第123話:王都の外れの鍛冶屋
翌日、リュウジィはミライとバッドを連れて王都の外れへ向かった。
大通りを抜けて、路地を二本入った。足元の石畳が変わるとともに、建物が古くなっていくのがわかった。人通りも少なくなっていっていき、喧騒が遠ざかる代わりに、街の寂れた空気が肌寒くまとわりついてくる。
「本当にこの辺りなんですか?」
バッドが不審げに眉をひそめ、周囲を見回しながら言った。
「もう少し先よ」
ミライが先頭を歩いていた。その足取りには迷いがない。
やがて、小さな店が見えてきた。よく見るとドワーフの所で修行した事を証明するマークが彫られている。
だけど看板は色が褪せていて、マークもかすれて、見にくかった。店構えも地味だった。あまりの目立たなさに、普通に歩いたら気づかずに通り過ぎてしまうだろう。
「ここよ」
ミライが扉を開けた。
扉に付いてる、ブロンズベルが鈍い音を立てて鳴った。
中から、鉄を叩く重く澄んだ金属音が聞こえた。
店内には数本の剣と、いくつかの鎧が並んでいた。職人のこだわりが静かに息を潜めている。
バッドが小さく息を呑んだ。胸の奥を突かれたような衝撃が、その瞳の輝きに表れている。
「……これ」
バッドは剣の一本に近づいた。手に取らずに、じっと見ていた。指先がわずかに震えているのは、その圧倒的なクオリティへの動揺からだった。
「凄い出来だ」
リュウジィはバッドの顔を見た。
普段軽口を叩くバッドが、珍しく真剣な顔をしていた。その真剣さは、本物の輝きを見据えた者にしか出せないものだった。
「兄貴、これ見てくれよ」
バッドが指したのは、普通のアイアンプレートのブロードソードだった。しかし、よく見ればその柄の部分に細かい彫刻が施されていた。誰に褒められることもなく、ただ技術の粋が注がれた一振り。リュウジィは差し出された剣を手に取った。
驚くほど軽かった。それでいて重心がしっかりしていた。素人目にもわかる出来だった。無骨な外見の裏に隠された、確かな職人のプライドが手に伝わってきた。
奥から女が出てきた。年は三十前後だろうか。短い黒髪が揺れ、腕には過去の激しい鍛造を物語る古い火傷の跡があった。
エプロンで無骨な手を拭きながら、冷ややかな視線をこちらに向ける。
「何の用だ」
愛想のない声が、静かな店内に響いた。
バッドがやや興奮気味で言う。
「一番安いアイアンプレートで、これほどの剣って中々ないよね」
ガキのお前にわかるのか?
女はそんな顔をして、バッドを見た。侮蔑と諦めが入り混じった、尖った視線だった。
「剣を見せてもらってるよ」
「勝手に見ろよ」
リュウジィはもう一度剣を見た。手の中で静かに呼吸をしているかのようなバランスの良さを確かめる。
「ドワーフの元で修行したのか」
女が少し目を細めた。その警戒の色が、かえって核心を突いていることを証明していた。
「なんでわかる」
「入り口マークがあったからさ」
女は黙った。硬く結ばれた唇から、押し殺したような息が漏れる。それからゆっくりと口を開いた。
「褒めてくれるのは、嬉しいけど客がこない。女の作った剣なんか使えるかって、誰も買わないの。農具の売り上げで何とか店を続けてるよ」
女は吐き捨てるよう言った。長年、理不尽な現実によって踏みにじられてきた誇りと痛みが、その言葉の棘となっていた。
ミライが前に出た。真っ直ぐな瞳が、女の傷ついた心を見据える。
「私はミライ。この前この店に来たけど覚えてる?」
女はミライを見た。微かに記憶の糸をたぐり寄せるように。
「覚えてるよ。アーティファクト探してた人だね」
「今日は貴女に相談があって来たの」
女は腕を組んだ。防衛本能がそうさせるように、全身から拒絶のオーラが漂う。
「相談?」
「貴女の技術をわからない、もう馬鹿な男を相手しなくていいんじゃない?女性専用の武具屋を作りたいの。剣も鎧も、女性が好むデザインの、体格や戦い方に合わせた物を。あなたの腕があれば、絶対にいい店ができると思って」
ミライの言葉は、冷え切った部屋に差し込む一筋の光のようだった。女はミライをしばらく見ていた。その真剣な響きに嘘がないか測るように。それから、横に立つリュウジィを見た。
「あんた何者?」
「王都中央でキングオーグの焼き肉屋ジョジョエンと社交場ジャンヌダルクの店主だ」
女の目が少し動いた。名前の持つ重みに、わずかに虚を突かれたようだ。
「……ジョジョエンの肉なら知ってる。一度も食べたことはないけど」
「いくらでも食わせてあげるよ」
リュウジィの真っ直ぐな言葉に、女は鼻を鳴らした。だが、その硬い表情の奥で、凍てついていた何かが音を立てて溶け始めている。それから少し考える顔をした。
「ここまで来た理由はわかった。だが私はあんたらを信用出来る理由がない」
積み上げてきた絶望のぶんだけ、他者を信じることを忘れた瞳だった。しかし、リュウジィはひるまない。
「ここの店は借りてるんだろ?今すぐにでも、持ち主呼びなよ。引き払うって。そのお金全部払うよ。店が出来るまでの間の給料も勿論だすよ」
あまりにも唐突で、しかし絶対的な提案に、女が目を見開いた。息が止まるほどの衝撃が、彼女の理性を揺さぶる。
「……本気なのかい?」
「本気だ」
リュウジィの揺るぎない眼差し。女はしばらくリュウジィを見ていた。それから、ふとバッドに視線を移す。バッドが剣を握る手つきを見ていた。無駄のない、本物の使い手の所作を。
「お前、剣を使えるのか」
「そりゃ使えるよ。人を斬った事もあるし」
バッドは不敵に笑い、剣を構えた。素早く一振りした。風を切る鋭い音がした。空間を引き裂くようなその軌道に、女の表情が少し変わった。ただの軽口の男ではないと、身体が本能で理解したのだ。
「……どうやら本当みたいだね」
バッドは少し誇らしげな顔をした。その横顔には頼もしい光があった。
女はしばらく黙っていた。店内に満ちるのは、重苦しい沈黙ではなく、未来へと踏み出す直前の静寂だった。それから小さく息を吐いた。長年まとっていた鎧を脱ぎ捨てるように。
「あんた等の名前は」
「リュウジィだ」
「ミライよ」
「バッドだよ」
女は腕を組んだまま、しばらく三人を見ていた。その胸の内で、新たな決意の炎が小さく、しかし確かに灯り始めていた。
「私の名前はグラニータ」
グラニータはそれだけ言って、店の奥を見た。暗がりへと続くその視線の先には、新しい明日が待っていた。
「あんた達の話を詳しく聞かせて」
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