第二章 中編 『AIバディ・ポチの事件簿 〜エリートを捨てた男と柴犬ポチ、AIキャロルのドブ板正義〜』
まえがき
これは、黄金の座布団を蹴り飛ばした男と、電子の姿で蘇った柴犬が、下町の小さな「消えた幸せ」を取り戻す物語です。怪我をする人はいません。安心して、練乳より甘い午後のひとときにどうぞ。
第二章:ミッション・イン・ミケ・ポッチブル(中編)
「……待て! 氷室! 銃を収めやがれ! 猫一匹に大げさなんだよ!」
あちねは警備ロボットの銃口の前に、ひらりと飛び出した。モデルのような涼やかな立ち姿……と言いたいところだが、首筋を激しくかきむしり、足元の野良猫たちに「寄るな、いや、離れるな!」と支離滅裂な叫びを上げている姿は、ただの不審な二枚目である。
「論理を説くだけ無駄だ、あちね。あの個体が『世界のヘソ』の上で超重力場を暴走させれば、この街のクラウドデータは霧散する。……排除あるのみだ」
氷室が冷徹に指を鳴らした瞬間、団地の壁を垂直走行していたミケが、不自然な鳴き声を上げた。
「ナギィィィィン!」
サプリの副作用だ。ミケの周囲で局所的な重力反転が発生し、ベランダに干されていたTシャツ、シーツ、さらには「潮風団地」の住民たちの色とりどりの洗濯物が、ひらひらとクラゲのように空へ舞い上がった。
「うわあああ!? 浮く、浮くぞポチ! 洗濯物が江戸の空を泳いでやがる!」
「あちね殿、感心している場合ですか! あなたの足元の洗車バケツも浮いてますよ!」
あちねは、浮き上がったバケツに片足を突っ込んだまま、自分も数センチ宙に浮いて「おっとっと!」と情けなく手足をバタつかせる。
そこへ、団地の陰から這い出してきたのは、ゲームセンターの地下に潜むミケタン星人の「支店長」だった。彼は、カエルを模した愛らしいデザインの置き型端末『アマケロ・ジェラート・サーバー』を必死に引きずっている。
「ああ、困ったケロ……。ミケちゃんがうちの『超重力サプリ(煮干し味)』の試作品を完食しちゃったケロ。お詫びに、この新商品の販促用ジェラートで気を引こうとしたけど、全然見向きもされないケロ……」
支店長が差し出したのは、カエルの形をしたマスコット容器に入った、鮮やかな緑色のジェラートだ。
「それだ! そいつでミケを呼び戻せ!」
あちねの言葉に、支店長はガックリと肩を落とした。
「無理だケロ……。うち、製造責任者がまだ見習いでして。出来上がりの味に毎回バラつきがあるのが、正直、悩みの種でしてケロ。今日のロットは特に酷い出来で、ミケちゃんも一口舐めて『フンッ』って顔して壁を登っていったケロ」
「品質にムラがあるジェラートだと……? そいつは経営者として一番きついやつだな、支店長。他人事とは思えねえ」
あちねは、浮遊する洗濯物のジャングルをバケツを履いたまま器用に跳ね、支店長の元へ着地した。
「ポチ! 支店長! そのバラつきジェラートをこっちへよこせ!」
「あちね殿、まさか……あなたの『脳が痺れる』あの狂気のレシピを使う気ですか?」
ポチの呆れ声。だが、あちねの目は本気だった。
あちねは懐から、便利屋の七つ道具(と本人が言い張る)、業務用練乳ボトルと角砂糖の袋を取り出した。
「氷室! 貴様の『論理』じゃあ、猫の腹は満たせねえ! 俺がこの『アマケロ・ジェラート』を、銀河一甘い特効薬に改造してやる!」
氷室は眼鏡をクイと上げ、吐き捨てるように言った。
「……無意味な悪あがきを。あと三分だ。それまでにその『バグ』を地上へ降ろせなければ、私はこの一帯ごとデバッグ(強制消去)する」
あちねは答えず、練乳の封を切った。
アマケロ網のカメラたちが、ため息をつきながらその様子を中継する。
「ゲコッ……あちねの味覚、もはや生物兵器だケロ……」
団地の給水塔の頂上、重力の渦の中心で威嚇を続けるミケ。
迫る氷室の警備ロボット。
そして、練乳の激流に飲み込まれていく緑色のジェラート。
波乱の中編、あちねの「超・味音痴」が、ついに世界を揺るがす――。
(後編へ続く)
結びの一句
出来ムラも 練乳かければ みな平等
『あちね殿、それは解決ではなく、隠蔽と言うのでは……』
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
『AIバディ・ポチの事件簿』、あちねとポチの凸凹コンビを、これからものんびり見守っていただけたら幸いです。




