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8話-B 秘匿捜査(2)

10/16




「おはようございます、先輩」

「…相変わらず早いなお前。そしてなんでお前までいるんだ泉」


 珍しく定時に出勤したが、資料室には既に加瀬森がいた。なんならもう書類処理の仕事をしている。泉は来客用のデスクに腰掛けながら、菓子パンの袋を開けていた。


「いやー志原さん真面目に出勤してくるかなぁ、って彗菜さんと賭けてたんすよ。あ、勿論僕は来る方に」

「早起きは五文の徳、と言いますから。志原さんがサボる可能性は低いと考えてました」

「残り二文は何なんだよ…」


 加瀬森の表情は心なしかいつもより僅かに柔らかく見えた。真川の事件が解決した事により、肩の荷が軽くなったのだろうか。


「よっこいしょ、と」


 椅子に座り、セブンで買った朝食を机に並べる。

 今日のモーニングはシャキシャキレタスサンドとイチゴのミルクレープ、我ながら中々のドラフトではないだろうか。

 パンが潰れぬように包装を丁寧に捲り、サンドイッチを取り出す。新鮮なキャベツが輝いているのが目で楽しむ美味さを引き出たせる。


「あ、志原先輩」


 そんな素晴らしい朝食を丁度口に運ぼうとした瞬間、加瀬森が呼んだ。ため息が出る。


「……木場の事なら後にしてくれよ。あんなの」

「一昨日は本当にお疲れ様でした。本当に助かりました。それと、椅子の方もありがとうございます」


 そう言って一礼した。


「お…おぉそうか… 」


  予想外の謝礼に尻込みした言い方になってしまった。面と向かって礼をはっきり伝えられると、どうにも歯痒い気分になる。


「あれ、もしかして志原さん照れてるんです?」

「うるせぇよ。ていうか泉、お前の座ってるその椅子…」

「あーこれすか?ついさっき事務の浅野さんが持ってきてくれましたよ。座り心地が良くて最高ですよ」

「お前が座ってるのが解せんのだが」


 パンを頬張る泉を他所に、加瀬森は手を動かすのをやめておりジッとこちらを見つめていた。


「先輩ってもしかしてウブですか?」


 そんな様子をどうやら察したのか、奇怪な質問が飛んできた。


「お前まで急に何言い出すんだ?」

「いえ、もしかすると私が想像しているよりも先輩はピュアなのかな、と思いまして」

「んな訳あるか。ピュアならこんな職業選ばねぇよ。ていうか別に好き好んで警察になった訳じゃねぇしな」

「そうでしたか。それは失礼しました。」


 いつものように無機質な言い草に戻り、加瀬森は再び手元のパソコンを打ち始める。


「…まぁ、そういう時期もあった"かも''な

「そうなんですか?!」

「またまたー志原さん素直じゃないなぁ」

「やかましいわ泉」


 折角振ってくれた話題をこっちから棒に振るのは気まずいかと思い話しかけると、あからさまに口調が明るくなった。相変わらず、分かりやすい奴だ。


