第十四章 中編 第2話『スターブリッジJr大混雑』
これは、黄金の座布団を蹴り飛ばした男と、電子の姿で蘇った柴犬が、下町の小さな「消えた幸せ」を取り戻す物語です。怪我をする人はいません。安心して、練乳より甘い午後のひとときにどうぞ。
第十四章 第2話(中編):『単細胞の罠とマヨネーズの買収』
【あらすじ】
静寂に包まれたスターブリッジJrへ降り立ったあちねとポチC。そこはブラックカメタン星の緑アミーバ軍師「ミドリン」が仕掛けた不整合な電子ロックで、銀河中の商船が立ち往生する大混雑となっていた。ポチCのハッキングも通用しない粘着質な罠に、あちねの現場の勘が試される。
【本文】
キャロルが関所の着陸ポートに滑り込むと、あちねは思わず息を呑んだ。
本来なら宇宙商船がひっきりなしに行き交うはずのスターブリッジJrの広場に、何十隻もの船がびっしりと立ち往生し、身動きが取れずにいたのだ。船の窓からは、痩せこけた顔で頬をさすりながら唸る乗組員たちの姿が見える。
「こいつは思ったより深刻だぜ、ポチ」
「同感です。関所全体のゲートロジックが、極めて原始的な方式で物理占拠されています」
ポチCの目がレーダー表示に切り替わると、ゲートの制御盤にべっとりと張り付いた、緑色のぷるぷるした物体が映し出された。
「あれは……アミーバ?」
「ブラックカメタン星の軍師、通称『ミドリン』の細胞体と思われます。回路を単細胞の粘着質で覆い、デジタル信号そのものを物理的に遮断する、原始的かつ極めて非論理的な戦法です」
その緑色の塊が、ぷるん、と震えた。
「ぷるる……補給が来るまで、誰も通さないぷる……」
あちねが竹箒を構えて近づこうとした、その時だった。
「あちね殿、ハッキング開始します」
ポチCが制御盤へアクセス回線を伸ばした瞬間、緑色の物体がにゅるりと蠢き、回線ごとぐにゃりと飲み込んでしまった。
「な……!? ポチ、大丈夫か!」
「問題ありません。ですが、非論理的な相手には、私のプロトコルが一切通用しないことが確認されました。デジタル完全敗北です」
「ちっ、単細胞のくせに一丁前に厄介な真似しやがって」
その言葉にも、ミドリンはぷるんと震えるだけだった。
「ぷる……腹が減れば、銀河も止まるぷる……」
あちねが舌打ちした、その矢先――
「そこどけ、そこどけぇ! 連盟の緊急監察だぞぉ!」
けたたましいクラクションと共に、けばけばしい黄色いホバーカーが広場に突っ込んできた。乗っていたのは、太った体をパンパンのスーツに詰め込んだ、宇宙平和連盟の「マヨネー・ズッコケ監察官」である。
「うわ、なんでえこの混雑は! ジェリ大帝閣下のご機嫌を損ねたら、私の首が飛ぶんだぞぉ!」
監察官はホバーカーから転げ落ちるように降りると、ミドリンの粘着体に向かって甲高い声で喚き散らした。
「おい緑! さっさとゲートを開けんか! 連盟の権威をなんだと……うわ、滑る! 滑るぞこれは!」
慌てて後ずさった拍子に、監察官はミドリンの粘着質にべちゃりと足を取られ、盛大に尻餅をついた。事態は完全に三つ巴の泥沼と化していく。
「あちね殿、ハイテクもダメ、権威もダメとなると――」
「へっ、決まってるじゃねえか」
あちねはニヤリと笑うと、キャロルの荷台から桃福の親父に持たされた重箱を取り出した。フタを開けた瞬間、黄金色に輝くチャーハンの香ばしい匂いが、静まり返った広場にふわりと広がる。
「な、なんだこの……この香りは……!」
尻餅をついたままのマヨネー監察官の鼻が、ヒクヒクと痙攣した。
「同時に、こっちもいくぜ」
あちねはもう一つの重箱を取り出す。トメさんが握ってくれた、マヨネーズたっぷりの焼きそばだった。マヨネーズの酸味の効いた香りが、チャーハンの香ばしさと絡み合い、広場全体を包み込んでいく。
制御盤にへばりついていた緑色のミドリンの体が、ぷるん、ぷるんと不気味に震え出した。
「ぷる……いい匂いぷる……」
「あちね殿、これは――」
ポチCのセンサーが、広場中の反応をキャッチする。
「関所を守る全兵士のバイオセンサーに記録されていた『空腹アラート』、その正体が判明しました。この関所は――もう何日も、まともな補給を受けていない模様です」
あちねの顔から、ふっと笑みが消えた。
「……そういうことかい。道理で、こんな殺伐とした場所になっちまうわけだ」
チャーハンとマヨネーズの香りが広場の隅々まで広がっていく中、あちねは竹箒を静かに構え直した。単なるドタバタの向こうに、何か切ない事情が隠れていることを、現場の勘が静かに告げていた。
(第3話・後編『仕様変更! チャーハン通せんぼ』へ続く)
【結びの一句】
腹の虫 鳴いて緑も 震えけり
【ポチの毒舌ツッコミ】
「チャーハンとマヨネーズの複合臭、私のセンサーでは『危険物』に分類されかけましたが、どうやら宇宙の非常食として機能するようです。あちね、次はいよいよ落とし前ですよ」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。『AIバディ・ポチの事件簿』、あちねとポチの凸凹コンビを、これからものんびり見守っていただけたら幸いです。




