第十四章 後編 完『スターブリッジJr大混雑』
これは、黄金の座布団を蹴り飛ばした男と、電子の姿で蘇った柴犬が、下町の小さな「消えた幸せ」を取り戻す物語です。怪我をする人はいません。安心して、練乳より甘い午後のひとときにどうぞ。
第十四章 第3話(後編・完):『仕様変更! チャーハン通せんぼ』
【あらすじ】 補給不足という切ない事情の上に成り立っていたスターブリッジJrの大混雑。あちねの竹箒とチャーハンの香りが、関所に立てこもる兵士たちの心をほどいていく。誰も傷つけない現場の意地が、銀河の物流を取り戻す。
【本文】
「あちね殿、正面に動きあり」
ポチCの警告と同時に、関所の詰め所からガチャガチャと不揃いな足音が響いてきた。現れたのは、サビだらけの旧式ヘルメットを被った一匹の小さな兵士――「星 of カービン二等兵」だった。頬はこけ、手にした銃はガタガタと震えている。
「そ、そこの者ども、止まれ! 通行証がなければ関所は通さんぞ……」
言い終わらないうちに、二等兵の腹がぐぅぅぅと盛大に鳴った。カービン二等兵は真っ赤になって俯く。
「へっ、腹の虫の方が正直だぜ、坊主」
あちねはニヤリと笑うと、重箱の蓋を思いきり開け放った。黄金色のチャーハンの香りが、湿った関所の空気を一気に塗り替える。
「な……この、この匂いは……!」
カービン二等兵の目に、みるみる涙が溜まっていく。
「食いな。誰も見てねえよ」
あちねが差し出したレンゲを、二等兵は震える手で受け取った。一口頬張った瞬間、彼はその場にへなへなと座り込み、大粒の涙をボロボロとこぼした。
「う、美味い……こんな、こんな温かい飯、何日ぶりだ……!」
「隊長ォォ! 私にも、私にもください!」
その様子を見ていたマヨネー・ズッコケ監察官が、尻餅をついたまま焼きそばの重箱に飛びついた。マヨネーズをたっぷり絡めた麺をズルズルと啜り込み、監察官の目からも涙が溢れる。
「う、うまい……! こんなもの食わされたら、私はもう、あちね殿の言うことなら何でも聞いてしまいますよ……!」
「監察官、買収完了、はやっ」
ポチCが淡々とツッコミを入れた。
その時だった。制御盤にへばりついていた緑色のミドリンが、チャーハンとマヨネーズの匂いに誘われるように、ぷるん、ぷるんと震えながらにじり寄ってきた。
「ぷる……その匂いは反則ぷる……」
「へっ、お前も腹が減ってんだろ」
あちねは竹箒をひょいと構え直すと、粘着質の体をそっと、しかし確実にすくい上げた。
「ふんぬぅぅっ!」
バサッ、と豪快な一掃きで、ミドリンの体は制御盤から綺麗に引き剥がされ、広場の隅にぽてんと転がった。回路への物理占拠が解け、制御盤に本来の光が戻る。
「あちね殿、ゲートロジックへのアクセス経路が開通しました。今です!」
ポチCが即座にハッキングを開始する。だが、ただ元に戻すだけでは終わらせない。
「せっかくだ、ポチ。ちょいと仕様変更といこうぜ」
「了解です、あちね殿。関所システムの用途を、一時的に『チャーハン配給基地』へ再定義します」
ポチCの操作で、関所の巨大スクリーンに「本日限定・炊き出しにつき通行自由」という不格好な文字が映し出された。立ち往生していた船の乗組員たちがぞろぞろと降りてきて、あちねの重箱に群がる。
「うおおお、久しぶりの飯だぁぁ!」
「みんな食ってください!」
カービン二等兵がすっかりペロペロに更生し、監察官と一緒になって列整理をし始める始末だった。竹箒一本と重箱二つで、殺伐とした関所は瞬く間に炊き出し会場へと様変わりしていく。
「……にしても、腹を空かせた兵士に、逃げ場のない監察官か」
あちねは腕を組み、静まり返った制御盤の奥をちらりと見やった。
「ポチ、さっきの『歪んだ人事』ってやつ、まだ何かわかってねえのかい」
「詳細は不明です。ただ――」
ポチCの声が、わずかに硬くなった。
「この関所の補給ルートを本来担当していたはずの、ある部隊の名が、直近の人事記録から意図的に削除されている痕跡があります。誰が、何のために消したのか。それは、あちね殿。まだ、私たちの知るところではありません」
あちねは黙って、遠い宇宙の彼方を見つめた。白い軍服の男の顔が、ふと脳裏をよぎる。
だが今は、それを問い詰める時ではなかった。
「へっ、まあいいさ。腹減ってる奴に飯食わせる、それだけで充分だ」
あちねは竹箒を担ぎ直すと、笑顔で頬張る兵士たちの輪の中へ、練乳コーヒーの缶片手に戻っていった。関所には、ようやく賑やかな笑い声とチャーハンの香りが満ちていく。
ほどなくして、カエルッチから通信が入る。
「やったケロ! ジェラート空輸ラインが復旧したケロ! 抹茶ジェラート、深海市へ出発したケロォォ!」
「へっ、よかったじゃねえか。」
あちねは照れくさそうに鼻をこすった。
小さな依頼から始まった宇宙の大混雑は、いつもの通り、誰も傷つけずに、そして少しだけ切ない余韻を残して幕を閉じた。
(第十四章・完)
【結びの一句】
星の門 開けてみせよう チャーハンで
【ポチの毒舌ツッコミ】
「あちね、具材のネギより、あんたの発想のほうがよほど規格外です。ですが……今回は、その仕様変更に救われた者が大勢いました。」
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最後まで読んでいただき、ありがとうございます。『AIバディ・ポチの事件簿』、あちねとポチの凸凹コンビを、これからものんびり見守っていただけたら幸いです。