「なんていうか、事件を解けば解く程人間の穢さが露骨になってくるんだよ。だからって俺が警察始めた頃はピュアだったかって言われるとそうでも無いけど」

「因みになんですが、先輩は本当は何になりたかったんですか?」

「んー……」


 そう言われて改めて考える。


「お前今から予定あるか?」

「いいえ?今日は一日中ここで整理当番です」

「なら、ちょっと付き合ってくれないか?その用事に助力してくれたら教えてやる」

「別に構いませんけど…」

「おっ、志原さんスイッチオンですね?」


 椅子にもたれ掛けながら、目を閉じて脳内を整理する。


「…いや、ちょっとな」








 自動ドアが開き、"戦場"に足を踏み込む。他の客に紛れるなんて狡い真似はしない。

 何故なら私は客だから。ただ、毅然とした態度を取っていればいいのだ。

 平然とする必要すらない。


 店に入ってからまず私がやる事、それはレジの確認。あの百貫デブはレジにいる且つ、レジ打ちが遅いババアもその隣。

 つまり今日のシフトは設定C、1番しやすい日だ。


 さてと、始めますか


 まず、欲しい商品を抱えて運ぶ。籠はたまに使ってもいいが基本的にはやりにくくなるため使わない。

 チョコレートのコーナーへと行き、今日はチョコクランチにでもしよう。これならある程度大きくて、しかも持ちやすい。隠れ蓑としては売ってつけだ。

 次に、棚のエンドに周り手頃な物を探し自分の身体を背にして鞄を下に置き、落とす。店の中にはカメラが4台しかない故にここは死角、入れ食い状態。

 客が少ない日なんかは隠す必要すらないが、念の為だ。


 そして最後に仕上げ。

 デブがいる事を確かめてその奥のレジに向かう。だがその前に、レジ前の棚にあるヤツも貰っておく。稼げる時に稼いでおかなければ勿体無い。

 3番レジが混み始めた辺に漸く私も籠を台に置く。ここから私の腕の見せ所が始まる。

 この店は店員同士が背中合わせになっているので3番レジの店長は絶対に私に気付かない所か、自分自身が死角を生み出している事にすら勘付かない。要するにバカだ。

 あとは簡単、店員がスキャンしてる間に商品の一部をスキャンせずに鞄へと入れていく。もしバレそうになったら予め用意した期限切れのクーポンやらを押し付けて時間を稼げばいい。まぁここの連中の目は節穴だからそれすらも必要ないが。

 そして支払いを済ませて、"買った"商品も鞄に入れて、私の作業は終わる。


 最近では最早生温くなりつつから、もう少し大きな物をやろうか。店側もどうせ、デカい物は盗まないだろう、と踏んでいる筈。なら案外余裕かもしれない。


 店を出るとき、後ろからくたびれた礼が聞こえてきた。恐らくあのデブの声だろう。

 誰に対しての礼なのか、まったく。そんなに盗んで欲しいなら次は大袋の菓子くらいしてやろうかしら?

