第120話:決着
金色の目が動いた。
人型の黒い塊が、音もなく滑るように迫ってきた。形が定まっていない身体が、波のように揺らめいた。
ボスであろう化け物が、ダガーのように長く鋭い爪で薙いできた。
瞬間的に内功盤根の円の動きでいなした。
(これは……)
今までリュウジィは相手の攻撃を避ける、または手技で弾き落としていたが、この内功盤根の動きは、相手の攻撃を自然に滑らせていなし、さらに相手の体勢とバランスを大きく崩している。
(いつでも撃てる、カウンターも取れる!)
リュウジィ自身が、その圧倒的な効果に驚く。
次から次へと飛んで来る激しい攻撃を、すべて円を描くような滑らかな動きでいなしていく。
その洗練された姿は、まるで静けさの中で美しい舞を踊っているようだった。
周りの雑魚を倒しながら、それを見ていたタツヨが驚愕して叫ぶ。
「なんだそりゃ!」
その人間離れした捌きを前に、ボスにもはっきりと焦りが見え始めた。
(行くぜ!)
リュウジィは限界まで内功を高めた。ニーズヘッグリングが指の上で熱を持ち、それに応じるようにファフニールが激しく共鳴した。
襲いかかる攻撃を完璧にいなした、その瞬間。
「劈拳」
パシイィィィィーンッ!
リュウジィの掌が、化け物の巨躯を鋭く撃ち抜く。
撃ったその瞬間に、足先から手先へと力が一直線にどこまでも抜けていく感覚があった。
「これかぁ! これが純正の発勁か」
ボスは凄まじい衝撃で吹き飛ばされたが、海には落ちずに何とか踏み止まって立っている。
口から血液であろうヘドロ状のどろりとした液体を吐いて、苦しんでいるのがはっきりとわかる。
リュウジィは確かな足取りで、ゆっくりボスに向かって歩く。
歩を進めながら、ファフニールの輝きが漆黒から禍々しくも美しい真紅へと変化していく。
「もう終わりにしよう」
脳裏に老師の声が聞こえた。倒そうと思うな。ただ当てる、そう思え。
「ガァーッァァァ」
ボスが最後の叫び声を上げながら、狂わんばかりにリュウジィに襲いかかる。
その決死の攻撃を冷徹に円の動きでいなし、完全にバランスを崩したボスの無防備な体に発勁する。
「崩拳」
グワッシャァァァッ!
ゴォッと炎を纏った拳が、ボスの腹を容赦なく貫く。
クレーターのような巨大な穴があき、上半身と下半身を完全に分断する。
分断された肉体が別々の方向に吹き飛び、そのまま荒立つ海へと沈んだ。
「やっぱりお前は凄えな」
振り向くと、周りの雑魚を既に倒し終えて、腕を組んでいるタツヨがそこにいた。
「いつかアズマリアの借りを返そうと思ってたけど、やめとくわ」
タツヨはニヤリと不敵に笑いながら言った。
その瞬間、幽霊船がギギギと不気味に軋んだ。マストが大きく折れた。甲板がガラガラと崩れ始めた。
「タツヨ!」
「もう終わった! 行くぞ!」
二人は死力を尽くした幽霊船の舷側から、迷わず海へ飛んだ。
ドポンと着水した瞬間、背後で耳をつんざくような轟音がした。
振り返ると、幽霊船がみるみるうちに崩落していた。黒い霧が海面に広がり、波に飲まれ、完全に消えていった。
ガレムの船が静かに近づいてきた。
タツヨがプハッと水面から顔を上げた。
「派手にやったな」
「終わったからいい」
二人はしっかりと船に引き上げられた。
アミリが必死の様相で叫んだ。
「二人とも無事ですか!」
「取り敢えず生きてる!」
ジャスパーがほっとしたように苦笑いしていた。オリオンが頭をかいていた。ガレムだけが無言で舵を強く握り直した。
リュウジィは幽霊船が消え去った海面をじっと見た。
あのかさばっていた黒い霧の欠片すら残っていなかった。
終わった。
翌朝。
サウザンアイランドの港が遠くに見えてきた。
色とりどりの旗を掲げた多数の船が整然と並んでいた。荷下ろしをする男たちの活気ある声が遠く聞こえた。カモメが優雅に鳴いていた。
リュウジィは甲板に立って、広がる港を見ていた。
タツヨが隣に来た。
「着いたな」
「ここがサウザンアイランドの港か」
ガレムがゆっくりと船を桟橋へ寄せた。太い綱が投げられた。船が滑らかに止まった。
リュウジィはガレムに近づいた。
「ありがとうございました」
ガレムは無言だった。しばらく静かにリュウジィを見ていた。それから小さく深く頷いた。
「見つかって良かった」
それだけ言って、すぐに舵に手を戻した。
リュウジィは深く頭を下げた。
そのまま桟橋に降り立った。
港のにぎやかな喧騒が耳に入ってきた。独特の潮の臭いがした。
その時だった。
「リュウジィ!!」
ミライの声だ。
港に面した宿の方向だった。
ハッと振り返った。
宿の前に二人が立っていた。
一人は黒いジャケットを着た若い男だった。手に剣を持っていた。
もう一人は、やはりミライだった。
二人はこちらへ一直線に走ってきた。
バッドが先だった。
「兄貴ーーーー!!」
バッドが全力でリュウジィに飛びついた。リュウジィはバッドをしっかりと受け止めた。
「兄貴! 良かった、本当に良かった!」
バッドの目が真っ赤だった。声が震えていた。
「悪かったよ」
リュウジィはバッドの背中を優しく叩いた。
バッドがすっと離れた。
ミライが立っていた。
腕を組んで、じっとリュウジィを見ていた。クールな顔だった。いつものミライだった。
二人の目が合った。
その瞬間、ミライのクールな顔が一気に崩れた。
「——っ」
声にならない声を上げて、リュウジィに飛びついた。
リュウジィはミライをしっかりと受け止めた。
「本当に心配したんだから!」
ミライは声を上げて激しく泣きながらしがみついて来た。
俺は強く抱きしめた。
「心配かけて、ごめん。ただいま」
ミライは俺の腕の中で、泣きながらずっと震えていた。やがてその震えが少しずつ治まった。
港の喧騒がそのまま続いていた。カモメが鳴いていた。穏やかな波の音が聞こえた。
タツヨが少し離れたところで腕を組んで立っていた。ジャスパーたちがその後ろで苦笑いしていた。
リュウジィは静かに港を見た。
サウザンアイランドの朝の眩しい光が、海にキラキラと反射していた。
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