105話 同じ釜の飯
朝から空は低かった。
雲が厚く、光が薄い。波は昨日より少し高く、船体が規則的にではなく、不規則に揺れた。甲板に出ると、潮風が顔に叩きつけてくる。昨日より冷たかった。
それでも船に閉じ込められているよりはマシだった。
気がつけば各パーティーの人間が甲板に出ていた。狭い船室で過ごすには限界があったのだろう。誰も示し合わせたわけではなかったが、自然と船の前後左右に散らばり、それぞれが身体を動かしていた。
覇道の陣は甲板の後方を占領していた。
Aランクパーティーだけあって、その人数は五人。
リーダーを務める大剣使いのクラウス・バルトハイムを中心に、槍使いのロデン・クラハ、盾戦士のバルガ・シュタイン、魔術士のカルン・フォルグ、大剣使いのドレン・クルツが、それぞれ訓練を続けている。
クラウスが大剣を素振りするたびに空気が唸った。ロデンが長槍を構え、バルガが盾を壁にして二人で組み手をしている。
カルンは少し離れた場所で魔術の準備を行い、ドレンも大剣を手に黙々と身体を動かしていた。
動きに無駄がない。実戦を重ねた人間の動きだった。
リュキュウの風は船の左舷側に固まっていた。イラブーを中心に、ブサが斧を肩に乗せたまま体幹を鍛え、ナカが盾を構えたまま低い姿勢を保ち続けている。チュラが短い剣を抜いて型を繰り返す。
ハナだけが少し離れたところに座り、目を閉じていた。
朝から昼のサーチ当番はアミリだったが、夕方からはハナの番だ。今のうちに体力を温存しているのだろう。
気紛れな旅団は右舷の手すり近くにいた。オリオンが弓を構え、マストの頂点を的に見立てて照準を合わせ続けている。アミリは船室から甲板に出て、目を閉じたまま微動だにしない。
サーチ(探知防衛魔法)を展開しながら、同時に気力を消耗しないようにしているのか。
ジャスパーだけが特にすることもなく、手すりに背を預けて空を眺めていた。
リュウジィは船の中央、マストの脇に立っていた。
目を閉じ、足を肩幅に開いて、ただ立っている。
形意拳の鍛錬。
三体式だった。何もしていないように見えるが、内側では全身の筋肉が静かに連動し、内功が身体の芯を巡っている。波に合わせて重心が微妙に動く。揺れる船の上でも軸がぶれなかった。
「相変わらず地味だな」
タツヨが少し汗ばんだ顔で、横に来て言った。
「お前こそ何してたんだ」
「シャドー。船室狭すぎて肘ぶつけた」
タツヨは軽く拳を回しながら甲板を見渡した。
「みんな真面目だな」
「真面目と言うより暇なんだろ? 何もなければ、ただの船旅だからな」
「俺達が来なくても良かったんじゃないか?」
「俺も内心そう思ってる。Aランクパーティーが二組も来てるしな」
タツヨは少し間を置いてから言った。
「クラウスのやつ、剣の扱い上手いな。雑魚だけどな」
リュウジィは三体式をといて言った。
「お前はアズマリアの闘技場で、三年間も負けたら死ぬ闘いを生き残ったんだ。そんなお前を基準にしたら、大抵は雑魚だよ」
「でも勝ち続けると、死にそうになってもヒーラー(治癒士)代が払えるから死ななくなるんだよ」
握りしめた拳を見つめながら、言った。
「リュウジィは、あいつをどう思う」
「正直気に入らねえ」
「だよな!今度生意気な態度して来たら、圧倒的な力の差を見せつけて、パーティーごと潰す」
クラウスご愁傷様。リュウジィは心の中で思った。
昼を過ぎた頃、船員が塩漬けの黒パンと干し肉を配った。タツヨがそれを一口食べて、黙って残した。リュウジィも同じだった。アイテムボックスの中にキングオーグの干し肉が入っていたことを二人同時に思い出した。
「出せよ」
「出す」
甲板の隅で二人が食べ始めると、ジャスパーが近づいてきた。
「それ……なんですか」
「キングオーグの干し肉だ」
「キングオーグみたいな高級な肉を干し肉にしちゃうんですか?」
ジャスパーの顔が変わった。隣にいたオリオンも振り返った。アミリはサーチの集中を保ちながらも、鼻をわずかにひくつかせた。
「食うか」
「いいんですか」
「いっぱい持って来たよ」
リュウジィが笑顔で言う。
結局ジャスパー、オリオン、アミリの三人も加わった。アミリがサーチを維持したまま、黙って受け取り口に運んだ。一口食べた瞬間、目が少し見開かれた。それだけだったが、それで十分だった。
イラブーがそちらに気づいて歩いてきた。
「なんか旨そうに食べてますけど、配られた干し肉じゃないですよね」
「食うか」
「遠慮なく」
イラブーが一口食べて目を見開く。
「これは……なんですか? 干し肉のレベル超えてますよ」
「キングオーグだ」
「キングオーグ」
イラブーはしばらく噛みながら考えていた。
「キングオーグなんて高級食材どこで手に入れたんですか」
「自分の店から持って来た。」
イラブーはまた少し間を置いた。
「リュウジィさん、お店やってるんですか?」
「王都で有名な焼き肉屋のオーナーだよ。リュウジィは」
タツヨが答えた。
「まだ沢山あるからさ、メンバーも皆で食べようよ」
イラブーがメンバーを呼んで来てリュウジィとタツヨの周りに集まり、それぞれ自己紹介した。
リュウキュウの風のメンバーは、
斧使いブサ・カジマ
盾使いナカ・シーサー
剣使いチュラ・ハエ
魔術士(女)ハナ・シルファ
そしてリーダーのイラブー・ラプティの5人。
皆で干し肉を食べる。
初日にタツヨにぶっ飛ばされた、ブサ・カジマはさすがに、ばつが悪そうだったが、それでも肉を食べると、あまりの美味さに驚き、皆で盛り上がった。
同じ釜の飯を食うって、こういう事なんだとリュウジィは思った。
覇道の陣はこちらには近づかなかった。クラウスが一度だけ視線を向けたが、すぐに前を向いた。
素直に俺も食べたいって言えばいいのに、こいつコミュ症なんだと、心の中で思った。
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