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46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


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第116話:島影




ガレムが操る船の旅は、今日で四日目に突入していた。


甲板に足を踏み出せば、視界のすべてが紺碧の海に覆い尽くされている。


空と海の境界さえ曖昧になるほど、水平線は遥か彼方に霞んでいた。

吹き荒れる風が船体を激しく打ち、砕けた波頭が白い飛沫となって舞い散る。


昨日にも増して、海は荒々しい牙を剥いていた。


タツヨは吹きつける塩風を全身に受けながら、船首の先端に立ち、海の彼方を見据えていた。


出港から四日。毎朝、船首の先端に立ったまま、同じ海を見つめ続けてきた。


だが、景色に変化はない。目の前に広がるのは、果てしなく続く水平線だけだった。


少し離れた場所では、ガレムが無言で舵輪を握っていた。

無駄口を一切叩かない男だ。だが、その操船技術には一切の隙がない。


波のうねりを読む目、風を捉えるタイミング、舵輪を操る大きな手つき。そのどれにも微塵の迷いも感じられなかった。


この男に船を任せたのは正解だったと、タツヨは心の中で頷く。


ガレムの操船技術は確かなものだった。荒れ狂う海を前にしても、その手さばきには一切の迷いがなかった。


甲板の中央では、アミリが微動だにせず、索敵魔法《サーチ》を行使していた。

半径百メートル以内に潜むあらゆる異変を捉える魔法だ。


出港した瞬間から、彼女は探知を一度も途切れさせることなく展開し続けている。


それでも、引っかかる反応は皆無だった。


顔には疲労の色が濃く滲んでいる。それでも、弱音の一言すら零さなかった。


そこへ、使い古された水筒を片手に、オリオンがタツヨのもとへ近づいてきた。


「飲みますか」


「いらない」


オリオンはわずかに間を置き、


タツヨと同じように広がる海原へと視線を流した。


そして、それ以上は何も尋ねず、静かに踵を返す。


余計な言葉を挟まない男だった。その沈黙が、今のタツヨにとっては救いだった。


午前が過ぎ、昼に差しかかろうとした頃、ジャスパーがガレムの脇から足早に戻ってきた。


「前方に、島影らしき影を確認したそうです」


タツヨは細めていた目をさらに鋭くし、示された方向へ視線を走らせた。


目を凝らすと、水平線の彼方に黒い染みのようなものがうっすらと浮かんでいた。


大きさは小さい。だが、それは確かにそこに存在していた。


「あそこまで近づけるか」


ジャスパー越しに、タツヨはガレムの背中を見据えた。

ガレムは重々しく口を開く。


「今の潮の満ち引きでは到底無理だ。あの島の周辺海域は潮流が複雑を極めている。この時期は向こうからの潮当たりが強すぎるんだ。強引に突っ込めば、船体が持たずに木端微塵だ」


タツヨはガレムを真っ直ぐに見据えた。


「いつなら、接近できる」


「潮流が反転する時だ。この海域の性質上、二ヶ月から三ヶ月に一度、海流の向きが丸ごと変わる。そのタイミングでなければ、あの島に近づくことすら叶わん」


タツヨの視線が、再び遠くの島影を捉える。


リュウジィが、あの島にいるかもしれない。だが、今のタツヨには手が届かない。


指先が触れそうなほど近くに見えるのに、島はただそこに鎮座していた。


「……どれだけ待つ」


「二ヶ月はかかる」


タツヨは歯を食いしばり、沈黙した。二ヶ月という月日は長すぎる。


だが、待つ以外に選択肢はなかった。


じっと足止めを食らうことなど誰よりも性に合わない。まして、目の前に島が見えているのだ。それでも、怒涛のように押し寄せる海流に逆らうことは物理的に不可能だった。


島影は、ただそこに浮かんでいる。近いようで、絶望的に遠い。


「……一度、身を引くしかないか」


ガレムは静かに顎を引いた。


「サウザンアイランドへ戻って待機し、潮が動き次第すぐに船を出す。それしか道はない」


タツヨはその場を動かず、瞳に島影を焼きつけていた。


目を凝らし、限界まで視線を研ぎ澄ます。かすかに揺らめく煙の気配はないか。何者かの気息を感じ取れないか。


だが、何も判別できなかった。距離が離れすぎていた。


背後から歩み寄ってきたアミリの顔は、曇天のように暗く沈んでいた。



「リュウジィさん、あの島にいる可能性はあると思いますか」


タツヨはすぐには答えなかった。いてほしい。いてくれなければ困る。


だが、そうであってほしいという願いに、確かな根拠があるわけではなく、ただの願望にすぎなかった。


そもそも、あの島にリュウジィがいるという確証はどこにもなかった。


地図に載らない孤島は、この海域にいくつも点在していると老水夫は言っていた。


あの島がその一つなのか、そしてリュウジィがそこに流れ着いたのか、今のタツヨには確かめる術がなかった。


「……わからない」


偽りのない本音を口にする。


アミリは潤んだ目を島影へ向けた。その眼差しは、痛々しいほど赤く染まっていた。


「きっと、見つかりますよね」


タツヨはアミリの顔を見つめた。泣き出すのを必死にこらえている表情だった。


あの夜、海へと呑み込まれていったリュウジィの後ろ姿を見送った時と、同じ眼差しだった。


「必ず、見つけ出す」


迷いのない断言だった。空疎な願いではない。己自身に課した絶対の決意を、タツヨははっきりと言葉にした。


アミリは小さく、それでも力強く首肯した。それ以上、言葉を交わす者はいなかった。


ガレムが無言で舵輪を大きく切り直す。


船体が重々しい水音を立て、ゆっくりと向きを変えた。


目指すべき島影が、少しずつ視界の隅へと遠ざかっていく。


タツヨは船がどれほど進もうとも、その島影から片時も目を離さなかった。


お前がどこかで生きているのなら、俺が必ず見つけ出す。


潮の向きが変わったその瞬間、一番乗りで辿り着いてやる。


二ヶ月だろうと耐えてみせる。どんな障壁があろうとも、必ず待ってやる。


船は目的地であるサウザンアイランドへ向けて進んでいく。


島影はみるみるうちに小さくなり、やがて水平線の向こうへと溶けるように消え去った。


タツヨは島影が消えた虚空の先を、長い間見つめ続けていた。

周囲には、打ちつける波の音だけが響き渡っていた。





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