第116話:島影
ガレムの船は四日目に入っていた。
甲板に出ると、どこまでも海が続いていた。空と海の境目が曖昧になるほど、水平線が遠かった。風が強く、波が白く泡立っていた。昨日より海が荒れていた。
タツヨは船首に立って海を見ていた。
出発してから四日。毎朝同じ場所に立って、同じ海を見ていた。
景色は変わらなかった。水平線だけがあった。
ガレムは無言で舵を握っていた。しゃべらない男だった。だが船の扱いは確かだった。波の読み方、風の使い方、ガレムの手つきには迷いがなかった。この男に任せて正解だったとタツヨは思った。金で動く男だが、仕事は本物だった。
アミリが甲板の中央に立ってサーチを展開していた。百メートル以内に何か接近するものがあれば反応する魔法だった。出発してからずっとそれを続けていた。何も引っかからなかった。アミリの顔に疲労が滲んでいたが、一度も音を上げなかった。
オリオンが水筒を持ってタツヨの隣に来た。
「飲みますか」
「いい」
オリオンは少し間を置いてから、海を見た。それから何も言わずに戻っていった。余計なことを言わない男だった。タツヨはそれが助かった。
午前中、ジャスパーがガレムのそばから戻ってきた。
「前方に島影が見えると言っています」
タツヨは目を細めた。確かに、水平線の先にうっすらと黒い塊が見えた。小さかった。だが確かにそこにあった。
「近づけるか」
ジャスパーはガレムを見た。ガレムが口を開いた。
「今の潮の流れでは無理だ。あの島の周辺は流れが複雑でな。今の時期は向かい潮が強すぎる。無理に進めば船が持たない」
タツヨはガレムを見た。
「いつなら近づける」
「潮の流れが変わる時だ。この海域は二ヶ月から三ヶ月に一度、流れが変わる。その時でなければあの島には近づけない」
タツヨは島影を見た。
あそこにいるかもしれない。だが近づけない。手が届きそうで届かない距離に、島はただそこにあった。
「今から何日後だ」
「二ヶ月は先だ」
タツヨは黙った。
二ヶ月。長い。だが待つしかない。じっとしていることがタツヨには一番堪えたが、海流に逆らうことは出来なかった。
島影はただそこにあった。近いようで、遠かった。
「……一度戻るしかないか」
ガレムは頷いた。
「サウザンアイランドで待って、潮が変わったらすぐ出る。それしかない」
タツヨはしばらく島影を見ていた。
目を凝らした。何か動くものがないか。煙が上がっていないか。何かの気配がないか。
何もわからなかった。遠すぎた。
アミリが隣に来た。顔が曇っていた。
「リュウジィさん、あの島にいると思いますか」
タツヨは答えなかった。
いると思う。いてくれ。だがそれは願いであって、確信じゃない。あの島かどうかもわからない。地図にない島はいくつかあると老人は言っていた。
「……わからない」
正直に答えた。
アミリは島影を見た。目が赤かった。
「見つかりますよね」
タツヨはアミリを見た。泣くのを堪えている顔だった。あの夜、海に落ちたリュウジィを見ていた目と同じ顔だった。
「必ず見つける」
断言した。願いじゃなく、決意として言った。
アミリは小さく頷いた。それ以上何も言わなかった。
ガレムが舵を切った。船がゆっくりと向きを変えた。
島影が視界の端に移動していった。
タツヨは最後まで島影から目を離さなかった。
お前がそこにいるなら、必ず迎えに来る。潮が変わったら、真っ先に行く。二ヶ月待つ。何があっても待つ。
船がサウザンアイランドへ向けて進んでいった。
島影は少しずつ小さくなって、やがて水平線の向こうへ消えた。
タツヨは消えた場所をしばらく見ていた。
波の音だけが続いていた。




