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『AIバディ・ポチの事件簿 〜エリートを捨てた男と柴犬ポチ、AIキャロルのドブ板正義〜』3話or4話のオムニバス SFコメディファンタジー  作者: 曲木 六円


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第二章 前編『AIバディ・ポチの事件簿 〜エリートを捨てた男と柴犬ポチ、AIキャロルのドブ板正義〜』

まえがき

これは、黄金の座布団を蹴り飛ばした男と、電子の姿で蘇った柴犬が、下町の小さな「消えた幸せ」を取り戻す物語です。怪我をする人はいません。安心して、練乳より甘い午後のひとときにどうぞ。

第二章:ミッション・イン・ミケ・ポッチブル(前編)

■ 芳香のオーバーロード

「……あちね殿、いい加減にその首筋をかくのをやめていただけませんか。見ているこちらまで、回路が痒くなってきそうです」

近くのアマケロ端末から、ポチのあきれたような声が響く。深海市の潮風団地。夕暮れ時の廊下で、亜那あちねは必死に悶絶していた。

「て、やんでえ……。わかっちゃいるんだが、止まらねえんだ。この『エゴイスト』の香りの裏から漂う、生まれついてのミルクの芳香が……。奴らを、奴らを呼んじまう……!」

あちねの足元には、どこから集まったのか十数匹の野良猫が、うっとりとした表情で体を擦り付けていた。モデルのような涼やかな目鼻立ちを苦悶に歪ませながら、あちねは「あ~、かゆい! でも可愛い! ちくしょう、寄るな、いや、去るな!」と、もはや情緒不安定な貴公子のようである。

今回の依頼は、クリーニング屋のみっちゃんから預かった、看板猫の「ミケ」の捜索。

だが、ただの迷子猫ではない。ミケはあろうことか、ゲームセンターの裏に落ちていたミケタン星人の「超重力サプリ(煮干し味)」を誤飲してしまったのだ。

「ターゲット捕捉。アマケロ網、第4地点。……あちね殿、上です」

ポチの指示に従い、あちねが目を上げると、そこには信じられない光景があった。

白と黒のぶちの三毛猫・ミケが、団地の4階付近の垂直な壁面を、まるで平地を歩くように優雅に散歩している。

「ゲコッ……。重力を無視するなんて、あちねの論理性のなさを見ているようだゲコ」

電柱の上の監視カメラ(アマケロ)が、深いため息をつきながらレンズを動かす。

「笑わば笑え! 行くぞポチ、アマケロ! 江戸っ子の意地、見せてやる!」

あちねは、いつの間にか足に引っかかっていた洗車バケツをガシャンと鳴らしながら、団地の階段を駆け上がった。

■ 氷室零の論理(デバッグ)

その時、団地の入り口に、不自然なほどピカピカに磨き上げられた覆面パトカー(クラウン)が止まった。

車から降りてきたのは、非の打ち所がないほど整った顔立ちに、冷徹な眼鏡を光らせた男。警視・氷室零である。

「……あちね。相変わらず、動物の毛とバケツがお似合いだな」

「氷室! なぜ貴様がここに!」

氷室は手袋を直しながら、冷ややかにミケを見上げた。

「ミケタン星のサプリを摂取した個体は、物理法則を乱す『バイオ・バグ』と見なされる。スマートシティの秩序を乱す前に、私が『論理的』に処理(デバッグ)させてもらう」

氷室の後ろには、網鉄砲を持った無機質な警備ロボットが控えている。

「待て! ミケはただの猫だ! 悪気はないんだ!」

「結果がすべてだ。……排除せよ」

氷室の合図とともに、ロボットが動き出す。

あちねは、首筋の猛烈なかゆみに耐え、鼻にツンとくる「エゴイスト」と「ミルク」の混ざった複雑な香りを振りまきながら、壁を歩く猫と、銃を構えるエリート警視の間へと飛び込んだ!

「ポチ! 策はあるか!」

「……一つだけ。あちね殿のその『匂い』、最大出力で活用していただきますよ!」

「最大出力だと? この妙な匂いをか!」

あちねは叫びながら、首筋の襟ぐりを大きく広げた。

「その通りです。あなたの首筋から放たれるフェロモンを一点に集中させれば、重力制御すら上書きする『誘引力』が発生するはずです」

「ええい、ままよ! ミケ、こっちへ来い! 便利屋の心意気を嗅いでみやがれ!」

■ 重力と執着のデッドヒート

あちねが全力で首筋を振り回した瞬間、周囲に「黄金のオーラ」ともいうべき強烈な匂いの渦が巻いた。

垂直の壁を歩いていたミケの耳が、ピクリと動く。

「……ニャ、ニャーーン!」

宇宙サプリで重力を克服していたはずのミケが、あちねの放つ強烈な芳香に向かってダイブした。空中で猫の体が回転し、氷室の放った網鉄砲を紙一重で回避する。

「何だと……。香水と乳臭さで、私の論理を攪乱したというのか」

氷室が眼鏡の奥の瞳を鋭く細める。

「ふん、氷室。論理じゃあ、腹を空かせた猫は救えねえんだよ!」

あちねは空中でミケをがっしりと受け止めた。だが、その衝撃で足元の洗車バケツが派手な音を立てて階段を転がり落ちる。

「あちね殿、感傷に浸っている暇はありません。ミケの体内にあるサプリのエネルギーが暴走を始めています。このままだと、団地ごと月まで飛んでいきますよ」

「そいつは、シャレにならねえな……!」

腕の中で「ゴロゴロ」と超振動を始めたミケを抱え、あちねは次なる策を求めて、夕闇に包まれ始めた団地の屋上へと駆け出した。

結びの一句

痒みすら 愛でて笑うか 猫の宴

『あちね殿、今回は俳句より、まずかゆみ止めの薬をお勧めします』

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

『AIバディ・ポチの事件簿』、あちねとポチの凸凹コンビを、これからものんびり見守っていただけたら幸いです。

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