 そんな事を考えながら店を後にする。


「こんにちは谷原さん」


 目の前にはあのバカ公務員がいた。






「こんにちは、谷原さん」

「こんにちは。えと…どなた?」

「あ、忘れてしまいましたか?13日の午前中に窃盗の件を伺った警察ですが….」


 詳細を伝えても谷原は首を捻るばかりだった。大方予想通りだ。あれだけの無礼を働いたのだから、忘れたくなるのも無理はない。

 仮に小野が俺たちを認知していたとしても今はなるべく関わりたくない筈だ。


「今は買い物の帰りでしたか?」

「ええそうよ。それが何か?」


 谷原は如何にも嫌そうな顔をしながら俺を見た。この際、単刀直入に話したほうが早いだろう。このまま長々と話して有耶無耶にされては面倒だ。


「最近、この店で今万引きが頻繁していると聞きましてね」

「そうなの?ズルい人もいるのね」

「そうなんですよ…それで今この辺で犯人らしき人がいないか捜索をしていましてね」

「へぇアナタ万引きGメンだったの?」


 小馬鹿にする様に谷原は言う。


「まぁ…それに近いですね」

「ふぅん、まぁせいぜい頑張ってね。私ちょっと急いでるから」

「あぁそれでですね、そのバッグの中身を拝見したいのですが」


 足早に帰ろうとした谷原を引き留める。


「…なんで?」

「確認ですよ。念のためです」

「つまり任意聴取って解釈であってるかしら?」

「えぇ。そうです」

「じゃお暇させて頂くわね。別に義務じゃない訳だし」


 水を得た魚の様に得意満面に話す谷原を淡々と肯定する。まぁ帰ろうとするだろう。

 谷原は一度止めた歩みをもう一度進め、その場を去ろうとする。増田が言った様に、確かに今の自分には昔の様に事件を解こうという貪欲さが全く無い。


 では今、俺何故探求をしているのか。


「義務じゃないので確かに自由ですよ」

「そうよねぇ。じゃ犯人探しせいぜい頑張って」


 ただ単純に真実を知りたいだけ。この小骨が引っかかった様な感触を拭い取る為に。

 故にこれは自分のためだ。


「あそこです、金林さん!」


 後ろから加瀬森の声が劈くように聞こえてきた。そのさらに背後を、巨体を揺らしながら金林が追いかける。


「は、は?何?なんなの?」


 小野は何が起きているのか理解していない様だった。それもそうだ。


「この人、さっき万引きしてるの見たんです!」


 加瀬森が叫んだ事により、周りにいた数人の注目が集まる。そしてその数人は徐々に野次馬へと姿を変えていく。


「いや、私してないわよ!」

「絶対してましたって!私見ましたよ!」

「なんなのアンタ!いきなり人を万引き扱いとか有り得な…アナタこの前一緒にいた!」


 谷原はどうやら気付いた様だ。


「どういう教育してんのよこの馬鹿公務員!」

「まぁまぁ奥さん落ち着いて…落ち着いて下さい、ね?」

「落ち着いてられるワケないでしょ!?警察呼んでケイサツ!」


 警察を呼ぶというのは確かに良い判断だ。今、この場に誰かが来ようものなら、半分クビ状態の俺らは引き戻されるだろうから、谷原は急場を凌げるかもしれない。

 先程の谷原自身の金切り声の様によって、野次馬はさらに増えていた。真川の逃走から学んだ事が早速活きた。


「何、何?」

「万引きらしいよー」

「え、万引き出たの?」


 加瀬森が言った言葉は、すっかり周囲に伝播している。

 これで擬似的な包囲網は完成した。


「えー…奥さんその、申し訳ないんですけどー…鞄の方に入っている商品を拝見しても宜しいですかね?」

「ふざけないで頂戴!なんで盗んでもないのに買った商品アンタなんかに見せなきゃいけないのよ!」

「その人盗んでました!私見ましたって!」

「アンタは黙ってなさいよ!」


 金林の要求と加瀬森の追撃に谷原は完全に頭に来たのか、鞄からゴソゴソと何かを探り始め、中から小さな紙切れを1枚取り出した。


「はい!これレシート!皆さん見えますかぁ?レシート!これ買ったんですよわたし!」

「いえ!その人レジに並んで普通の商品も買ってたので、それじゃ意味ないですよ!」


 谷原はレシートを見せびらかして周囲の人間を味方つけようとした。が、加瀬森は間髪入れずに妨害という名の正論を叩きつける。そんな加瀬森を谷原は途轍もない表情で睨んでいた。


