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9話-B 取引

「で?どう弁明をするのか聞こうじゃないか、"資料員"」


  木場は脚を組みながら陰気な顔で問いかけた。

 真川の一件は増田が引き受けたお陰もあってか、説教を喰らわずに済んだ。それでも、今日の事は金林に名前が割れているせいもあり、すぐにバレてしまった。


「どうもこうもありませんが別に。仕事をしただけですが?」

「俺が"事務作業以外の仕事をするな"って言ったのを忘れたのか?お前らは」

「存じていますよ?」

「なら何故勝手に外をウロチョロして捜査をした!お前らは言葉の意味すら理解できないのか!」


 轟く声を響かせ、木場は怒鳴りつける。

 相変わらずよくもこんな怒れるものだ


「失礼ですが木場警部、私達は事務作業の一環として今回の調査を行っただけで…」

「いつ口を開けと言った加瀬森!」

「いえ、弁明を聞きたいと先ほど仰られていたので説明しようかと…」

「黙れ!お前の言葉狩りと屁理屈など聞きたくないわ!」


 木場は立ち上がりながら、吠える様に話すと勢いよくボールペンを机に叩きつけた。


「で?どんな処遇なんですか?」


 若干息が上がり気味の木場におちょくる様に訊く。


「…今週の31日まで2人共々停職処分だ。懲戒じゃないだけ感謝しろ。…そして不満があるなら、上に言え」


 その応酬はどうやら停職だった様だ。


「不満ならあります。私達は事件を解決しました」

「ああ、そうみたいだな。おかげで今日の午後の会議で確認する資料は、昼食の時間を削って今総務がやってくれている」

「それでも解決はしたじゃないですか。警察の業務の1つを私達は行っただけで…」

「お前らの業務は書類の作成、過去の資料の保存、及び処理!何度も言わせるな!三課にいようがいまいが、変わらん!」


 こういう正論を叩きつけてくる奴と会話をした所で、こちらの失態が掘り返されていくだけだ。


「あーそうでしたね、では失礼させて頂きます」


 ならば、早い所切り上げるべきだろう。


「先輩、私達は…」

「いや、いいんだよ。今は懲戒処分にならなかっただけお前も頭下げとけ」

「ですが…」


 加瀬森は納得がいかないようだ。

 だが、今回は木場に軍牌が上がるだろう。

 上司の命令から背く、というのは紛れもない規則違反であり、職務放棄でもあるのだから弁明の余地も無い。

そもそも『弁明をしろ』というのは大概死刑判決を受ける前の、"主文後回し"の様なものだ。


どれだけ俺らの行動に正当性があろうと無かろうと関係は無い。木場ははなから許す気など無いのだ。

 だからこそ、こんなカスと話しても時間の無駄なので、潔く敗北を認めて帰った方がいい、という算段だ。


「お前らみたいな奴らがなぁ出しゃばるとこっちの業務も詰まるんだよ。部を弁えろ」

「へいへい」

「…高々1つや2つ事件に協力しただけで調子乗りやがって、窓際共が…」


 そうボヤきながら木場は睨みつける。

 心底嫌な奴だ。


 このムカつく顔を見ているとコイツの人間関係が大丈夫か心配になる。無論、言うまでもなく余計な心配だが。

 自分の嫌悪フィルターが掛かっていない状態で見る木場がどんな風に見えるのか、今一度見てみたいものだ。


「木場警部、今の言葉は訂正して下さい」


 突如、横で加瀬森が異議を申し立てた。


「何をだ?え?言ってみろボンクラが」

「私達は"資料員"ではあるかもしれませんが、窓際共ではありません。それだと歴代の資料員への侮辱発言です」


 …そっちかよ。

 てっきり「私達を侮辱するのは辞めてください」とでも言うかと思ったのに。


「仮に歴代の奴らが優秀かどうかは知らんが、お前らが窓際レベルだと言うことに変わりはらないだろ」


 鼻で笑う様に木場は言う。


「分かったらとっとと失せろ、この役立たず共が」

「それは少し聞き捨てならんな?」


 背後から聞き覚えのある声が聞こえた。あまり聞きたくない様な声が。

 だが、俺以外の2人にとってはまさに鶴の一声といった感じであった。



「資料員、窓際、ボンクラ。だが役立たず、とまではいかないと思うんだが木場警部?」


 後ろの扉にもたれかかりなから、御神が腕を組みながら此方を眺望する様に見ていた。よく見るとその傍には気遣わしげな様子の泉もいる。


「三上…さん?」

「三上一課長…どうしてここに?」

「捜査三課にお前達を派遣させたのは、自分だからな。送るだけ送って後は知らんぷり、だなんて無責任過ぎるだろ?」


 革靴の音を響かせながら三上は部屋に入り、椅子に座る。重役登場、と言った所だろうか。


「…何しに来たんだよ」

「お前たちの処遇を伝えにきた」

「処遇なら既に、自分がお伝えいたしましたので…三上さんが言う必要は…」

「それは上層と人事が一方的に決めた停職のことか?」

「いや……それは…」


 そう言われ、木場はに縮こまってしまった。


「陳腐化した社会の禊みたいな罰によって、真に能がある鷹を潰されてしまっては溜まったものじゃない。今や実力主義の時代に日本は移り変わっている。ならば、成果で決めればいいものを…そう思わないか?」

