第十六章 前編 2話 平和条約の裏の顔
これは、黄金の座布団を蹴り飛ばした男と、電子の姿で蘇った柴犬が、下町の小さな「消えた幸せ」を取り戻す物語です。怪我をする人はいません。安心して、練乳より甘い午後のひとときにどうぞ。
第十六章 前編 2話 平和条約の裏の顔
【一 リュウグウベース参戦】
キャロル号の正面モニターに、豪奢な宇宙潜航艇がドカンと映し出された。地球の深海拠点、リュウグウベースの旗艦である。
「ちょっと待ちねぇ!」
あちねが画面に向かって指をさした。
「ユデタン女王様によ、茹デタン准将! 深海市とリュウグウベースは、内々にガッチリ約束を交わしたはずだろうが! 敵対行動は約束違反だぜ!」
画面の中央で、可憐なドレスに身を包んだユデタン女王が、ちょこんと首をかしげた。
「敵対なんてしていませんわ、あちねさん。」
「じゃあなんで宇宙戦艦を引き連れて通せんぼしてんだよ!」
【二 虫眼鏡サイズの注釈】
「解析完了ワン。」
ポチがホログラムを展開し、両者が交わした『深海市・リュウグウベース覚書』のデータを空中に映し出した。
「覚書の最下部、余白の隅に、肉眼では確認できない極小フォントで追記があるワン。」
ポチが画像をズームする。そこには、小さくこう書かれていた。
『※ただし、桃福のラーメンおよびトメさんのコロッケに関しては、リュウグウベースへ優先提供とする』
「勝手に変な注釈付け足してんじゃねぇよ!」
あちねがズッコケると、ユデタン女王は扇子で口元を隠し、ポッと頬を赤らめた。
「だって……お腹が空いたんですもの。」
「開き直るんじゃないワン……。」
ポチの冷ややかなツッコミが響く。
【三 武士のトトト後ずさり】
「左様であります!」
画面の端から、重厚な甲冑を着た茹デタン准将がズイッと前に出た。
「我らリュウグウ防衛隊、三日三晩の極秘任務により、全員のお腹と背中がくっつきそうなのであります!」
茹デタン准将はそう叫ぶと、突如として両手を太ももにピタリと添えた。深く腰を落とし、畏敬の念を込めた見事な中腰の姿勢をとる。緊迫感漂う、武士の鑑のような構えである。
しかし次の瞬間――
『トトトトトトトトトッ!』
完璧な中腰姿勢を保ったまま、足元だけを小刻みに激しく動かし、画面のフレーム外へとサカナのように滑らかに後ずさっていった。
すると、その隣にいたジュリタン一等兵も、全く同じ中腰姿勢で並んだ。
「自分も……自分もお腹ペコペコであります! トトトトトトッ!」
『トトトトトトトトトッ!』
二人の武士が、完璧なシリアス顔のまま並んで画面の隅へトトトと後ずさりして消えていく。
「威厳があるんだか情けないんだか、どっちかにしねぇか!」
あちねが呆れて天を仰いだ。
【四 出前ロケット発射準備】
「がはは! いい度胸だ!」
厨房から桃福の親父が、巨大な湯切りザルを掲げて出てきた。
「約束事だろうが何だろうが関係ねぇ! 腹が減ってる奴に熱々のラーメンを食わせるのが、江戸前職人の粋ってやつよ!」
「親父さん、乗り気だねぇ。」
あちねが苦笑いしながら帽子を被り直す。
「よし、ポチ! 全宇宙の腹ペコどもに、特製出前ロケットを発射しな!」
「了解ワン。全自動配給ミサイル、湯切り完了につき発射準備よしワン!」
星々の海に、香ばしい醤油とチャーシューの香りが広がろうとしていた。
――第三話(中編)へ続く
【結びの一句】
約束の 裏に隠せし 空腹かな
【ポチの毒舌ツッコミ】
「あちね、覚書の裏に勝手な食いしん坊ルールを書き込む女王も女王ですが、トトトと後ずさりしながら『お腹すいた』と叫ぶ武士たちも相当です。ですが……これがこの世界の『平和の保ち方』なのかもしれないワン。」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。『AIバディ・ポチの事件簿』、あちねとポチの凸凹コンビを、これからものんびり見守っていただけたら幸いです。




