第十章 前編 2話:『マタタビエキスの秘密と、エリートの逆恨み』
これは、黄金の座布団を蹴り飛ばした男と、電子の姿で蘇った柴犬が、下町の小さな「消えた幸せ」を取り戻す物語です。怪我をする人はいません。安心して、練乳より甘い午後のひとときにどうぞ。
第十章 前編 2話:『マタタビエキスの秘密と、エリートの逆恨み』
【あらすじ】
ダサい私服(キャラクターTシャツ)で行列に並び、大事な留さんのコロッケを手に入れた深海県警のエリート・氷室零警視。しかし、壊れたスマートキーをガチャガチャやっていたところを、車上荒らしと勘違いしたアマケロロボ軍団に「あんまりうまくないジェラード」をドバドバとぶちまけられてしまう。商店街中に「ダサ私服の部屋が汚くて嫁のいない車上荒らし」というデマのラリーを爆速で回され、プライドは形無し。そこへドロドロの靴を鳴らして現れた天敵・亜那あちねに、ポチのジト目が光る。ややこしい因縁が夕暮れの駐車場でもつれ合う……。
本文
■ 汚れたエリートの逆恨みと、ゼウスの胎動
「お、おのれ亜那……! 現場現場と泥臭い靴を鳴らしおって! 私は車上荒らしなどではない! 自分のクラウンの鍵を開けていただけだ!」
ベトベトの緑色をしたアマケロジェラードをキャラTの胸元にへばりつかせたまま、氷室零警視は顔を真っ赤にして叫んだ。大事なコロッケの紙袋だけは脇の下にガチッと挟んで死守しているのが、なんともトホホである。
「へっ、言い訳は県警の取調室で聞きな、氷室。非番の温度管理がバッチリな割には、スマートキーの電波の仕様変更までは計算に入ってなかったみたいじゃねえか。おまけにそのTシャツのキャラ、目が泳いでるぜ?」
あちねは愛用の竹箒を小脇に抱え、練乳と角砂糖たっぷりの激甘コーヒーをずずっと啜りながらニヤニヤと笑う。
「うるさい! これもすべて、あの奇怪な緑色の宇宙ロボットどもが、私の論理的行動を妨害したからだ! スマートキーが故障してドアが開けられず、洗車機にすら入れられずにいた私の愛車を、そしてこの神聖な深海市を、こんなドロドロの得体の知れない液体で汚すなど万死に値する!」
氷室はセカンドバッグから最新型の警察端末を取り出すと、ドロドロの指で画面を激しく叩いた。
「いいだろう……こうなれば机上の空論などと言わせん。県警が誇る最新の自律型管理AI『アイ・オブ・ゼウス』のセキュリティプロトコルを起動する。商店街の不法占拠物、および不審な宇宙生物どもを、明朝をもって一斉に強制撤去・排除してやる!」
「おいおい、へそ曲げんなよエリート。現場のトラブルにAIを持ち出すたぁ、野暮天極まりねえな」
あちねが眉をひそめたその時、氷室は「ふん、すべては計算通りだ!」と捨て台詞を残し、がちゃがちゃと手動キーでようやく開いた薄汚れたクラウンの運転席へと滑り込み、煙を吐きながら去っていった。
■ 検索結果の衝撃! ローマの休日とカエルの修行
「あちね殿〜! どうしようケロ! 警察の凄いAIにスクラップにされちゃうケロ〜!」
足元で、緑色のアマケロ置型販促ロボットが再びカチカチとサーボモーターを震わせて泣きついた。
用務員カートの液晶画面がピコピコと明滅し、柴犬ポチのドット絵が鋭いジト目で文字を弾き出す。
『氷室室長、完全なる逆恨みだワン。しかし、アイ・オブ・ゼウスが本格起動すれば、M-MARTだけでなく、この下町の地下に眠る国家規模の通信利権「世界のヘソ」まで一気に掌握される危険性があるワン。……それはそうとあちね、さっき氷室にぶち当たったジェラードの成分と、チュルチュルfoodsの宇宙ネットワーク検索結果をハッキングしたワン。驚くべき事実が発覚したワン』
「あん? なんだよポチ。ただの不味いジェラードに、宇宙のどんな秘密が隠されてるってんだ」
あちねがコーヒーの缶をゴミ箱にポイと放り捨てる。
『このアマケロロボの祖先、実は大昔に地球の「イタリア」という国へ、ジェラード職人の修行に留学していた記録があるワン』
「イタリアだと!? 宇宙カエルがローマで修行かよ」
『そうだワン。しかも、モノクロの古い映画データを解析したところ……あの名作映画『ローマの休日』で、オードリー・ヘップバーンがスペイン広場の階段に腰掛けて、優雅に、実に美味そうに食べていたあの伝説のジェラード。あれを作って手渡した名店の厨房の隅で、おたまを持って必死に技を盗んでいた緑色の影――それが、このアマケロ職人のご先祖様だワン!』
画面には、白白映画のワンシーンの隅っこに、うっすらと写り込んだカエル型のロボットのドット絵が表示された。
「なんだってケロ!? ぼくたちのご先祖様は、そんな綺麗な地球の女王様にジェラードを食べさせていたケロか!?」
置型ロボットが目を丸くして驚いた。
「へぇ……オードリー・ヘップバーンか。そいつは粋なバックボーンじゃねえか」
あちねの目が、にやりと細められた。
「じゃあなんで、そんな名店の技がありながら、今売ってるジェラードはこんなにトホホな味なんだ?」
『原因は、チュルチュルfoodsの本部が「地球進出にあたって、宇宙のトレンドであるマタタビエキスを隠し味に入れろ」と、現場を無視したマニュアルを押し付けたせいだワン。配合比率が絶望的に中途半端で、イタリア名仕込みのミルクのコクと、マタタビの刺激が完全にケンカしてるんだワン』
「なるほどな。理屈じゃねえんだよ。本部の上役が机の上で考えたマニュアルのせいで、現場の職人のプライドが泣いてるってわけだ。親のレールを走らされる不自由さは、俺もよく知ってるんでね……」
あちねは懐の「黄金の印籠(USB)」にそっと触れ、愛用の竹箒をバシッと構え直した。
「よし、カエル野郎。お前たちのイタリア仕込みの職人魂、この亜那あちねが現場で意地を通してやる。明日の朝、エリートがゼウスとかいう冷てえAIを連れて乗り込んでくる前に、オードリーが愛した『黄金のレシピ』ってやつを叩き直してやろうじゃねえか!」
夕暮れの深海市商店街。
迫り来る『アイ・オブ・ゼウス』の脅威を前に、映画のロマンを乗せた下町の大逆転劇が、静かに幕を開けるのであった。
(3話へ続く)
【結びの一句】
ローマの灯 マタタビ混ぜて おじゃんかな
『どんなに由緒正しきイタリア修行でも、今の味はただの泥水だワン。明日はゼウスの鼻をあかす、大がかりな仕様変更の準備をするワン』
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。『AIバディ・ポチの事件簿』、あちねとポチの凸凹コンビを、これからものんびり見守っていただけたら幸いです。




