第121話:新たな影
「クソッ! ふざけんなよ!」
薄暗い部屋の奥で、大きめの水晶を覗き込んでいた異形の男が、苛立ちを隠そうともせず喚き散らした。
男は金髪で、額から上に向かって太い角が生えていた。肌の色は黒に近い褐色。斜めに尖った耳、首から頬にかけて複雑な模様が施されたタトゥー。男は激しい怒りに全身を震わせ、握り締めた拳にも力がこもっていた。
「人間ごときゴミがぁ!」
その背後から、くすくすと笑いながら声をかける男がいた。怒りを露わにする男と見た目は同じだが、唯一違うのは髪の毛の色が赤であることだった。
「今日は一段と機嫌が悪そうだな。バザルグ」
「当たり前だ! 人間ごときに俺の魔導船が沈められたんだぞ。しかもこの前のワイルドオーグを倒した奴が絡んでやがる」
「何? 例のガントレットの男が沈めたのか?」
水晶にちらりと目配せしながら、バザルグが吐き捨てるように言った。
「違う。もう一人の片割れだ」
赤髪の男が水晶を覗き込むと、そこにはリュウジィの姿がはっきりと映っていた。
赤髪の男が少し驚いた顔で呟いた。その視線は、水晶に映るリュウジィから離れなかった。
「こいつ竜の力を纏ってるな。しかも二匹分だ」
「なにぃ!」
バザルグは勢いよく水晶を覗き込み、映し出された姿を確かめた。
赤髪の男が、そこにある動かぬ事実を伝えるように静かに言った。
「見てみろよ。両手の指に嵌めてる指輪と着てる服……そうか。ニーズヘッグの指輪とファフニールか」
「はぁ? ファフニールって、あの1500人の命を奪った、あれか? 鎧じゃないのか?」
「ファフニールは主と認めた者の好みの形になるからな。しかもニーズヘッグの指輪も嵌めて何ともないとは。二匹の竜のアーティファクトを同時に使いこなすなんて、普通は不可能だぞ。しかも人間がな」
赤髪の男は片方の口角をわずかに上げ、冷ややかな笑みを浮かべた。それは、思いがけず新しい楽しみを見つけた者の顔だった。
「これは我々にとって脅威かもな。調査の名目なら誰からも文句も言われんだろ。こいつらに直接会ってみるか」
「はあ?」
バザルグが不満げな声を上げた。
「俺は魔王様直属の五人の一人だ。しかも人間に擬態できる。協定を結んでいる以上、理由なく手は出せないが……理由があれば別の話だけどな」
「この二人を殺してこいよ。ルシエル」
「そう簡単にはいかないよ。残りの四人を敵に回してまで死にたくないからな」
ルシエルは水晶の中のリュウジィをもう一度見つめてから、静かに立ち上がった。
「でも、面白くなってきた」
サウザンアイランドから無事に戻って、一ヶ月が過ぎた。
俺はジョジョエンとジャンヌダルクを行ったり来たりする毎日を送っていた。店を行き来する生活にも、すっかり慣れてきた頃だった。
そんな日々の中で、一つだけ気になることがあった。どうにも気になっていたのは、ミライの行動だった。
ミライが一日置きに、昼間の二時間ほど家を空けるようになっていたことだ。
さすがに、何処に行っていたんだ、何をしているんだ、なんて束縛するような年齢でもない。
(異世界年齢20歳なんだが、俺は)
まあ好きにさせようと思っていた。
外に買い物に出かけ、用事を済ませて家に帰ってくると、ミライが待っていたかのようにすぐ声をかけてきた。
「ねえリュウジィ見て見て」
ミライは金属製の何かを両手の人差し指に嵌め、クルクルと回しながら嬉しそうな顔をしていた。まるで新しい玩具を手に入れた子供のようなはしゃぎようだった。
よく見ると、それは現世で見たメリケンサックに似た形をしていた。
「なにそれ」
「アーティファクト。エンペラーナックル。パンチ力が上がるんだって。王都中の武具屋さんを駆け回って、やっと手に入れたの」
「どうしてそんなの買ったんだ」
「今タツヨさんにボクシング習ってるの」
ミライはそう言うと、屈託のない笑みを浮かべた。その表情からは、やる気が十分に伝わってきた。
「なんでぇ?」
「貴方が遭難して三ヶ月間いなかったでしょ?その時思ったの。待つ女は止めようって。だからこれからは着いて行くからね。私もウロボロスね」
一瞬だけ呆気に取られ、俺はミライを見つめた。まさか、そんなことを考えていたとは思わなかった。
「怒ってる?」
「別に怒ってないよ。止めろと言っても、どうせ止めないだろ」
「よく御存知で。でもタツヨさんに才能あるって言われたよ」
(あの野郎。調子いいことばかり言いやがって)
「暫くダンジョンに行ったり依頼を受けるつもりはないけど、それなりの実力がなかったら連れて行かない。これは約束だからね。いいね」
「約束する。でも私すぐ強くなっちゃうからね」
「そうしてくれ。自分の大切な人間を危険な目に合わせたくないから」
そう言うと、ミライは俺の首に両手を回して、ニコニコ顔で俺の顔を覗き込みながら言った。
「まだお店の開店まで時間いっぱいあるよね」
俺は答える代わりに、ミライの頭にそっと手を乗せた。言葉にしなくても、今の俺の気持ちは伝わるだろう。
外では王都の喧騒が続いていた。だが、その賑やかな声も、今のこの部屋にいる二人には何の関係もなかった。
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