第109話:波の向こうへ
サウザンアイランドの港は賑やかだった。
色とりどりの旗を掲げた船が並び、荷下ろしをする男たちの怒鳴り声と、カモメの鳴き声が混じり合っていた。
エドガー・ハウゼンが埠頭で待っていた王宮の使者と合流し、極秘文書を引き渡した。依頼は完了だった。
イラブーがタツヨに近づいた。
「俺たちは王宮に向かいますよ……来ないんですか」
タツヨは首を振った。
「いい。もう着いたんだから依頼は終わったろ」
イラブーはしばらくタツヨを見ていた。何か言いたそうな顔だった。だが何も言わなかった。深く頭を下げて、リュウキュウの風の面々を連れて歩き出した。ブサが振り返った。ナカが振り返った。チュラが振り返った。全員が無言だった。ハナだけが立ち止まって、小さく頭を下げてからイラブーの後を追った。
ジャスパーが前に出た。顔が曇っていた。
「俺たちも残れればいいんですが——」
「いい」タツヨは短く遮った。
「お前らは関係ない。行け」
ジャスパーはしばらくタツヨを見ていた。それから深く頭を下げた。オリオンとアミリも続いた。アミリの目が赤かった。顔を上げた時、一瞬だけ口を開きかけた。だが何も言えなかった。唇を噛んでジャスパーの後ろについた。
クラウスが無言でタツヨの横を通り過ぎた。立ち止まらなかった。だが一瞬だけ、視線が合った。それだけだった。
一行が去った。
タツヨは港に一人残った。
聞き込みを始めた。
まず埠頭で荷下ろしをしていた男に声をかけた。航海中に仲間が海に落ちた、流された先を探したい、心当たりはないか。男は手を止めてタツヨを見た。
「海に落ちた?どの辺りで」
「サウザンアイランドから南東の海域だ」
男は少し考えてから首を振った。
「わからんな。潮の流れ次第でどこへでも行く。この国が貿易してるゼルドリア大陸のレスタリアって国があるが、距離が長すぎるし、方角も違うから、あそこには流れつく事はないだろ」
それだけ言って作業に戻った。
次は漁師だった。網を手入れしていた中年の男だった。同じことを聞いた。
「南東か。あの辺りは俺たちの漁場じゃないからな。詳しくはわからん」
「北の海域はどうだ。島はあるか」
「地図に載ってないような小島ならいくつかあると聞いたことはある。だが行ったことはない」
タツヨは次を探した。
港の酒場に入った。昼間から酒を飲んでいる老人が三人いた。全員に声をかけた。
一人目は首を振った。
二人目は知らないと言った。
三人目は元船乗りだった。しわだらけの顔で、目だけが鋭かった。
「海に落ちた人間を探してるのか」
老人はタツヨをじっと見た。
「いつの話だ」
「三日前だ」
老人は黙った。それから静かに言った。
「三日経ってたら、生きてるかどうか——」
老人は言葉を続けようとした。
タツヨの目を見て、止まった。
しばらく沈黙があった。
「生きてる」
タツヨは静かに言った。
老人はタツヨの顔を見た。何かを言いかけて、やめた。
「北の海域に地図にない島がいくつかある。流された方向によっては辿り着いてるかもしれん。だが今すぐ探しに行ける船はこの港にはないぞ」
「何故だ」
「船頭がいない。あの辺りの海を知ってる人間が少ない上に、今の時期は海が荒れやすい」
タツヨは黙って老人の顔を見た。
「心当たりの船頭に声をかけてやることはできる。だが時間がかかる」
「頼む」
老人は頷いた。
タツヨは酒場を出た。港の賑やかさが遠く感じた。
十人に声をかけた。十五人に声をかけた。日が傾いてきた。
わかったことは一つだった。
誰も、リュウジィがどこにいるか知らなかった。
宿を取った。
安い部屋だった。窓から港が見えた。夜になっても船の明かりが揺れていた。
タツヨはベッドの端に座って、しばらく動かなかった。
テーブルの上に羊皮紙とインクがあった。宿の主人が置いていったものだった。
タツヨは立ち上がって椅子に座った。
ペンを取った。
紙を見た。
何を書けばいい。
リュウジィが海に落ちた。
探したが見つからない。
生きているかどうかわからない。
そんなことをミライに書けるか。
バッドに書けるか。
カエデに書けるか。
タツヨはペンを置いた。
窓の外の海を見た。
暗い海だった。波の音だけが聞こえた。
リュウジィの声が耳に残っていた。
アミリを投げた瞬間の、あの判断。自分が戻れなくなるとわかっていても迷わなかった。
あいつはそういう奴だ。
タツヨは再びペンを取った。
短く書いた。
リュウジィが海に落ちた。今探している。必ず見つける。それだけ書いた。
書き終えて、タツヨはペンを置いた。
窓の外をもう一度見た。
「待ってろよリュウジィ。必ず見つける」
タツヨは窓から目を離さなかった。
暗い海が、ただそこにあった。




