表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

117/117

第117話:老師の餞別


白木の棒の稽古を始めて、どれくらい経っただろう。


正確な日数はわからなかった。時計もなく、カレンダーもなく、ただ朝が来て夜が来るだけだった。だが手のひらの豆が潰れて、また固くなって、また潰れるのを繰り返しているうちに、確実に何かが変わっていた。


最初は三十回で限界だった。

今は百回、止まらずに突けるようになっていた。


「だいぶ身体で覚えてきたの」

老師がそう言ったのは三日前だった。褒めない老師がそう言った。それだけで十分だった。

突き切った瞬間に力を抜く感覚が、少しずつわかってきていた。波が岸に当たって砕けるように。


老師の言葉が身体に染み込んでくる感覚があった。


内功盤根の套路も毎日繰り返した。円の動きは最初、形意拳の直線的な動きと全く噛み合わなかった。だが繰り返すうちに、剛と柔が少しずつ溶け合い始めていた。


その日の稽古が終わった後、老師が浜辺に出た。

ロンが老師の隣を歩いていた。リュウジィも後を追った。

老師は海を見ていた。


「そろそろじゃな」


「何がですか」


「潮の変わり目じゃ」


老師は水平線を見たまま言った。


「この海域の潮は、二ヶ月から三ヶ月に一度流れが変わる。その時に筏を出せばサウザンアイランドへ向かえる」


リュウジィは海を見た。

確かに、いつもと何かが違う気がした。波の音が微妙に変わっていた。風の方向も、昨日までとは少し違った。


「いつですか」


「三日から四日後じゃろう」


三日から四日。


タツヨの顔が浮かんだ。ミライの顔が浮かんだ。バッドの顔が、カエデの顔が、ハクの顔が浮かんだ。


(いかだ)の具合はどうじゃ」


「先週組み直しました。多分大丈夫です」


「多分では困る。明日もう一度確認しろ」


「はい」


老師はしばらく海を見ていた。それから静かに口を開いた。


「お前はここへ来た時より、だいぶ変わったぞ」


リュウジィは老師を見た。


「そうですか」


「目が変わった。最初は焦りがあった。今はない」


リュウジィは海を見た。

焦りがなくなったわけじゃない。帰りたい気持ちは今も変わらない。だが孤島に流れ着いた最初の夜のような、どうにもならない焦燥感は消えていた。やれることをやる。それだけを考えるようになっていた。


「老師のおかげです」


老師は鼻を鳴らした。


「わしは教えただけじゃ。変わったのはお前自身じゃ」


ロンがリュウジィの手に鼻先を押し当ててきた。リュウジィはロンの頭を撫でた。


「お前はわしの最後の弟子だから餞別でもくれてやろうか」


老師はポケットから小箱を出した。


そして小箱を開けると、シルバーの指輪が二本入っていた。

よく見ると細かい模様が彫られていた。


「これは、何ですか?」


「昔わしが使ってた物じゃ、お前の着てるそれと一緒じゃよ」


「気づいてたんですか?」


「当たり前じゃ。でも鍛錬の時にその力を使わなかったのは、大したもんじゃ。この指輪も竜の力が宿っている。同じ竜だから好転反応もないじゃろ。人さし指につけてみろ」


言われるままに、両手の人さし指にはめてみた。


その瞬間身体全体に電流が走った。頭の中で何かが弾けた。


「キイィィィィィッン」


ファフニールが共鳴している。


そして落ち着いた。


「これは何ですか?」


「ニーズヘッグリング。それつけて発勁すると中々疲れないのと、威力が拳を抜けるんじゃよ。純正の発勁を撃てる」


「こんな凄い物貰ってよろしいのですか?」


「構わんよ。わしはもう使わないからな」


リュウジィは深々と頭を下げた。


三日後には旅立つ。


この島に来て良かった、と素直に思った。遭難したことは災難だった。だがそうでなければ老師に会うことはなかった。内功盤根を教わることもなかった。


人生というのは、どこでどう転がるかわからない。


「明日も稽古はあるぞ」


老師が踵を返した。


「はい」


リュウジィは海を見た。

水平線の向こうにサウザンアイランドがある。タツヨがいる。みんながいる。


「待ってろ。もうすぐ帰る」


波の音が続いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