第112話:捜索の依頼
夜明け前から、タツヨは港にいた。
昨夜書いた手紙は、朝一番にこの世界の郵便配達業者サガーワに頼んで送り出した。
キングスフォーン行きの便があるのは幸いだった。ミライたちへの手紙と、リブルへの報告書を兼ねた一枚。短く、事実だけを書いた。余計なことは書かなかった。
書けなかった。
何を書いても、今の自分の感情を正しく伝えられる気がしなかった。
リュウジィが海へ落ちた。
アミリを助けるために。
それだけは事実として書いた。
だが、その先にある自分の不安や焦りまで書いてしまえば、ただ余計な心配をさせるだけだ。
だから、書かなかった。
港は朝から動き出していた。荷馬車が行き交い、魚の臭いと潮の臭いが混ざり合っていた。
船が出る。
荷物が運ばれる。
港で働く人々の声が飛び交う。
昨日までなら、どこにでもある朝の港の風景だった。
だが今のタツヨには、そのすべてが遠く感じられた。
タツヨはその雑踏の中を歩きながら、昨日聞き込みを断られた船乗りたちを順番に当たり直した。
一人ずつ話を聞き、同じ質問を繰り返した。
北の海域を知っている者はいないか。
地図にない島について何か知らないか。
リュウジィが流された可能性のある場所について、手掛かりはないか。
返事は変わらなかった。
北の海域は難しい。今の時期は荒れる。地図にない島の場所なんか知らない。
十人聞いて、十人そう言った。
同じ答えを聞くたびに、胸の奥が重くなる。
それでも、聞くしかなかった。
何もしなければ、何も見つからない。
タツヨは港の端の桟橋に座って、海を見た。
朝の海は静かだった。
その静けさが、かえって不気味だった。
リュウジィが飛び込んだのは自分達のせいじゃない。アミリを助けたのはリュウジィ自身の判断だ。あいつがそういう奴だということは、出会った日からわかっていた。
危険だとわかっていても、目の前で誰かが困っていれば手を伸ばす。
そういう奴だった。
だから、あの場でリュウジィがアミリを助けたこと自体は、タツヨにも理解できる。
だがそれでも。
理解できることと、受け入れられることは違った。
頭ではわかっている。
それでも、海へ消えていったリュウジィの姿が、タツヨの頭から離れなかった。
タツヨは立ち上がった。
ここで海を眺めていても、何も変わらない。
手掛かりがないなら、自分で探し続けるしかない。
まだ、探せる場所はある。
話を聞ける相手もいる。
わずかな可能性でも、リュウジィに繋がるものがあるなら、見逃すわけにはいかなかった。
宿に戻ると、ジャスパーたちがいた。
広間の椅子に三人で座っていた。出発の準備が整っている格好だった。だが誰も立ち上がっていなかった。
もう出発するつもりだったのだろう。
それでも、ここに残っていた。
タツヨを見て、ジャスパーが立ち上がった。
「何してんだ?」
「……待ってました」
ジャスパーの顔に迷いがあった。
隣でアミリが俯いていた。目が腫れていた。昨夜泣いていたのがわかった。
その顔を見れば、昨夜のことを聞く必要もなかった。
オリオンが小さく咳払いをした。
「俺たちも、残ってリュウジィさんを探しますよ」
タツヨはオリオンを見た。
「お前らには関係ない話だ」
「関係あります」
アミリが顔を上げた。声が少し震えていた。
「リュウジィさんが海に落ちたのは、私を助けようとしたからです。それは……関係ない話じゃないです」
タツヨはアミリを見た。
しばらく黙っていた。
その言葉を否定することはできなかった。
リュウジィが海に落ちた原因にアミリがいる。
だが、それを理由にアミリまで責任を負わせるつもりもなかった。
タツヨは三人を見た。
「お前らCランクだろ。このまま残ったら依頼も受けられない。金が尽きる」
「それは——」
「だから依頼として雇う」
ジャスパーが目を上げた。
タツヨは胸元からアイテムボックスを取り出した。現世で言うなら御守りを一回り大きくしたようなサイズだった。
この世界の貨幣ゴルドを取り出そうとした瞬間、アイテムボックスの口がガバッと開いた。
