第十四章 前編 第一話『スターブリッジJr大混雑』
これは、黄金の座布団を蹴り飛ばした男と、電子の姿で蘇った柴犬が、下町の小さな「消えた幸せ」を取り戻す物語です。怪我をする人はいません。安心して、練乳より甘い午後のひとときにどうぞ。
第十四章『スターブリッジJr大混雑』
第十四章 第1話(前編):『宇宙の関所はチャーハンの香り』
【あらすじ】
座頭鯨2が下町にすっかり居座り、桃福のコロッケを勝手につまみ食いする奇妙な日常が続く深海市。そこへミケタン星のカエルッチから、銀河のハブ「スターブリッジJr」が完全封鎖され、下町へのジェラート空輸ラインが途絶えたと突飛な依頼が舞い込む。あちねとポチCは、宇宙の関所へと急行することになった。
【本文】
「へっ、コロッケの盗み食いだけは一人前だな、若旦那」
福まる食堂の縁台。あちねは呆れ顔で、隣で頬をパンパンに膨らませている座頭鯨2を眺めた。ラーメンで更生したはずのアギトの若きフィクサーは、あの一件以来なぜか下町に居着き、甘エビセンサー隊長を子分のように従えて、桃福のコロッケを日々つまみ食いする謎の第二の人生を送っている。
「……ふん。裏社会の頂点に立つ私が、コロッケの一つや二つで動じるとでも」
そう言いながらも、ソースの染みた指先を名残惜しそうに舐める座頭鯨2。近眼の目はやはり、あちねではなく暖簾の方をぼんやり睨んでいた。
「あちね殿、緊急通信です」
事務所の腕時計型端末に変形したポチCの液晶が、ピコンと着信を告げた。表示されたのは、涙目のカエルッチだった。
「あちねさん、大変ケロ! 銀河のハブ『スターブリッジJr』が完全封鎖されて、下町へのジェラート空輸ラインが止まっちゃったケロ! このままじゃミケタン星特製の抹茶ジェラートが、深海市に届かないケロおおお!」
「なにィ! ジェラートが届かねえだと!?」
あちねは弾かれたように立ち上がった。練乳コーヒーの缶がガシャンと縁台から転がり落ちる。
「あちね殿、優先順位がずれています。ジェラートより、銀河の物流網の麻痺の方が問題かと」
「うるせえ、ポチ! みっちゃんが楽しみにしてる抹茶ジェラートが届かなきゃ、俺の顔が立たねえんだよ!」
あちねは事務所に駆け込み、シャンプーを二度がけし、高級香水『エゴイスト』を惜しみなく吹きかけた。気合いの入った身支度である。だが、キャロル宇宙仕様に勢いよく飛び乗ろうとしたその瞬間――
ガシャン!
洗車バケツを豪快に踏み抜き、あちねは片足を突っ込んだまま無様にすっ転んだ。
「て、てやんでえ! これしきのことで、俺の男は下がらねえ!」
バケツを引きずったまま運転席に転がり込むあちねを乗せ、キャロルは深海市の夜空を突き抜け、銀河の彼方へと加速していく。
「あちね殿、傍受した暗号通信に不穏なデータを検出しました」
宇宙空間を航行中、ポチCの目が赤く点滅した。
「スターブリッジJrを警備する兵士たちのバイオセンサーに、異常な『空腹アラート』が大量発生しています。しかも、その発生源をたどると――どこか懐かしい周波数の残滓が」
「懐かしい……?」
「解析中です。ですが、なぜか『ちゅう』という末尾を含む音声パターンが、通信ログの奥底にわずかに残っています」
あちねは首をかしげた。
「ちゅう、だと? まさか、あの白い軍服の……」
「断定はできません。ただ、この関所の指揮系統には、以前から何らかの『歪んだ人事』があった可能性を示唆するデータが散見されます。詳細は現地調査が必要かと」
ポチCの声はいつになく歯切れが悪かった。まるで、何かを知っていて、あえて言い淀んでいるかのように。
キャロルの前方に、巨大な関所の輪郭が見えてくる。本来なら賑やかに宇宙商船が行き交うはずのスターブリッジJrは、異様な静けさに包まれ、赤い警告灯だけが虚しく明滅していた。
「……何かがおかしいぜ、ポチ」
「同感です、あちね殿。この空腹アラートの規模、只事ではありません」
洗車バケツを引きずったあちねを乗せたキャロルは、静寂の関所へとゆっくり降下していく。ジェラートを取り戻す小さな依頼のはずが、思わぬ大混雑の入り口へと、二人は足を踏み入れようとしていた。
(第2話・中編『単細胞の罠とマヨネーズの買収』へ続く)
【結びの一句】
関所には ジェラート凍る 空腹よ
【ポチの毒舌ツッコミ】
「あちね、洗車バケツを二度も踏み抜くその技術、宇宙共通規格にしても差し支えないレベルの再現性です。褒めているわけではありません」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。『AIバディ・ポチの事件簿』、あちねとポチの凸凹コンビを、これからものんびり見守っていただけたら幸いです。




