↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『AIバディ・ポチの事件簿 〜エリートを捨てた男と柴犬ポチ、AIキャロルの優しい正義〜』3話or4話のオムニバス SFコメディファンタジー  作者: 曲木 六円


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
66/67

第十七章 第2話 深海市・昭和仕様書と地下迷宮の謎

これは、黄金の座布団を蹴り飛ばした男と、電子の姿で蘇った柴犬が、下町の小さな「消えた幸せ」を取り戻す物語です。怪我をする人はいません。安心して、練乳より甘い午後のひとときにどうぞ。

第十七章 深海市・昭和仕様書と地下迷宮の謎 


第2話 予算のない少佐とトトト後ずさり


福まる食堂の裏手、古い鉄の蓋の下に、地下への階段があった。

ガポ、ガポ、ガポ。

あちねの足音は、石段にいやによく響いた。両足には、まだ洗車バケツがはまっている。

「あちねさん、そろそろ抜きましょう。音で位置が敵に筒抜けです」

「抜けねえんだよ。親父の夢に気を取られてるうちに、ぴったり嵌まっちまった」

「ぴったり嵌まる仕様ではないはずですが」

ポチCの声が、湿った闇に溶けていく。配管が壁を這い、どこかで水が滴っていた。そして空気の底に、かすかな唸りがある。ブーン、という低い音。みっちゃんの言っていた、あのノイズだ。

通路の奥に、小さな灯りが見えた。

タコ足配線、という言葉がある。目の前のそれは、タコ足の域を超えていた。何十本ものケーブルが床を這い、一本の古い配線盤へ、乱暴に束ねられている。その前で、小柄な人影が工具を握っていた。軍服はほつれ、肩章は片方ちぎれ、靴底は剥がれかけている。

「ええい、入らん! なぜ入らんのだ、この昭和の差し込み口は!」

ジュリタン少佐である。

「……あの、少佐」

ポチCが恐る恐る声をかけると、少佐は飛び上がった。工具が床を転がる。

「き、貴様ら、いつから!」

「ずっといました。あなた、ひとりごとが大きいです」

少佐は一瞬たじろいだが、すぐに胸を張り直した。いや、張ろうとして、ほつれた肩章がぶらりと垂れた。

「聞け、地球人。我々は好きでこんなことをしているのではない」

声が、急に湿った。

「新しく着任した所長がな、前任のカータン所長より、さらに予算に厳しいのだ! 遠征費すら出ん! 出張旅費は全額自腹、宇宙船の燃料は自前、おやつは持参だ!」

「おやつまで」

「背に腹は代えられんのだ! だから我々は、この深海市の地下回線を、ジュリタン星の通信回線に、こっそり、タコ足で、不正に……」

少佐は言いかけて、はっと口をつぐんだ。目に涙がたまっている。

あちねは、バケツの足でゆっくり一歩踏み出した。

「少佐さんよ。事情はわかった。わかったが、他人様の回線に勝手に足を突っ込むのは、筋が通らねえ」

「うるさい! 中間管理職の苦しみが貴様にわかるか!」

「わからねえ。が、バケツに足突っ込む苦しみなら、いまわかってる」

少佐が、悲しげな目でバケツを見た。

「……それは苦しそうだな」

「ああ、苦しい」

一瞬、妙な共感が地下に流れた。だが少佐は、すぐに頭をぶんぶん振った。

「いかん、流されるところだった! ええい、こうなれば!」

少佐が、腰のスイッチを叩いた。

キィィィィン。

耳の奥が痛くなるような高音が、地下道を満たした。空気が震え、目に見えない壁が、少佐とあちねの間に立ち上がる。

「超高周波バリアだ! 貴様の電子頭脳も、これで黙る!」

「あちねさん、外部通信が……遮断され……」

ポチCの声が、ぶつりと途切れた。

ダッシュボードの赤い光が消えた。いつも耳元で喋り続けていた相棒が、何も言わない。地下道に残ったのは、水の滴る音と、バリアの唸りと、自分の呼吸だけだった。

あちねは、バケツの足で立ったまま、ひとり闇の中にいた。

「……ポチ?」

返事はない。

舌打ちが、ひとつ出た。親父なら、こういうときどうする。夢枕の台詞が、ふと頭をよぎる。辻褄が合わねえ時は、過去の仕様変更。だが、それが何を指すのか、まだ見えない。目の前の配線盤は、少佐の最新機材とは明らかに時代が違う。そんな古い盤に、なぜ宇宙の通信が繋がるのか。

その違和感の尻尾を、あちねはまだ掴めずにいた。

「ふははは! どうだ、手も足も出まい! バケツには足が出ているがな!」

少佐が、涙を拭いながら高笑いした。

そのとき、少佐の背後で、ひとつの影がすっと動いた。

ジュリタン一等兵である。

緊迫した空気の中、一等兵はまるで勅使を迎えるような顔つきになった。両手を太ももにそっと添える。膝を曲げ、腰を落とし、深く、深く、頭を下げる。

揖。

古い礼の作法である。あちねも少佐も、思わず固まった。

そして一等兵は、その中腰の姿勢を保ったまま、足元だけを動かし始めた。

トトトトトトト……

サカナの尾ひれのように、小刻みに、細かく、足が床を叩く。体は一切上下せず、ただ水平に、すーっと後ろへ滑っていく。

トトトトトトト……

背中から、闇に消えていく。一等兵は、一度も顔を上げなかった。

バリアの唸りだけが、残っていた。

誰も、何も言わなかった。

「…………あいつ、いまの何だ」

「…………一等兵の、得意技だ」

少佐が、ぼそりと答えた。

あちねは、笑っていいのか迷って、結局、笑った。ひとり笑いだった。つられて少佐も、肩を震わせた。

その笑いの背後で、配線盤が、ひそかに低く唸っていた。


結びの一句

「暗闇や 尾ひれのごとき 後ずさり」


ポチのツッコミ

「あの動きのキレだけは超一流ですね……って、感心してる場合じゃないです!」


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。『AIバディ・ポチの事件簿』、あちねとポチの凸凹コンビを、これからものんびり見守っていただけたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。