タツヨはそこからゴルドを取り出し、テーブルの上に置いた。
「リュウジィを見つけるまで、リュウジィの捜索に付き合え。報酬はCランクの相場の三倍出す。前払いで半分」
ゴルドがテーブルの上で鈍く光った。
三人が顔を見合わせた。
ジャスパーはタツヨを見た。それからゴルドを見た。それからもう一度タツヨを見た。
「……依頼書は」
タツヨはジャスパーを見た。
「ふろむ・えーを通したら、お前等の取り分が減るだろ?俺からの個人依頼でいい」
ジャスパーはタツヨを見た。それからゴルドを見た。それからもう一度タツヨを見た。
「——了解しました」
深く頷いた。
アミリが小さく息を吐いた。泣くのを堪えているような顔だった。
「ありがとうございます」と小さく言った。
タツヨは答えなかった。
窓の外の海を見た。
今は礼を言われることよりも、リュウジィを見つけることのほうが大事だった。
「オリオン、今日から港の酒場を全部回れ。北の海域を知ってる船乗りを探せ。金は出す」
オリオンは頷いた。
「アミリ、船に乗ったらサーチを頼む」
「はい」
「ジャスパーは俺と来い」
タツヨは立ち上がった。
オリオンには港の酒場を回ってもらう。
アミリには船に乗った後のサーチを任せる。
そして、自分はジャスパーと一緒に、昨日声をかけた元船乗りの老人のところへ向かう。
それぞれができることをやればいい。
今は、一つでも多くの手掛かりを集めるしかなかった。
昨日声をかけた元船乗りの老人は、港の外れの小さな家に住んでいた。
扉を叩くと、しばらくしてから老人が顔を出した。しわだらけの顔だったが、目だけが鋭かった。
タツヨを見て、老人は小さく頷いた。
「やはり来たか」
老人は二人を中へ招き入れた。狭い部屋だった。テーブルの上に古びた海図が広げてあった。
「心当たりに声をかけた。一人だけ、首を縦に振った奴がいる」
タツヨは老人を見た。
「どんな奴だ」
「偏屈な男でな。普段は仕事を受けない。だが北の海域なら誰よりも知っている。昔、あの辺りで長く漁をしていた」
老人は少し間を置いた。
「金を積めば動くかもしれん。ただし、気に入らない相手とは乗らないと言っとった」
北の海域を知っている船乗りが見つかった。
タツヨは、それだけでも大きな手掛かりになると思った。
「会わせてくれ」
老人はタツヨをしばらく見た。
「明日の夕方ぐらい、この港の突き当たりの酒場にいる。自分で話をつけろ」
タツヨは深く頷いた。
「助かった」
老人は首を振った。
「仲間が……見つかるといいな」
それだけ言って、老人は海図に目を落とした。
タツヨとジャスパーの二人は宿を出た。
朝の光が港に差し込んでいた。波の音が続いていた。
港は相変わらず忙しく、人々はそれぞれの仕事に追われている。
荷馬車の車輪が石畳を鳴らし、船から運ばれた荷物が次々と積み替えられていく。
そんな日常の中で、タツヨたちだけが、リュウジィを探すために時間を使っていた。
明日の夕方には、北の海域を知る船乗りと話ができる。
その男が協力してくれるかどうかは、まだわからない。
それでも、昨日まで何も掴めなかった状況から、一歩先へ進める可能性が生まれた。
タツヨはそれだけを頼りに、これからやるべきことを頭の中で整理した。
オリオンたちには、港でさらに情報を集めてもらう。
自分は明日の酒場で、北の海域を知る男と話をつける。
そこから先は、その男が持つ知識次第だった。
リュウジィの居場所は、まだ見つかっていない。
生きているのかどうかさえ、確かなことは何もない。
それでも、探すのをやめる理由にはならなかった。
タツヨは水平線の向こうへ意識を向けた。
そこに何があるのかはわからない。
それでも、ここで諦めるつもりはなかった。
胸の奥に残った不安を押し込めるように、タツヨは拳を強く握った。
「リュウジィ!お前が死ぬわけねえよ」
タツヨは小さく呟いた。
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