第十一章 2話:『ゆでダコあちね救出大作戦と、非番のエリートの論理的入浴』
これは、黄金の座布団を蹴り飛ばした男と、電子の姿で蘇った柴犬が、下町の小さな「消えた幸せ」を取り戻す物語です。怪我をする人はいません。安心して、練乳より甘い午後のひとときにどうぞ。
第十一章 2話:『ゆでダコあちね救出大作戦と、非番のエリートの論理的入浴』
【あらすじ】
総工費○億円の超豪華銭湯『カエルの湯』で発生したトホホな熱湯エラー。江戸っ子の意地を張り、「ためでぃー!」とポチの制止を振り切って湯船にドボォンと飛び込んだ亜那あちねだったが、理屈じゃねえ熱さの前に1秒で真っ赤な「ゆでダコ」に変身! 「なーんだ! ちょうどいいじゃねえか!」という痩せ我慢の言葉を残してブクブクと沈んでいってしまった。
ポチのジト目がかつてない大パニックの警報音を鳴らす中、猛烈な湯気の向こうから、ある男が現場に足を踏み入れる……。
本文
■ 猛烈な湯気の向こうから、ダサい私服の救世主
「ゲロゲロッ!? あちね殿が沈んじまったケロ! スクラップどころか茹でガエルならぬ茹であちねケロ!」
浴槽の周りで、緑色のアマケロ販促ロボ軍団のサーボモーターが恐怖と熱風でカチカチと悲鳴のような音を立てて狂い咲いている。
お金持ちオーナーの銭成湯の助も、あまりの熱気に「ひぇぇ〜! 私の○億円の湯船でなんて不整合な事故が起きるんだぁ〜!」と、頭にのせた高級シルクのタオルを振り回して狼狽するばかりであった。
用務員カートの液晶画面の中では、柴犬ポチが前足を烈しくバタつかせていた。
『あちねのバイタルが限界突破だワン! このままでは完全に茹で上がっておじゃんだワン! 誰でもいいから現場の救出ルートを確保するんだワン!』
その時、男湯の自動ドアがガラリと開き、もうもうと立ち込める白い湯気の向こうから、一際異彩を放つ男が歩み寄ってきた。
なぜかキャラクターもののTシャツをインし、ケミカルウォッシュのジーンズを履いた、絶望的にセンスの悪い私服の男――そう、非番のノイローゼ気味な脳を癒やしに、わざわざこの豪華銭湯の一番風呂へやってきた、深海県警本部の超エリート**【氷室零警視】**であった。
「フッ、なんだねこの騒がしさは。最新AI『アイ・オブ・ゼウス』の市場予測によれば、今日の私はこの豪華な温泉で42度の湯に浸かり、心身の温度管理を完璧に行うはずなのだが……ん? 湯船に沈んでいるあの真っ赤な物体は……まさか亜那!? なぜお前がそんなゆでダコのような不整合な姿で沈んでいるのだ!」
『氷室室長! 四の五の言わずにあちねを引き上げるんだワン! 論理的な屁理屈をこねている暇は1秒もないワン!』
ポチのジト目が液晶画面でビカビカと赤く明滅する。
「お、おのれ、非番の私に現場の肉体労働を強いるとは……! だが、ここで天敵のお前に死なれては、私の論理的優位性が証明できんからな!」
氷室はダサい私服の袖をバッとまくり上げると、熱気に向かって手を伸ばし、湯船の底へ沈みかけていた真っ赤なあちねの腕をガチッと掴んだ。
「ぐぬぬぬっ! あちー! 何だこの殺人的な熱さは!? 私の計算の枠組みを超えているぞ!」
メガネをキラーンと曇らせ、顔を真っ赤にしながらも、氷室はエリートの意地(と、昨日あちねに助けられたかもしれない妙な因縁の裏返し)で、あちねの身体を湯船から一気に引きずり揚げ、大理石の床へとゴロゴロと転がした。
■ 意識朦朧のラリーと、ポチのジト目解析
「ぷはっ……! ……な、なーんだ、ちょうど、いい……じゃねえ……か……」
床の上に転がされたあちねは、全身から湯気をボーボーと立ち上らせ、真っ赤に茹で上がった顔でなおも泳いだ目をパチクリさせながら呟いた。イギリス紳士さながらに朝二回シャンプーした髪は完全にオールバックの形を失い、エゴイストの香水の匂いも、ただの茹でたての磯の香りのようになってしまっている。
「バカを言うな、亜那! お前の皮膚の不整合な赤さはどう見ても重度の熱中症だ! 全く、現場現場と泥臭い靴を鳴らす割には、自己の温度管理も満足にできんとは呆れたものだな」
氷室はセカンドバッグから最新型の警察端末を取り出すと、冷たい床に座り込み、ハァハァと息を荒らしながらメガネの曇りをクイッと拭った。
その足元で、用務員カートのポチの液晶画面がピコピコと鋭く明滅を始める。
『氷室室長、ナイス救出だワン。だが、あちねの痩せ我慢を笑っている場合じゃないワン。さっきあちねが飛び込んだおかげで、湯船の底のハッキングデータをガチッと掴み取ったワン。驚くべき事実が発覚したワン』
あちねは湯の助が持ってきた練乳と角砂糖たっぷりの特製激甘コーヒーを湯の助に口元へ運ばせ、ずずっと啜ってようやく意識のピントを合わせた。
「……へっ、ありがとよエリート。だがな、この熱さはただの機械のエラーじゃねえぜ。現場の匂いが、妙に『生臭い』んだよ。理屈じゃねえんだ、この奥に何かいる」
『あちねの勘は半分当たっているワン。この「カエルの湯」の地下深く、まさに国家規模の通信利権「世界のヘソ」が眠る光ファイバー網の真横から、地球の規格には存在しない「宇宙タコエネルギー」が大量にハッキング注入されているワン。誰かが意図的に源泉の温度を「あちー!」状態に仕様変更して、この豪華銭湯をバイオテロの拠点に仕立て上げようとしているワン!』
画面の中のドット絵ポチが、鋭いジト目で文字を躍らせた。
「宇宙タコエネルギーだと!? バカな、そんな非論理的なエネルギーが深海市の地下に……」
氷室が驚愕してメガネをキラーンと光らせたその時、男湯の入り口から、パタパタと軽快な足音が響いてきた。
「ニャんということかニャーーー!!」
白い湯気の向こうから、今度は豪華なフルーツ牛乳の瓶を片手に、優雅かつ怒り心頭の様子で、あの男(?)が姿を現したのである――。
(3話へ続く)
【結びの一句】
引き上げし エリートの手に タコの吸盤
『助けてやった私服のセンスを笑ったら承知しないワン、室長。あちね、コーヒーで脳をシャキッとさせるワン。地下の光ファイバーを汚す不審なエネルギーの正体を、1秒でハッキング仕様変更してやるワン!』
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。『AIバディ・ポチの事件簿』、あちねとポチの凸凹コンビを、これからものんびり見守っていただけたら幸いです。




