『AIバディ・ポチの事件簿 〜第一章 後編 全3話完 エリートを捨てた男と柴犬ポチ、AIキャロルのドブ板正義〜』
まえがき
これは、黄金の座布団を蹴り飛ばした男と、電子の姿で蘇った柴犬が、下町の小さな「消えた幸せ」を取り戻す物語です。怪我をする人はいません。安心して、練乳より甘い午後のひとときにどうぞ。
第一章:鉄のアームと、恋のバケツ(後編)全3話 完。
■ 黄金のムースと、禁断の生クリーム
団地5号棟へと爆走するキャロルの車内。あちねは、助手席に広がる「エゴイスト」の香りをかき消さんばかりに、トメさんのコロッケについて熱弁を振るっていた。
「いいかポチ。ありゃあ、ただの揚げ物じゃねえ。厳選された香り高い小麦粉を纏い、トメさん秘伝のブレンド油で黄金色に仕上げる。だが、真の秘密はその中身よ」
『ワン。芋を裏ごししたムース、でしたね?』
「それだけじゃねえんだ。トメさんはな、そのムースに隠し味として、新鮮な生クリームを練り込みやがるのさ。口に入れた瞬間、熱々の衣が弾け、中から冷たい乳の甘みがふわりと広がる……。もはや飲み物よ。あの繊細な秘伝を、九頭龍の薄汚い連中や、氷室の野郎に汚させるわけにはいかねえんだ!」
『あちね、よだれがダッシュボードに。……それと、団地5号棟の屋上に異常な熱源を感知しました。氷室の「アイ・オブ・ゼウス」が、空間を焼き切ろうとしています!』
■ 氷室の「聖域」と、冷徹な論理
団地5号棟の屋上に駆け上がったあちねの目に飛び込んできたのは、無機質な電子音を響かせる巨大な実験装置と、その中心に屹立する氷室零の姿だった。
奪われたトメさんのコロッケたちが、無慈悲な真空容器に詰め込まれ、怪しげな光線を浴びせられている。
「阿那君。相変わらず非効率な足取りだな。このコロッケに秘められた『熱量と生クリームの乳脂肪分』は、次元転送のノイズを吸収する触媒として、私の計算によれば極めて優秀なのだ」
「氷室……てめえ、トメさんの秘伝を、そんな実験の『餌』にしやがったのか!」
氷室は一分の隙もない仕草でタブレットを操作し、あちねを冷たく見下ろした。
「国家の安全という大義、そしてこの街の完全なる最適化。その前には、一個のコロッケの運命など、誤差に過ぎない。君のように感情で動く人間には、この論理的な『美しさ』は理解できまいがね」
■ アマケロの共鳴、重低音のため息
氷室が指を動かした瞬間、ポチCのシステムに強烈なノイズが走った。
『……あ、あちね! 氷室の「アイ・オブ・ゼウス」にハックされました……回路が……っ!』
氷室の勝利が確定したかと思われたその時、団地の各階、そして商店街の隅々に配置された「設置型アマケロ」の瞳が、いっせいに妖しく光り輝いた。
あちねの情けなさと、氷室の傲慢さ。そのすべてを「内緒の正体」で見届けてきたアマガエルのケロヨたちが、一斉に喉を膨らませたのである。
「…………ケロォォォォ(はぁぁぁぁ……)」
深海市全域に響き渡る、超低周波の、あまりにも深く重いため息。その物理的な振動は、氷室の精密な実験装置だけをピンポイントで揺さぶり、安全装置を強制作動させた。
「なっ……! 計算外の振動だと!? 馬鹿な、この周波数は……」
立ち尽くす氷室の目の前で、ポチが息を吹き返す。
『……お返しですワン! 街中のカエルたち、ありがとうございます!』
■ 決着、そして「熱」の帰還
あちねはヒリつく指先を震わせ、父・薫の遺した「黄金のUSB(特権権限)」を装置のポートに叩き込んだ。
「氷室……お前の計算には、トメさんが芋をムースにし、生クリームを練り込む時の『手の痛み』が入ってねえんだよ。そんな冷え切った正義、この街の風通しが悪くなるだけだ、てやんでえ!」
画面に「所有権返還:トメ」の文字が踊る。真空容器が開放され、閉じ込められていた「黄金の香気」が爆発するように屋上へと溢れ出した。
■ エピローグ:ドブ板の春
夕暮れ時の「福まる食堂」。
あちねは、トメさんが取り返したばかりの「秘伝・生クリームコロッケ」を、熱そうに頬張っていた。
「あふ……あふ……あちっ! あちねだけに、あちっ……って、トメさん、これ本当に最高だよ」
「当たり前じゃないか。……でもねあちねさん、また靴が泥だらけだよ。まったく、誰のためにそんなに汚してきたんだい?」
トメさんは呆れ顔で笑い、あちねの皿にもう一個、黄金の塊を乗せた。
遠くの薬局の軒先では、アマケロ(ケロヨ)が少しだけ満足そうに喉を鳴らし、再び静かに「ため息」を飲み込んだ。
結びの一句
ムース溶け エゴイスト散る 春の暮れ
『あちね、一句は相変わらずですが……次はもうちょっと、スマートに解決しましょうね』
「うるせえ。泥をかぶるのが、便利屋の正装よ」
深海市の夜風は、今夜も少しだけ、コロッケの甘い香りがした。 全3話 完




