第十五章 中編3話 前半 『法律と覆面パトカー』
これは、黄金の座布団を蹴り飛ばした男と、電子の姿で蘇った柴犬が、下町の小さな「消えた幸せ」を取り戻す物語です。怪我をする人はいません。安心して、練乳より甘い午後のひとときにどうぞ。
第十五章 中編3話 前半
『法律と覆面パトカー』
(前話あらすじ――地下深くで見つかった「世界のヘソ」は、宇宙中から集まる通信によって悲鳴を上げ始めた。その最中、ジュリタン一等兵の「武士のトトト後ずさり」が、なぜか全員に伝染。笑っている場合ではないのに、現場は妙な一体感に包まれてしまった。)
■一 赤く染まる世界のヘソ
ゴゴゴゴ……
地下空洞全体が低く唸った。
青白く輝いていた「世界のヘソ」が、ゆっくりと赤く染まり始める。
まるで巨大な鉄球を真っ赤になるまで熱したようだった。
「警告。」
ポチの耳がピンと立つ。
「表面温度、急上昇。
通信負荷、なお増加中。
冷却能力が追いつきませんワン。」
「ひぃぃぃっ!
超絶くすぐったい上に、熱くなってきたケロ〜〜っ!」
ミケタン支店長が自分の腹を押さえ、その場に転がって身悶えた。
「あまり見たくねぇ色だな。」
あちねは帽子をかぶり直し、竹箒を握り直した。
本野読過郎は震える手で紙束を抱え直す。
「ぶつぶつ……始末書……五千枚では足りない……。」
■二 壁を突き破るクラウン
その時だった。
ズドォォォン!!
地下空洞に激しい衝撃が響く。
コンクリートの壁を突き破り、一台の黒いクラウンが土煙を上げながら滑り込んできた。
急ブレーキ。
車体は見事なドリフトを決め、その場で停止する。
「毎度派手だねぇ。」
あちねが苦笑した。
運転席のドアが開く。
長身の男が静かに降り立った。
氷室零警視。
トレンチコートを翻し、冷たい眼差しをあちねへ向ける。
「亜那あちね。」
「よう、氷室の旦那。」
「地下重要施設への無断侵入。
器物損壊。
危険区域立入。
その他多数。」
氷室は手帳を閉じた。
「まとめて逮捕だ。」
「あいかわらず堅ぇなぁ。」
「あいかわらず緩すぎる。」
■三 法は誰のために
助手席からもう一人降りてきた。
野口靜。
黒縁眼鏡を整えながら周囲を見渡す。
まず赤く染まる世界のヘソ。
次にポチ。
最後にあちね。
「状況確認。」
短く言った。
ポチが即座に答える。
「地下通信施設。
宇宙回線が異常集中。
暴走寸前ですワン。」
野口は静かに頷いた。
「理解しました。」
氷室が言う。
「まずは現場封鎖だ。」
しかし野口は首を横へ振った。
「その判断では間に合いません。」
「何?」
「現場保存より、人命保護が優先です。」
淡々としている。
だが言葉には重みがあった。
「現時点より臨時共同対策本部を設置。
警察。
民間。
AI。
全員協力体制に移行します。」
「法務官!」
「異論は後で受けます。」
氷室は小さくため息をついた。
「……相変わらず強いな。」
「法律は人を助けるためにあります。」
■四 勇気ある一歩
その時だった。
赤く染まった球体の前へ、小さな影が歩き出る。
ジュリタン一等兵だった。
「ぼ、僕が確認してきます!」
「危ねぇ!」
あちねが止めようとする。
「ひゃっ!」
しかし一等兵は敬礼した。
「兵士だからであります!」
一歩。
二歩。
三歩。
……ピタリ。
熱風が吹いた。
「ひゃっ!」
思わず腰が落ちる。
そして。
トトトトトトト……
無意識に後ずさり。
「あ。」
本人が一番驚いた。
空気が止まる。
次の瞬間。
「あっはっはっは!」
あちねが腹を抱えて笑った。
「また出た!」
本野まで吹き出す。
氷室も口元だけ少し緩む。
野口は眼鏡を押し上げながら、
「……癖ですね。」
とだけ呟いた。
真っ赤になったジュリタン一等兵は敬礼したまま叫ぶ。
「笑わないでくださいであります!」
中編 4話(後半へ続く)
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。『AIバディ・ポチの事件簿』、あちねとポチの凸凹コンビを、これからものんびり見守っていただけたら幸いです。




