし人間とは協定がある。揉め事は起こすな」
「勿論です」
ルシエルは頷いた。
「ただ、一つ聞いてもよいですか。何故そこまで協定を大事にするのですか。軍事力ならこちらが圧倒的に上なのに」
カイゼルは少し考えてから答えた。
「知っての通り、我が国は四つの国に囲まれている。キングスフォーン、サウスチェケラッチョ、アズマリア、サウザンアイランド。軍事力では我が国が圧倒出来るだろ。だがこちらもそれなりの被害が出る」
「ならば、仲良くしていた方が利益がある。それだけのことだ」
ルシエルは静かに頷いた。
カイゼルが杯を持ち直した。
「で、どこへ行く」
「面白い店があると聞きました」
カイゼルは何も言わなかった。ただ杯に口をつけて、窓の外を眺めた。
ルシエルは部屋を後にした。
夜の王都へ向かいながら、今日のことを思い返した。
広間で見たあの男。竜のアーティファクトを二つ纏う人間。
(面白くなってきた)
タツヨが夜のロードワークを始めたのは、キングスフォーンに来てすぐの頃からだった。王都の外周沿いの道は人通りが少なく、魔石街灯の間隔が広い。
暗がりと明かりを繰り返しながら走るのが、タツヨは気に入っていた。
三周目に入ったところで、前方に人影が見えた。
壁に背を預けて立っている。フードも被らず、魔石街灯の光の中にただ立っていた。
近づくにつれて顔が見えてきた。
赤髪の男だった。
タツヨは足を緩めなかった。すれ違いざまに視線だけ向けると、男も同じようにこちらを見ていた。
通り過ぎた。
足音が続いた。
男がついてきていた。
タツヨは立ち止まって振り返った。
「何か用か」
男は立ち止まって、タツヨを見た。品定めでも敵意でもない。ただ純粋に、面白そうに見ていた。
「あなたの動きを見ていた」
「そうか」
「私と手合わせしてもらえませんか?タツヨ・ジョージさん」
タツヨは男を見た。細身だが、佇まいが違う。ただ立っているだけなのに、どこか隙がない。
「俺の名前を知ってるって事は復讐か何かか?」
「いえいえ、貴方の戦闘スタイルに興味があるだけです」
「興味ねぇ〜?名前は?」
赤髪の男はニッーと口角を上げながら言った。
「ルシエルと言います」
「いいぜ、付き合ってやる」
二人は向かい合った。
男がタツヨのスタンスをそのまま真似た。右足を引いて、両拳を顔の前に構える。ボクシングのフォームだった。
タツヨは眉を上げた。
「お前ボクシングを知ってるのか?」
「知らないですよ。あなたのやり方で戦います。
それが礼儀かと思いまして」
タツヨは少し笑った。
「アトラスは使わない。素手でいくぞ」
「構いません」
男が先に動いた。
踏み込みが速かった。
タツヨがジャブを放ったが、それを躱して右ストレートを打ち込んで来た。
ビューッ!
タツヨは顎を引いてスウェーで躱し、左フックを返した。
男はそれをガードしたが、タツヨのパンチの破壊力で身体ごと横に弾かれた。
「中々の破壊力ですね。これでガントレットを付けたら、ワイルドオーグなんて簡単に倒してしまいますね」
「何故それを知っている?」
男は答えずに踏み込んできた。まるでマシンガンのようにジャブの連打。
バッ!バッ!バッ!バッ!バッ!
速い!
タツヨはディフェンスだけで躱せず、ガードを固めて受けた。
連発するジャブで今度はタツヨが後ろに弾かれた。
タツヨがルシエルのジャブを受けた手を振りながら言った。
「痛てえ、痛てえ、やるなお前。行くぜ」
その瞬間、今までとは比べ物にならないスピードで踏み込み、右のパンチを放つ。
ファントム!
タツヨの見えない右ストレートをルシエルはクロスガードで受ける。
ガーンッ!!
ルシエルの身体が後ろに弾かれる。
弾かれた身体と同じスピードでタツヨが踏み込みむ。
そしてスーパーマンパンチを放つ!
がっ!しかし突き出した拳の先に、ルシエルがいない。
その瞬間弧を描くようなルシエルのパンチが横から飛んで来た。
「やべぇ!」
ガーンッ!!
今度はタツヨがクロスガードでそのパンチを受けて横に弾かれた。
ルシエルはそこから動かない。
「楽しかったです。この辺にしときましょうかね」
「まだ付き合えるぜ、お前強いな。何者だ」
男は微かに口角を上げた。
「さて?何者ですかね?明日の夜は、あなたの仲間の店に行きます」
それだけ言って、男は闇の中に消えた。
タツヨはしばらくその場に立っていた。
(仲間の店か)
あいつはリュウジィの店を知っている。
タツヨは踵を返してロードワークを再開した。明日リュウジィに話すことが、また一つ増えた。
(面倒な事にならなければいいけど)
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