第十三章 前編 1話『深海市・利権強奪パニック』 :『暗黒街のフィクサー、その名は座頭鯨2』
これは、黄金の座布団を蹴り飛ばした男と、電子の姿で蘇った柴犬が、下町の小さな「消えた幸せ」を取り戻す物語です。怪我をする人はいません。安心して、練乳より甘い午後のひとときにどうぞ。
第十三章『深海市・利権強奪パニック』
前編 1話:『暗黒街のフィクサー、その名は座頭鯨2』
【あらすじ】
海底ルートを失い、焦る裏組織「アギト」。最高幹部・座頭鯨2は、先代の影に縛られながらも、地上にある通信の心臓部「世界のヘソ」を力づくで奪うべく進撃を開始。まずは邪魔な便利屋を葬るべく、あちねの事務所へと冷徹な殺気を放って現れる。
【本文開始】
「おいポチ、これだよ。この4対6が、俺にとっての黄金比なんだ」
深海市下町、便利屋あちねの事務所。
昼下がりの緩い空気の中、あちねは足元の泥泥になった長靴を脱ぎ散らかしたまま、マグカップのコーヒーをずずっと啜っていた。男の無骨な佇まいに反して、室内には異様なほど甘ったるい匂いが漂っている。缶入りの練乳を、原形を留めないほどドバドバと注ぎ込んだ特製激甘コーヒーだ。
「理解不能です、あちね」
デスクの端で、犬型AIロボットのポチが冷ややかなジト目を向ける。
「お洒落な高級香水『エゴイスト』を愛用しながら、足元は現場の泥泥。おまけに致死量の糖分を摂取する。あなたの五感のプロトコルは、完全にバグを起こしています。それよりも――」
ポチの目が、ピピッと赤く点滅した。
「下町の『世界のヘソ(福まる食堂地下)』に繋がる光ファイバー網に、不穏なハッキングの予兆を感知。どこぞの大型ノイズが、力技でインフラを物理強奪しに動いているようです」
「へえ、物騒なねぇ。せっかくのコーヒーが苦くなる――」
あちねが呟きかけた、その瞬間だった。
ドガァァァン!!
事務所のドアが、凄まじい蹴撃によって内側へと弾け飛んだ。
立ち込める硝煙の向こうから、周囲の空気を一瞬で凍りつかせるほどの圧倒的な殺気が流れ込んでくる。
「海でも、陸でも、ご意見無用……! 我ら、アギト下町強奪部隊!」
威勢よく先陣を切って飛び込んできたのは、自称・特攻隊長の飛魚偵察兵だった。しかし、あまりに勢いが良すぎた。あちねのデスクを完全に通り越し、そのまま開いていた反対側の窓から、文字通り一直線に外へとダイブしていく。
「トビウオォォォーーーッ!?」というマぬけな絶叫が、下町の空に遠ざかっていった。
「……ッ。騒がしいぞ、飛魚」
地を這うような低い声。
続いて入ってきたのは、仕立ての良い漆黒のスーツを纏った若い男だった。裏組織「アギト」の若き最高幹部にして、冷徹なるフィクサー、座頭鯨2(ざとうくじら・つー)。
先代の影に怯えつつも、地上の利権をすべて強奪せんと燃えるその身からは、本物の達人だけが持つ、ゾクッとするような重圧が立ち込めている。
「お前が、便利屋あちねだな」
座頭鯨2は、鋭い眼光をキッと正面に向けた。
――が、彼が凄まじい威圧感で睨みつけているのは、あちねではなく、部屋の隅に置かれた「観葉植物」だった。
「……おい、俺はこっちだ」
あちねが呆れ顔でコーヒー缶をコンコンと叩く。
「隊長! そちらは植物にございます! ターゲットは右斜め45度、甘ったるい練乳の匂いのする方です!」
後ろから、腰をエビのように直角に曲げた甘エビセンサー隊長が、必死になってペコペコしながら正しい方向を指さした。
「黙れ、甘エビ! 私は最初から分かっている!」
座頭鯨2は完全にツボを外した言い訳をしながら、イライラと手元の杖を床に**コンコンコンコン!**とヒステリックに打ち付けた。
その突き方がだんだん狂暴になり、**パカァン!**と、先ほどの観葉植物の植木鉢を綺麗に真っ二つに叩き割る。力加減はトホホだが、突く正確さと一撃の重さはとんでもない。
「ほう。お前がその、あちねか」
座頭鯨2は、ようやくあちねの方へ向き直った。しかし、近眼ゆえに距離感が掴めないのか、ジリジリとあちねの顔面5センチの距離まで近づいてきて、メンチを切る。
高級香水『エゴイスト』のラグジュアリーな香りと、あちねの『練乳コーヒー』の匂いが、至近距離でガチンコに衝突した。
「警告」と、ポチがスピーカーから無機質な声を上げる。「高級な自己愛と致死量の糖分が混ざり合い、当事務所の空気が『お洒落な練乳工場』と化しました。非常に不快です」
「……ふん。現場の泥臭い匂いが。私の名は、アギト最高幹部・座頭鯨ツーだ。この通信インフラは、我らご意見無用軍団が――ハックシィッ!!」
自分のエゴイストの香りで盛大にクシャミをした座頭鯨2は、その衝撃で完全に視界を見失った。
「おのれ、小賢しい真似を!」
逆ギレした彼は、ポチが「ジジ……」と電子音を鳴らした瞬間、「そこかァ!」と反射的に杖を**シュバッ!!**と一閃した。
空間を切り裂く凄まじい風圧。
刃はポチの手前30センチの空空間を盛大に空振ったが、その風圧だけで、あちねのデスクにあったスチール製のゴミ箱がスパッと真っぷたつに両断される。
「うわっ!?」
運悪くその斜め後ろに控えていた実戦担当のクジアンラッキー曹長が、跳ね返ったゴミ箱の蓋を頭に**カーン!**とまともに喰らった。
「……なぜ、何もしていない俺に当たるんですか、隊長」と頭を押さえてうなだれる曹長。
「おいおい、見当違いも甚だしいが……かすったら首が飛ぶな」
あちねは激甘コーヒーを飲み干し、ゆっくりと立ち上がった。
「お前んとこの部隊、コントの練習に来たのかい? それとも、本気で下町をハックしに来たのか?」
座頭鯨2は、仕込み杖を構え直しながら、冷徹な殺気を取り戻す。
「ふん……。口の減らない男だ。世界のヘソは、我らアギトが頂く」
マぬけな動きの裏に隠された、本物の凄み。
下町の通信網を巡る、泥臭い大攻防戦の火蓋が、いま切って落とされた。
【あっちゅ寝太郎、談。】
「眼鏡ふき、忘れて挑む、大勝負」
(近眼も度を越せば立派な凶器。次回のドタバタも、見逃せやせんぜ!)
【ポチの毒舌ツッコミ】
「あちね、彼の視覚ドライバは旧式のままです。ですが、戦闘力だけは無駄にアップデートされている模様。バグまみれの突撃に、警戒を」
(第1話 完 / 第2話へ続く)
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。『AIバディ・ポチの事件簿』、あちねとポチの凸凹コンビを、これからものんびり見守っていただけたら幸いです。