「あぁ、大丈夫ですよ谷原さん。すぐに終わるので」

「アンタは警察じゃ無いでしょ!ふざけないでよ!」


 これから警察じゃなくなる可能性があるという点なら確かに正しいな、と心の中で同感する。


「あの、奥さん?ホントに少しでいいので商品の確認してもらっても宜しいでしょうか?」

「いやっ…ちょっとホントになんなの…?私盗んでないわよ…」

「そうですよ、疚しい事が無いのなら引き受ければいいじゃないですか」


 金林に便乗する様に加瀬森は言う。だが、流石に限度を超えてしまったようで小野は、加瀬森に詰め寄り胸ぐらを掴んだ。


「アンタ…ふざけんじゃないわよ…」


 わなわなと怒りに震えながら淡々と言う加瀬森。

 こういう時にこの顔で言われたら確かに手が出てしまうのも分からなくはない。同情はしないが。


「一介の公務員が…市民のプライバシーを踏み躙る気…?明日にでも苦情入れてやるわよ…」

「残念ながら明日には私は警察を解雇されている可能性がありますし、貴方も苦情を入れても相手にされない立場に陥っているかもしれないです」

「何を言って…」

「そーならないためにですね谷原さん、今お持ちの荷物の商品をもう一度確認できないかと…」


 加瀬森の援護をする様に谷原に頼み込む。


「そうだな、たしかに」

「おばさんやって貰えばいいじゃん」


 周りからも援護射撃が来る。大方予想通りだ。

 1人が援護をすれば、皆が加勢してくれる。


「このっ…」


 歯軋りをしている様な顔をしながら、谷原は怒りを堪えていた。彼女も流石に超えてはいけないラインは弁えているようだ。

 ここで手を出せばどうなるかは分かっている。仮に免罪ならば、次火の粉が降りかかるのはこっちだ。そんな事は谷原自身も分かっている。だが、本人は頑なに抵抗する。

 つまり、もう結果は見えているという事だ。


 数秒程して、加瀬森から手が離れ、俯きながら溜め息をした。


「………分かったわよ」



そう言って渋々店内へと入っていった。








「そろそろ教えて下さいよ先輩」


帰りの車の中、加瀬森がしつこく聞いてきた。


「どっちを?」

「どっちもですよ」

「ダメだ。どっちか一方だけならいいぞ」


 ムスッとした顔を俺に向ける。そんな顔されても困るんだが。


「…じゃあ谷原さんの件でお願いします」

「そっちの方か。根っからの刑事人間だなお前は」

「"俺が谷原に話しかけたら、すぐに店長を呼んで万引きだって叫べ"なんて、不思議に思わない人いませんよ?」

「まぁそれもそうか…じゃあ順を追って説明するか。まず、始めに俺が谷原を怪しいと思ったのは最初に出会った時だな」

「最初って、本部に来たとき真川さんを追っている時の事ですか?」

「ああ。アイツは1番初めに"夜は警察に行っても閉まってるから"って言った。でも態々足で行かなくても、110番でも何でも呼べばいい。流石にそれくらいは思い付くだろ?」

「…たしかにそうですね」

「つまり"なんらかの事情により警察を呼べなかった"と俺は考えたんだよ。例えば、盗まれた物が警察にバレちゃ駄目なヤツとかな」


 神妙な顔つきで加瀬森は頷く。


「それにそもそもアイツはなんで自分の家から1時間もかかる本部に来たのか…というのも引っかかった。道中に交番だけならまだしも署があるのに、事件一番最初に来たのは本部。これのおかげで谷原が警察知識が乏しいって印象が付いて、110番しなかった事への裏付けにもなり得る。んで次。監視カメラだ。真川を見ていた時、アイツ上手い具合に監視カメラの死角にいただろ?」

「ええ、いましたね。度々姿が途切れたので追うのが大変でした」

「確かに真川はカメラの死角を分かってるみたいに行動してた。だが、それは尾行する谷原自体が隠れる様に動いていたからだ」

「谷原さんが…?」


 今にして思えば谷原不自然過ぎたのだ。本人は違和感なく行動をしているつもりだとしても、客観的な視点からはボロは見えてくる。それは加瀬森が教えてくれた。


「谷原は入口近くの野菜しか買わないのに、店の奥側から遠回りしてそこに向かったんだよ。奥側は棚で隠れられるからな」

「でも、ちょっと待って下さい」


 加瀬森が俺の論説を中断した。


「どうした」

「別に他の商品を確認する為なら、遠回りくらいするじゃないですか。必ずしも目的の物まで一直線って人だけが、スーパーを使う訳じゃないじゃないですし…」

「いや、谷原は明確に目的があった。それも最初からルートが決まっていたぞ」

「どうしてそれが分かるんですか…?」


 立て続けに疑問が飛んでくる。加瀬森が真川の事件を俺に説明する時もこんな感じだったのだろうか。


「1つ目の理由はアイツは他の商品を持ち上げる事はおろか、見向きもしなかった。ペースこそはやくなかったが、一度も止まらなかった。そんで2つ目。一昨日お前が本部に増田と戻った後な、もう一度あのスーパーに行ったんだ。監視カメラの映像と万引きが起きた日を教えてくれってな」

「あっそこで谷原さんは毎回万引きの時にしか来なかった…とか?」

「合ってるが違う」


 加瀬森の持論を切り捨てる。


「普通に考えてそれだと怪しまれるから、谷原は万引きが起きてない日も来てた。ま、カモフラージュも兼ねてなんだろうけどな。だからこそ、万引きが起きた日の谷原は、毎回決まったルートでスーパー内を行動してた事が浮き彫りになった訳だ」

