7話-B 種明かし
「なるほど。で、三課の人たちに見つかるとマズいから僕に直接電話をよこしたと…相変わらず人使い荒いですねぇ志原さんは」
増田は、来て早々やれやれといった具合に溜息をついた。
「…今は孤立無援なんだ。オマエにしか頼めなかったんだよ」
「まぁ事情が事情なんで今回は手伝いましたけど…次から生活安全課をこんな事で呼ばないで下さいよ?」
「生活安全課"は"呼ばないが、"お前"は呼ぶかもな」
「相変わらずめちゃくちゃですよ…にしても、随分と事件解決まで早かったですねぇ。フロアで聞いてましたけど、あの窃盗の女性が来たのって午前中じゃありませんでした?」
増田は車に乗り込む加瀬森を見ながら、感心した様に話す。
思い返せば、確かに逮捕に至るまで異常なまでの速さだった。
「なぁ…なんで犯人がここにいるって分かったんだ?」
増田がパチンコ屋に来るまでの時間、俺は加瀬森にロジックの解説を求めた。
「そうですね…どうせ私達は増田さんが来るまでは何も出来ないので、暇潰しに話しましょうか」
「あぁ、是非とも頼む」
「まず、真川さんの入ってきた方向です。彼はパチンコ屋の方から現れ、帰るときもパチンコ屋の方角に走っていった」
「お前あの8画面全部見てたのか」
「貴重な資料ですから」
「若いっていいもんだよ」
「歳のせいにしないでくださいね。そして次ですが、このスーパーは"現金支払い"の客が多いという点です。恐らくですが…このパチンコ店から人が流れてくるからだと思うんです」
「…ちょっ、ちょっと待ってくれ。なんでそう思うんだ?」
加瀬森の説明についていけない。
これも歳だろうか。
「客層、でしょうか。監視カメラを見ていて思ったのですが、あのスーパーにはやたらと地味な格好な方々が沢山見られたので」
「…いや、そんな事で断定は」
「ええ、それだけではあのスーパーにパチンコ屋から流れてくるのを立証するのは不完全です」
加瀬森は前のめりな口調で俺の疑念を譲歩した。
「先輩、裏方に行くまでにあのスーパーにいた客を見ていて何か思いませんでしたか?」
そう言われ、頭にある判断材料を組み立てて、理由を手中に収めようとした。が、収束する気配は全く無い。
「…すまん、分からねぇな」
「この事務所へ向かうまでの客は煙草の匂いがしたんですよ、先輩の車の様に。すれ違った人の3人に1人程はそういう匂いがしましたよ。」
加瀬森の推測を得て、改めて思い出してみる。
確かに事務所へ向かうまでにスーパーで会った客は、確かに心地よい香りがしていた様な気がした。
俺からしたら吸ってる状態が常なせいで異変とすら思わなかったが。
「事務所での金林さんを呼んだ店員の方が言ってましたが、この店が小銭が足りていないのは、恐らくパチンコ帰りの人が札ばかり使うからでしょう。そして真川さんは、谷原さんの会計をする所を見ていた。そして現金だと分かった上で強盗をした」
「なるほどな。…いやでも待てよ。それだと真川が谷原を襲ったのは、パチンコ屋に行った後ってことにならないか?もう一度戻るなんて普通考えないだろ」
「はい」
加瀬森はあっさりと肯定した。
「だから私は、真川さんが態々あの現金支払いが多い客の所で窃盗をする理由を考えたんです。金が欲しいならそこら辺の人間の金品でも奪って売り捌けば、時間こそかかりますが手に入りますからね。…でも真川さんは"あの時"現金が必要だったんです」
「どういう事だ?」
俺の問いに加瀬森は、ポケットから紙のようなものを取り出して、差し出した。
それは折り畳まれた1つのチラシだった。
開くと、「777祭、高設定&回転数超弩級slotパチスロフィーバー開催!」とドカドカとした赤と金の文字が並んでいる。
「…なんで持ってんだ?」
「現場がこのパチンコ店の近くだったので、一応持ってきました。丁度今日までイベントが開催されているみたいですね」
「…あぁ」
閃いた。というより頭の中でバラバラになった理論に判断材料が足されたことにより、解への道が自然と出来上がった。
「真川は負けたのか」
「ええ、真川さんはパチンコに負けていたんです。それもあと少しで当たりが出るくらいまでに。『もう少し…もう少しだけ資金があれば』…と」
「…その果てに行き着いたのは強盗か」
「はい。イベントは今日で終わってしまいますし、翌日行こうにも自分が打ち込んだ台は全てパーでリセットになってしまいますからね。彼が店内放送で姿を現した時、手のスマホにはカウンターが映ってましたからそれなりに本気なんでしょうね」
「よく見てたな…」
柄が悪い、くらいにしか見てなかった自分の視点が少し恥ずかしくなるほどだ。
「19時から再入店しても閉店までの21時までまだ2時間ある。それまででもいいから打ちたいと真川さんは考えたのでしょう」
淡々と加瀬森はロジックを解き明かしていく。
「仮に真川さんはその2時間で負けようが勝とうが翌日、つまり今日は絶対に来ると私は思ってました。イベントの最終日ですし、負ければ"取り戻さなければ"、と焦り、勝てばその金を使って今日また打てますし。どちらにせよ、強盗までしたんですよ?欲張らなければ勿体無いじゃないですか」
