第127話:使節団
商会の名前というのは、どうにも頭の中でうまくまとまらなかった。
ジョジョエン、ジャンヌダルク、MG倶楽部。三店舗とも順調だった。ハクさんに言われるまで商会という発想自体がなかったし、正直今もピンときていない。
(何かいい名前ないかな)
俺は昼過ぎの王都をぶらぶらと歩いた。
考えながら歩くのは現世からの習慣だった。何かの本に歩きながら考えると良いと書いてあったからだ。
あの頃は借金のことばかり考えながら歩いていたけど。
気がつくと、いつもと空気が違った。
通りのあちこちに王宮の剣士が数人一組で立っている。表情が硬い。通行人を制止するわけでもなく、ただそこにいる。
それがかえって気味悪かった。
たまたま顔見知りの剣士がいたので声をかけた。
「こんにちは」
「あっ、リュウジィさん。どうも」
「今日何かあるんですか」
「えっ、ご存知ないんですか」
「何がですか」
剣士は少し声を落とした。
「魔族中原使節会議です。
今日、魔族の使者がキングスフォーンに入ります。二日間滞在する予定で」
「魔族の使者が」
「平和協定の確認と、今後の話し合いのために。一年に一度のことなんですが」
「平和協定があるのに、皆さんそんなに緊張してるんですか」
剣士は苦笑した。
「国力も軍事力も、圧倒的に向こうが上ですから。何か間違いでもあったら、それこそ戦争になります。今日来るのが魔族のナンバー2と、魔王直属の五人衆の一人らしくて」
「そうなんですか」
「もうそろそろ王都に入ってくる時間なので、リュウジィさんも気をつけてください」
礼を言って歩き出すと、通りの人間が自然と端に寄り始めていた。何かを察した動きだった。
しばらくして、遠くから音が聞こえてきた。
足音だった。
ザッ!ザッ!ザッ!ザッ!ザッ!ザッ!ザッ!
整然とした、重い足音。何百という足が同じリズムを刻んでいる。それが近づいてくる。
俺も端に寄って、立ち止まった。
最初に見えたのは馬車だった。真っ黒い、装飾のない馬車が二台。続いて、禍々しい雰囲気を醸し出した兵士の列が現れた。
黒い鎧だった。所々に鋭い突起がある。兜の隙間から見える目が、全員白目だった。人間ではない。百人はいた。足音が石畳を鳴らすたびに、周囲の空気が重くなっていくような気がした。
誰も声を出さなかった。
子供が一人、母親の服を掴んだ。母親は何も言わずに子供の
肩を抱いた。
馬車が通り過ぎた。
足音が遠ざかっていく。
俺はしばらくその場に立っていた。
あの行列には、近づきたくないと思わせる何かがあった。理屈じゃない、本能みたいなもんだ。
通りが少しずつ元の音を取り戻し始めた頃、俺は歩き出した。
タツヨの家に向かいながら、商会の名前のことを考えた。あいつは頭が固いから期待はできないけど、一人で考えてても埒が明かない。
タツヨの家の扉を叩くと、少し間があってから開いた。
「なんだリュウジィ、珍しいな昼間に」
「ちょっと相談がある」
「上がれよ」
部屋に入ると、タツヨはテーブルに戻って椅子に座った。何か食べていたらしく、皿が一枚あった。
「さっき魔族の使節団の行列見たよ」
「そうか、もう入ってきたのか」
「黒鎧の兵士が百人くらい。目が全員白目でさ」
「気持ち悪いな」タツヨは顔をしかめた。
「あの兵士は、俺達が船の上で闘ったのと、同じ類いの物だと思うよ」
「そんなの平気で100人も連れて街中歩かせて、遠回しの力の誇示だな」
「魔族のナンバー2と魔王直属の5人の中の1人が来てんだってさ」
「ナンバー2!?カイゼルが来てるのか?」
「知ってるのか?」
「カイゼル・グリフォン。アズマリアに来たことあるよ。闘技場の貴賓席で、ヒルデガルドとピエールと三人で並んで、俺が闘ってるの観てたよ」
「見た目どんな感じなんだ?」
「普通の人間と変らないぞ、でも人間界に来る時は人間の姿で来るって、聞いたけどな」
「まあ今は俺たちには関係ない話だろ」
「そうだな、お前は商人だし、俺はプー太郎だからな」
俺は椅子を引いて腰を下ろした。
「で、相談ってのは」
「商会の名前だよ」
タツヨが眉を上げた。
「商会?」
「三店舗になったから、なんかさぁ、商会を名乗った方がいいってハクさんが言うんだよね。名前が思いつかなくて」
「俺に聞くか、それを」
「一人で考えても埒が明かなくて」
タツヨはしばらく腕を組んで天井を見ていた。
「ウロボロス商会は」
「それはパーティー名だろ」
「じゃあ却下で」
タツヨが「難しいな」と呟いた。俺も同じ気持ちだった。
窓の外の通りは、さっきの緊張が嘘みたいに元の喧騒に戻っていた。
「まあ、焦っても仕方ないか」
「そうだな、いい名前ってのは急いで出てくるもんじゃない」
「じゃあ店戻るわ」
「商会名決まったら教えてくれ」
タツヨがニヤリとした。
「俺も考えとく」
「頼むよ」
店に戻るとカエデが入り口近くで待っていた。俺の顔を見るなり、すぐに口を開いた。
「オーナー、王宮から使いの者が来ました」
「王宮から?」
「魔族の使節の方々が、是非キングオーグの肉を食べたいと。王宮まで届けてほしいと」
近くにいたゼノンとギノンが同時に声を上げた。
「俺が行きます」「いや俺が」
俺は首を振った。
「いや、俺が行かないとマズいだろ」
経営者が顔を出す方が筋が通る。それに少し興味もあった。
運が良ければ魔族の顔を拝める。