「そう思います」


 加瀬森が三上の大層な演説に賛同する。


「そこで、だ。お前達2人を仮ながら今日から一課へと任命する事が決まった」


「「は?」」

「え?」


 その場にいる三上を除き、全員が驚嘆の声を出した。


「…あの、三上さん。それは…」

「真に能力があるかどうかを推し量るには、それなりに良い環境が必要だろう?」

「いや…そうですが…何も一課なんかに送らなくても…」

「少なくとも、私には大切な部下を罵倒や叱責をする上司がいる場所に置いておくのは勿体無いと思うんだが」

「……いや…ですが…」


 木場は完全に萎縮したかと思ったが、存外そうではなかった。この場で言い返そうというメンタルには感銘する。


「いくら三上さんと言えど、いきなりそんな別の課へ独断でなんて…そりゃ他の人ならまだ許容できますが…異例中の異例ですよ!人事も黙ってないですし─」

「人事になら既に話は通した。何かしらの報告があれば私の元に行く」

「いや…!それでも実績もキャリアも無しの人間が」


 そこまで木場が言ったところで鈍い音が部屋に響いた。


「実績が無いとはよく言えたものだな」


三上が机に拳を乗せながら唸る様に言った。


「はっきり言って、課の雰囲気全体の下がる指揮の取り方をしている様な人間は上に相応しくない、と言っておこうか?」

「そんな…私は…」

「今回の人事異動は特例だ。まず反論をするならせめてその横暴な態度を治してから出直した方がいいと私は思うのだが」

「……えと…」


 木場は完全に萎縮した。雷に怯える小動物の様だ。


「さて、という訳なので話は終わりだ。全員勤務に戻ること」


 各々が事態を把握しきれぬ中、三上は強引に幕引きをして部屋から出ていった。






「…どういうつもりだ」


 何事も無かったかの様に去っていく三上を捕まえて問いただす。


「どうもこうも無い。ただお前たちが三課から一課に行くというだけだ。裏を勘繰る様な無駄な詮索は労力の無駄だぞ?」

「嘘つけ。お前に裏が無かった事が一度でもあったか?」


 三上は少し黙ると顎に手を当てて上目遣いになった。取り返しのつかない事が起きる前に、コイツから何としてでも考えている底巧を聞き出さなければ。


「…あったろ」

「ねぇよ」

「じゃ少なくとも今回はあるぞ。よかったな」

「おい、三上!」


 そのまま去ろうとする三上の肩を掴む。


「…うるっさい。お前まで騒がれちゃこの課は終わりだろ。ただでさえ手が回ってないんだから」

「なら真意を言え。どう考えてもおかしいだろ、浅野まで引っ捕まえて一課に誘致するなんて。このまま地蔵背負いされたくなければ正直に話せ」

「じゃあまずこの手をどうにかしてからにしてくれ…」


 俺が手を退かすと三上はため息を吐き、襟を整えてネクタイを締め上げた。


「あー…一課っていうのはそこまで融通が効く訳じゃない。殺人事件が仮に起きても、そう他殺と断定が出来るまで中々動けねぇんだ」

「そりゃそんなもんだろ。俺がいた頃も窮屈だったし」

「そういう事件ばっかじゃないんだよ世の中は。昔の自由奔放だったお前が羨ましいったらありゃしない」


 頭を掻きながら三上は話す。


「で、それと俺らが一課に任命された理由は?」

「俺はさっき、お前らを"仮ながら"って言った。要するに今のお前らは、"名目上は資料員だが一課でもあるハーフ"みたいな感じだ」

「…それで?」

「いちいちキレるなよ…で、お前らには他殺とすぐに断定出来ない、或いは一課が動くのに時間がかかりそうなモノを捜査して欲しいって事だ。停職の免除の代わりにな」


「つまり、都合良くポンポンどっかに送れる人材が欲しかった…って事か?」


 そう言うと三上はあからさまにバツが悪そうな顔をした。


「お前らの勤務の成績次第では本当に一課に任命してやれるし、殺人と断定出来たらその後の捜査の権限はお前らが握る事になるんだ…そう考えれば別に悪い事じゃないだろ?」

「まぁ、確かにな」

「それに今回はこの前の三課みたいに上層が規定に従った異動じゃなくて、俺独断のヘッドハンティングみたいなもんだから融通も効く」



 確かに此奴にこき使われるのが癪だが、条件としては悪くない。処分までも覚悟していたが、ここまで好条件なら目を瞑ってもいい。


 選り好みし過ぎた結果行き着く果てがクビなど、笑い話にも昇華できなくなってしまう。


 それにいざ何かあれば、コイツに全て罪を擦り付けて逃げる事も出来る。



「…確かにそうだな。悪いことじゃない」

「だろ?今一課は、改革派の殺人事件の跡を辿っているのもあってカツカツなんだよ…だから助けると思って協力してくれ…」


「たが1つだけこっちからも条件がある」

「…なんだよ」


 三上は怪訝な顔をしながら不安げにこちらを見た。


「三課のとこにコーヒーメーカーあったの覚えてるか?」

「あ、ああ。それがどうかしたのか?」

「それ、資料室に送るなら手伝ってやるよ」


交渉はあっさり成立した。

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