第十一章 1話:『総工費○?億円の豪華銭湯「カエルの湯」と、あちー熱湯風呂の罠』
これは、黄金の座布団を蹴り飛ばした男と、電子の姿で蘇った柴犬が、下町の小さな「消えた幸せ」を取り戻す物語です。怪我をする人はいません。安心して、練乳より甘い午後のひとときにどうぞ。
第十一章 1話:『総工費○?億円の豪華銭湯「カエルの湯」と、あちー熱湯風呂の罠』
【あらすじ】
宇宙企業『チュルチュルfoods』のジェラード販売不振を、オードリー・ヘップバーンが愛したイタリア修行時代の黄金レシピへ仕様変更することで見事に解決した亜那あちねとポチ。下町の商店街に再び平和が戻ったのも束の間、あちねの元に新たな、そしてとてつもなく「熱い」現場からの悲鳴が飛び込んできた。
依頼人は、政財界にも顔が利く大金持ち。深海市の下町に突如オープンした、超豪華な源泉掛け流し銭湯のオーナーであった……。
本文
■ 総工費○億円! 豪華銭湯オーナーの涙
初夏の爽やかな日差しが差し込む『亜那あちね探偵事務所』。
主である亜那あちねは、イギリス紳士さながらに整えた髪を撫付け、高級香水『エゴイスト』の渋い香りを漂わせながら、角砂糖と練乳をこれでもかとぶち込んだ特製激甘コーヒーを優雅に啜っていた。その足元の靴は、今朝も事務所の前の路地裏を愛用の竹箒で熱心に掃除したせいで、現場仕事さながらにドロドロという極端なギャップの男である。
その時、事務所のドアが勢いよく開き、仕立てのいい高級スーツを着た小太りの男が転がり込んできた。
「あちね殿ぉ〜! 助けてケロ〜! このままじゃ我が一族の総工費○億円が水の泡、いや、お湯の泡になっちまうケロ〜!」
男の名は**【銭成 湯の助】**。
新潟の名湯「岩室温泉・だいろの湯」にも負けない圧倒的豪華さを誇る、下町の新たなランドマーク、超豪華銭湯『カエルの湯』をオープンさせたばかりの、絵に描いたようなお金持ちオーナーであった。
あちねはコーヒーをずずっと啜り、ジロリと湯の助を睨んだ。
「おいおい、お金持ちぃ〜なオーナー様が、ドブ板の便利屋に何の用だ? 湯船に小銭でも落としたか?」
「そんなトホホな話じゃないケロ! うちの銭湯、最高のリラクゼーションを提供するために最新の全自動温度管理AIを導入して、一番気持ちいい『42度』にバチッと設定したはずなんだケロ。なのに、オープンした途端、1秒ごとに温度が勝手に仕様変更されて、今や『あちー!』どころの騒ぎじゃない熱湯風呂になっちまったんだケロ! 客は全員悲鳴を上げて逃げ出し、アマケロ販促ロボ軍団も恐怖でカチカチ震えてるケロ! 原因を現場でハッキングして突き止めてくれケロ!」
「温度のエラーだと? ふん、理屈じゃねえんだよ。銭湯ってのは、現場仕事のドロドロの靴と汗を流すためにあるんだ。ぬるい風呂じゃあ江戸っ子の骨まで温まらねえ。よし、その○億円の湯加減ってやつを、この俺が直接確かめに行ってやろうじゃねえか」
あちねは愛用の竹箒をバシッと小脇に抱え、ニヤリと笑って立ち上がった。
■ 湯気渦巻く熱湯風呂と、江戸っ子の意地
あちねと湯の助が、大理石と檜で彩られた豪華絢爛な『カエルの湯』の男湯へ到着すると、そこはすでに風呂屋というよりは地獄の釜茹でさながらの、凄まじい熱気と白い湯気がムンムンに渦巻いていた。
浴槽の周りでは、緑色のアマケロ置型ロボットたちが、熱風にサーボモーターを悲鳴のように鳴らしながら「ゲロゲロ! 近づいたらスクラップになるケロ!」と右往左往している。
あちねは脱衣所でオーダーメイドのシャツを脱ぎ捨て、お気に入りの竹箒だけを壁に立てかけると、湯気が立ち込める湯船の前に堂々と立った。
浴槽の湯口からは、ボコボコと不穏な音を立てて、明らかに42度を超越した、見るからに肌が真っ赤になりそうな熱湯がドバドバと注ぎ込まれている。
用務員カートに据え付けられた液晶画面を引っさげ、脱衣所の入り口から擬態を解いた愛車SAI・ポチCのシステム――柴犬ポチが、鋭いジト目をピコピコと明滅させて文字を躍らせた。
『デンジャーだワン、あちね。この湯温、論理的なエラーの域を超えているワン。世界のヘソの真横にある源泉パイプから、未知のハッキング熱エネルギーが注入されているワン。中に入るのは完全に不整合だワン!』
さらにポチは、画面の中で前足をバタバタとさせながら文字を打った。
『阿知寝! 水でうすめますか? 今ならまだ蛇口の仕様変更が間に合うワン!』
だが、あちねはフッと不敵な笑みを浮かべ、胸を張って言い放った。
「ためでぃー! こちすとら、江戸っ子だ、、、! 親父の敷いたぬるま湯のレールは歩かねえが、下町の銭湯が沸かした熱湯から逃げ出すようなヤワな性分じゃねえんだよ! なーんだ! ちょうどいいじゃねえか!」
あちねはポチの制止を振り切り、湯船へ向かって威勢よくドボォォォンと飛び込んだ!
「――ッ!!???」
次の瞬間、あちねの脳内に走ったのは、衝撃的な熱波であった。
理屈じゃねえんだよ、熱いもんは熱い。42度どころか、人間の限界を爆速で突破する熱湯に全身を包まれたあちねは、1秒で全身が真っ赤な「ゆでダコ」状態へと仕様変更された。
「……ちょうど、いい、じゃ、ねえ、か……」
完全に目が泳ぎ、白目を剥いたあちねは、そのまま「なーんだ!」という言葉の余韻を残したまま、湯船の中でガクッと意識を失い、卒倒してブクブクと沈み込んでいった。
『あちねーーーー!!! 完全なる茹で上がりのバグが発生したワン! 誰か、1秒で救出プロトコルを実行してくれワン!!』
液晶画面の中で、ポチのジト目がかつてないほど激しく明滅し、カエルの湯に大パニックの警報音が鳴り響くのであった。
(2話へ続く)
【結びの一句】
湯気煙り 意地を張る間に タコとなる
『だから言わんこっちゃないワン。大物官僚の親父さんでも、ここまで極端な我慢比べはしないワン。あちねを湯船から引き上げる、現場の救出ルートを大至急ハッキングするワン!』
あとがき ジュリタン訂正報告版
今回、一等兵の名前が「ジュリタン」「ジェリタン」とふらついておりますが、これは誤字にあらず。深海市の現場では、無線の混線やら訛りやらで、軍団名の呼び方が微妙に揺れることがままあるようで。本人たちも大して気にしていない様子なので、この際、細かいことは大目に見てやってくださいまし。宇宙は広い、名前の一つや二つ、揺れたっていいじゃねぇか――というのが、あちねの弁でございます。すあやせん。