「なるほど…」

「で、その2つ目だがもう1つ万引きが起きる日に繋がっている事があった」

「と、言いますと?」


 加瀬森が訝しむように首を傾げる。


「事件日は絶対にレジに決まった人間、金林がいたんだ。そして谷原はその金林がいる奥のレジで必ず会計を済ませていた」

「それが…どうかしたんですか?」

「知ってるだろうが、あの店は監視カメラが少ない。だが、流石にレジ辺りには抜かりなく設置されていた。そこで谷原は金林店長を使う事にしたんだ」

「金林店長を使うって…グルって事ですか?」

「あー違う違う、店長の体だよ」

「え…売春?」

「お前ふざけてるだろ」


 溜め息を吐き、懇切丁寧に説明をすることにした。


「スーパーに戻ってから色々調べた後、俺は金林にセルフレジの手前に入ってみて欲しいって頼んだ。あの巨体がどう妨げになるかを調べたかったからな。


 加瀬森が何か閃いた様な顔をした。


「あ…死角…?」

「ああ。その奥側は金林の図体に隠れて監視カメラからはほぼ全く見えなかった」


 190位ありそうな身長と関取みたいな体型なのだ。見えないのもなんら可笑しい事ではない。


「後は店長の身体に隠れされたレジで会計兼万引きを済ませるだけだ。これで、店奥で盗んだ時と、レジで盗む時の映像は記録に残らない。セルフレジは流石に店員の目がある上、余計に怪しまれやすいからな。堂々と人がいる前で犯罪をする事で、印象からバレにくくなるっていうのはあるからな」

「え…という事は谷原さんは店奥と会計で2回やってるって事ですか?」


 驚愕した様な表情をする加瀬森に無言で頷く。


「…そしてこれは予想だが、真川が谷原の鞄を強奪するに踏み込んだのは、恐らく万引きする瞬間を見ちまったからだと思う。真川からすれば犯罪をやってる人間に罪を犯した所で罪悪感も軽いし、向こう側は安易に通報出来ない谷原はこれ以上ない格好の獲物だったんだろ。」

「…もし、谷原さんが万引きをしていなかったら、真川さんはギリギリ罪悪感で踏み止まれたかもしれませんね」

「ま、それは真川次第だからなんとも言えないな。谷原はバレないと思ってたんだろうが、他人の目と積もった違和感の一貫性を消すのには、手が回らなかったみたいだな」


 どれだけ証拠をその場その日で残さなくても、長い目で見れば必ず浮かび上がってくる。      

法則性を自分自身でも知らない間に作ってしまったのが、谷原の唯一の過ちだろう。


 加瀬森は納得をしたのか、それとも助けた人間に裏切られたからかなのか、すっかり沈黙してしまった。

 重苦しい空気が車内に充満する。


「なぁ」


 そんな空気を払い除けようと口を開く。

 正午前の秋の黄金色の陽光が車に差し込み

心地良い日向を遠い空から恵む。


「…はい」


 加瀬森からは想像以上に呆けた空返事が返ってきた。やはりコイツは意外に喜怒哀楽がはっきりしている。


「結局俺は確たる証拠を見つけられなかった」

「…そうですか」

「だけどな、お前の博打みたいな行動を見て、少しはリスクを冒してでも真実を探してみるか、って思ったんだ」

「…そう、ですか」

「お前も一課にいたから分かってる事かもしれんが、真実ってのは大体泥臭くって知らなかった方がいいものばっかなんだよ」

「承知してますよ、それくらい」


 やるせない表情を浮かべながら加瀬森は俯く。

 警察の仕事を暫くしていると、こういう泥沼な事件の末路に飲み込まれかける時がある。         

 自分が折角労力と時間を費やして被害者を助けたとしても、そもそもその被害者は加害者の可能性すらあるのだ。

「犯罪者を救ってしまった」と無自覚の罪に苛まれるのも無理はない。


「まぁ…だから、そんな気にするな」


 そういった罪悪感から後輩を守るのも、自分の役目なのだろう。


「なんか、やっぱり先輩らしくないですね。意外に冷徹じゃないっていうか」


 加瀬森は笑みをこぼしながら話した。


「先導してもらった借りくらいは埋め合わせをしないとな」

「なら、もう片方のほうも教えてくれたら埋め合わせ完了って事にしません?」

「もう片方?…あぁ将来の夢ね、あれは…」


 ふと横を見ると、待ち遠しそうに俺の顔を見る自分の後輩がいた。


「…ギャンブラーとか?」

「先輩ふざけてますよね」

「いや、結構真面目に答えたんだが」

「本当の事教えてくださいよ」

「あーまた今度気が向いたらな」

「今教えてくださいよ」

「あーまた今度」



 いつの日かまでの宿題にしておくとしよう。

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