「…ま、確かに犯罪してまでパチンコを打つ奴なら、翌日のイベント最終日なんか絶対に来るわな」
加瀬森は無言で頷く。
「でもやっぱ1つ引っかかるな。あのスーパーに客がパチンコ通いの奴が多いとしても、真川がそういう客とは限らないだろ?」
「はい。恐らくあのスーパーにいる客の中でこのパチンコ店に通っているのは多く見積もっても1/5程度でしょう」
「おい、まさかそんな不完全な予測でここに来たのか?」
「はい」
迷いなく即答された。
「正直なところ先輩が言ったように博打であり、賭けでした。立証するにしても不十分な証拠まみれですし、場合によっては我々は真川さんを見つけたとしても、捕まえられなかった可能性すらあります」
「…結果的に、オマエは賭けに勝ったんだな。真川は最後でしくじったワケだし」
「先輩の言う通りです。逃げる選択をしたんですよ、彼は。あの場で真川さんはシラを切れば不十分な証拠から穴を突いて難を逃れられたでしょう。…まぁパチンコ屋の監視カメラからいつかはバレるでしょうけど」
加瀬森の言う通り、犯人に辿り着くにはまず、時間を費やせばいい。
時間を使うほど、情報は積もっていき、それは重要な証拠として形成されてゆく。
「カメラに映った人間の特徴や、聞き込みをしたりして待っていればいつかは捕まえられます。でもそれをしなかったのは」
「しなかった、じゃなくて出来なかったんだろ。…明日にでもクビを切られる可能性があったから、お前はこの方法を選んだワケか」
「ええ。過程も大切ですが、兎に角結果を出さなければならなかったんです。私達が優れているという事を証明する為に」
沈痛な顔をしながら、加瀬森は言った。
ここに来て俺は御神の言葉の真意を理解する。
"天才同士"
ただの皮肉だったのかよ。
自分の過去の威光を一番信じていたのは自分自身だったのか。これじゃ褒め言葉だと真に受けていたのがバカみたいだ。
「でも結局三課に引き継いで貰わなくても、真川さんの一方的な自滅で終結したので、結果的には他力本願で終わってしまいましたね」
自嘲気味に加瀬森は微笑んだ。
「…お前に賭けて正解だったよ」
「何がですか?」
「…いや、なんでもねぇわ」
気まずさに耐えかねて、朧げに目を逸らした正にその時、パチンコの駐車場の門から見覚えのあるハリヤーが入ってくるのが見えた。
「あの婦警見てると昔の志原さん思い出すんですよねぇ。なんというか、こう…やる気に満ち満ちてるってより飢えてるって感じがして。あ、ハイエナが分かりやすいかも」
「もうちょい良い感じの例え無かったのかよ…」
「あ、じゃあペガサスとかいかがです?肉食い千切って食べるタイプのペガサス。こう神秘的で不思議ちゃんって感じの中に蛇みたいに…」
「意味が分からんぞ。…ていうか俺にはなんであんな優秀な奴が資料室に送られたのかが1番の謎なんだが」
「ああそれなら三上さんの方針でしょうね。あの人よく情けをかけるじゃないですか。左遷って言っても"少しは頭を冷やせ"って感じで。それでひと月もしたら帰任の手続きをしてくれるらしいんですよ」
増田が話す様に、三上は昔から左遷の対象となる人間に必ず保険をかけていた。具体的には、予め人事とコンタクトを取っておき懲罰を最小限に抑えるという事だ。俺も昔、度々見た事があった。
「加瀬森もアイツのくっだらねぇ慈愛に助けられたのか」
「慈愛っていうか、利益優先じゃないですかねー。簡単に優秀な人材をクビ!なんてしたかない……おっと」
増田はわざとらしく口を押さえながらこちらを見た。
「あ、わざとじゃないです、その、たまたま志原さんの場合経緯が特殊で…」
「分かったから早く行ってくれ。ほら、生活安全課だろ。市民の不安を解消してこい」
「はいはーい」
増田を追いやるように急かしたてて、催促する。
コイツのサイコメルヘンチックな冗談と揶揄いを聞いていると頭が変になりそうだ。しかもそれ素の性格かどうか分からない境目にいるのが余計に腹立たしい。
増田達が真川を車に乗せて駐車場を出ていく のを見守ったあと、一服吹かす。
仕事終わりの煙草は美味いと相場は決まっている。水門の様に塞ぐ悩みが外れ、ドッと身体に煙が巡ってゆく快感がなんとも堪らない。
なのに、今日はその心地良さを感じないどころか、胸の奥に謎の引っ掛かりを覚える。
「はぁ………」
こういう時の悩みの種が何かは大体理解していた。
『自分がこの事件の顛末に納得していない』という事だ。
加瀬森が出したあの推測は、結果として正解への道を作り上げた。短時間で解決をする、という縛りがある故に希望的観測が幾らか混じっていた。
それでも、僅か3〜4時間程で犯人にまで辿り着いたのは素晴らしい洞察力と言わざる得ない。
そんな加瀬森が作った道に俺は今、茶々を入れようとしている。固められた理論の枷を外し、新たな真実を模索しようとしている。
別に自分のクビがかかっているわけでもないのに、面倒ごとに自分から首を突っ込もうとしているのだ。勤務中にパチスロを打ちにいくこの俺が、だ。
明日にくらい槍でも玉でも降るんじゃないだろうか
そう思いながら、スーパーへと向かった。




