第124話:商会という選択
グラニータの店を訪ねてから二週間が経った。
リュウジィはジョジョエンから歩いて五分の場所にある、空き店舗の前に立っていた。
石造りの外壁に、足場が組まれていた。二階の窓枠が外されていて、そこから埃が舞い落ちてくる。中から鑿の音と、木材を運ぶ声が聞こえる。職人が何人かいるのがわかった。
「思ったより早く出来そうだね」
入口からミライが出てきた。袖をまくり、髪を後ろで束ねている。手には図面らしき紙を持っていた。首に細かい木屑がついていた。
「リュウジィ、来てたの」
「様子を見に来たんだよ。順調そうだね」
「順調すぎて怖いくらい。グラニータの知り合いに大工さんがいて、腕がいい人で、引退してこっちでのんびりしてるんだけど、グラニータに直接頼まれて来てくれたみたい」
ミライが笑った。
「グラニータは?」
「中にいるよ。呼んでくる」
ミライが戻っていった。リュウジィは外から店の中を覗いた。棚の枠がいくつか並んでいた。まだ骨格だけだったが、広さは十分あった。女性が落ち着いて武具を選べる空間になりそうだった。
しばらくしてグラニータが出てきた。手に木の板を持っている。髪に鋸屑がついていた。
「あ、来てたんですか」
「邪魔してる?」
「いえ、ちょうどよかった。これ見てもらえますか」
グラニータが板を差し出した。店の内装の配置図だった。入口近くに武器を並べる棚、奥に鎧の展示スペース、それから仕切りで区切られた採寸用の個室。細かいところまで考えられていた。
「いいね、これ」
「武器の棚はここに並べると、入ってきた客の目線に自然に入るんですよ。鎧は奥に置いて、じっくり見てもらう。採寸の個室は一番奥で、他の客から見えないようにします」
グラニータは板を指しながら説明した。
「デザインはミライさんと二人で決めます。そっちはお任せしてもらえますか」
「うん、任せるよ」
グラニータは少し拍子抜けした顔をした。何か言われると思っていたのかもしれない。板を抱え直すと、「では戻ります」と言って中へ消えた。
ミライがリュウジィの隣に来た。
「最近少しずつ笑うようになったの。最初は私たちのこと、疑ってたと思う」
「そうか」
「うん。少しずつ打ち解けてきてる感じがする」
ミライが図面を見ながら言った。こういう顔をする女だったんだな、とリュウジィは思った。
「じゃあ俺は戻るよ」
「うん、気をつけてね」
リュウジィは来た道を戻った。
夕方、ジョジョエンに戻ると、ハクさんが店の前の掃き掃除をしていた。
「ハクさん、新しい店、順調そうでしたよ」
ハクが掃除の手を止めた。
「左様で」
それから少し黙って、また掃き掃除を始めた。通りを行き交う人の声が聞こえた。夕方になると客足が増える。開店まであと一時間ほどだった。
「リュウジィ様」
「なんですか」
「三店舗目になりますよね」
「そうなりますね」
ハクさんは箒を壁に立てかけた。
「ジョジョエン、ジャンヌダルク、そして今度の武具屋。三つの店を個人店と言うのはどうかと?」
「えっ!どういう事ですか?」
「そろそろ商会を名乗っては如何ですか?」
「商会、ですか」
「対外的な信用が違います。仕入れ、商談、貴族との折衝、いずれも個人の店主より、商会の名のほうが通りやすい。規模が大きくなるほど、その差は開きます」
ハクさんは静かに言った。
「ハクさん、そういうこともよく知ってるんですね」
「一応は二店舗の支配人を任されてますからね」
それ以上、ハクは何も言わなかった。
「商会名、何にしましょうかね」
「それはリュウジィ様が決めることでしょう」
「言い出したのはハクさんなのに」
「提案するのが私の仕事です。決めるのはリュウジィ様の仕事です」
リュウジィは笑った。
「わかりました。考えておきます」
ハクは小さく頭を下げると、また箒を持って掃除に戻った。
リュウジィは店の前に立ち、夕暮れに染まる通りを見た。
ジョジョエン、ジャンヌダルク、そして今作っている新しい店。一年前、借金まみれで、空港で改造拳銃で撃たれて、この世界に転生してきた時には想像もしていなかった景色だった。
「商会か」
呟いた言葉が、夕暮れの通りに小さく溶けた。
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