第112話:捜索の依頼
夜明け前から、タツヨは港にいた。
昨夜書いた手紙は、朝一番に王宮の使者に頼んで送り出した。
キングスフォーン行きの便があるのは幸いだった。ミライたちへの手紙と、リブルへの報告書を兼ねた一枚。短く、事実だけを書いた。余計なことは書かなかった。
書けなかった。
港は朝から動き出していた。荷馬車が行き交い、魚の臭いと潮の臭いが混じり合っていた。
タツヨはその雑踏の中を歩きながら、昨日聞き込みを断られた船乗りたちを順番に当たり直した。
返事は変わらなかった。
北の海域は難しい。今の時期は荒れる。地図にない島の場所なんか知らない。
十人聞いて、十人そう言った。
タツヨは港の端の桟橋に座って、海を見た。
リュウジィが飛び込んだのは自分達のせいじゃない。アミリを助けたのはリュウジィ自身の判断だ。あいつがそういう奴だということは、出会った日からわかっていた。
だがそれでも。
アミリの名前が頭の中をよぎった。
タツヨは立ち上がった。
宿に戻ると、ジャスパーたちがいた。
広間の椅子に三人で座っていた。荷物を持ったままだった。出発の準備が整っている格好だった。だが誰も立ち上がっていなかった。
タツヨを見て、ジャスパーが立ち上がった。
「残ってたのか」
「……はい」
ジャスパーの顔に迷いがあった。隣でアミリが俯いていた。目が腫れていた。昨夜泣いていたのがわかった。
オリオンが小さく咳払いをした。
「俺たちも、残ります」
タツヨはオリオンを見た。
「お前らには関係ない話だ」
「関係あります」
アミリが顔を上げた。声が少し震えていた。
「リュウジィさんが海に落ちたのは、私を助けようとしたからです。それは……関係ない話じゃないです」
タツヨはアミリを見た。
しばらく黙っていた。
「お前らCランクだろ。このまま残ったら依頼も受けられない。金が尽きる」
「それは——」
「だから依頼として雇う」
ジャスパーが目を上げた。
タツヨは胸元からアイテムボックスを取り出した。現世で言うなら御守りを一回り大きくしたようなサイズだった。
金貨を取り出そうとした瞬間、ガバッと口が開いた。テーブルの上にゴルドを置いた。
「リュウジィを見つけるまで、リュウジィの捜索に付き合え。報酬はCランクの相場の三倍出す。前払いで半分」
ゴルドがテーブルの上で鈍く光った。
三人が顔を見合わせた。
「……依頼書は」とジャスパーが言った。
「ふろむ・えーを通したら、お前等の取り分が減るだろ?俺からの個人依頼でいい」
ジャスパーはタツヨを見た。それからゴルドを見た。それからもう一度タツヨを見た。
「——了解しました」
深く頷いた。
アミリが小さく息を吐いた。泣くのを堪えているような顔だった。
「ありがとうございます」と小さく言った。
タツヨは答えなかった。窓の外の海を見た。
「オリオン、今日から港の酒場を全部回れ。北の海域を知ってる船乗りを探せ。金は出す」
オリオンは頷いた。
「アミリ、船に乗ったらサーチを頼む」
「はい」
「ジャスパーは俺と来い」
タツヨは立ち上がった。
昨日声をかけた元船乗りの老人は、港の外れの小さな家に住んでいた。扉を叩くと、しばらくしてから老人が顔を出した。しわだらけの顔だったが、目だけが鋭かった。
タツヨを見て、老人は小さく頷いた。
「やはり来たか」
老人は二人を中へ招き入れた。狭い部屋だった。テーブルの上に古びた海図が広げてあった。
「心当たりに声をかけた。一人だけ、首を縦に振った奴がいる」
タツヨは老人を見た。
「どんな奴だ」
「偏屈な男でな。普段は仕事を受けない。だが北の海域なら誰よりも知っている。昔、あの辺りで長く漁をしていた」老人は少し間を置いた。「金を積めば動くかもしれん。ただし、気に入らない相手とは乗らないと言っとった」
「会わせてくれ」
老人はタツヨをしばらく見た。
「明日の夕方ぐらい、この港の突き当たりの酒場にいる。自分で話をつけろ」
タツヨは深く頷いた。
「助かった」
老人は首を振った。
「仲間が……見つかるといいな」
それだけ言って、老人は海図に目を落とした。
四人は宿を出た。
朝の光が港に差し込んでいた。波の音が続いていた。
タツヨは海を一度だけ見た。
明日、船頭に会う。それだけが今日わかったことだった。
水平線はただそこにあった。
何も答えなかった。
「リュウジィ!お前が死ぬわけねえよ」
タツヨは小さく呟いた。




