第十章 前編 1話:『アマケロロボの憂いと、エリート室長の壊れたキー』
これは、黄金の座布団を蹴り飛ばした男と、電子の姿で蘇った柴犬が、下町の小さな「消えた幸せ」を取り戻す物語です。怪我をする人はいません。安心して、練乳より甘い午後のひとときにどうぞ。
第十章 前編 1話:『アマケロロボの憂いと、エリート室長の壊れたキー』
【あらすじ】
ちなみに、アマケロ、クロタン、ミケタン、ジェリタンの皆々様には、本国では由緒正しき長〜いファーストネーム、ミドルネーム、ラストネームがそれぞれございますが、現場の文字数と尺の都合により、すべて省略しております。また、設定がひっくり返ったりする多少の不整合につきましても、「宇宙は広いからそんなこともあるケロ(ニャ)」と、平にご容赦のほどを! なお、本作はまだまだなるべく永遠に続きます!
さて、一族は政財界に名を連ねる名家。亜那あちねはエリートの座を蹴り飛ばし、自らドブ板の便利屋へと落とした。相棒は、亡き愛犬の魂が宿る愛車、SAI・ポチC。
宇宙での激闘を終え、地球の深海市へと帰還したあちね。初夏の夕暮れ、のんびりとした探偵事務所に飛び込んできたのは、宇宙企業『チュルチュルfoods』の地球進出を阻む、なんともトホホな「販売不振」の涙であった……。
本文
■ 探偵事務所のドアを叩く、緑の憂い
五月の爽やかな風が吹き抜ける深海市の下町。その路地裏にひっそりと佇む『亜那あちね探偵事務所』の室内には、高級香水『エゴイスト』の渋い香りと、角砂糖と練乳をこれでもかとぶち込んだ特製激甘コーヒーの甘い匂いが充満していた。
主である亜那あちねは、イギリス紳士さながらに朝二回のシャンプーですっきりと整えた髪を撫でつけ、お気に入りのジージャンを着て優雅にコーヒーを啜っている。**「大物官僚だか何だか知らねえが、親父の敷いたレールを歩くほどヤワな性分じゃねえんだよ」と、夢の向こうの父親に毒づきながらも、**その足元の靴は、さっきまで事務所の前の小汚い路地裏を愛用の竹箒で熱心に掃き掃除していたせいで現場仕事さながらにドロドロという、相変わらずの極端なギャップの男であった。
その時、事務所の古い木製のドアが、激しくカチカチと音を立てて叩かれた。
「あちね殿〜! 助けてケロ〜! 地球進出が大ピンチケロ〜!」
転がり込んできたのは、カエルの形をした緑色の物体――チュルチュルfoodsが商店街の路面店『M-MART』に設置した、**【アマケロ置型販促用ロボット】**であった。
ロボットはカチカチと関節のサーボモーターを悲鳴のように鳴らしながら、あちねのドロドロの靴にしがみついた。
「おいおい、暑苦しい緑色の頭を擦り付けんじゃねえ。俺は今、宇宙帰りの脳を休めてる最中なんだ。ポチ、こいつは一体何のバグだ?」
あちねが用務員カートに据え付けられた液晶画面を振り返る。
画面の中では、ドット絵の柴犬ポチがジト目をパチくりさせながら、冷ややかに文字を躍らせた。
『不振の原因:味の論理的破綻だワン。このロボット、M-MART店頭で「アマケロジェラード」を販売しているけれど、マタタビエキスを地球人向けに中途半端にアレンジしたせいで、あんまりうまくない。大絶賛販売不振中だワン』
「そうんだケロ! 本部から『このまま売れなければスクラップにして、ただのゴミ箱に仕様変更する』って脅されてるケロ! 助けてあちね殿、ジェラードを売らせてケロ!」
販促ロボットは涙を流さんばかりに懇願する。
「味が悪いってのは現場の致命傷だな。理屈じゃねえんだよ、食い物は美味くなきゃ売れねえ。よし、とりあえずそのM-MARTの現場ってやつを見に行ってみようじゃねえか」
あちねは愛用の竹箒をバシッと小脇に抱え、立ち上がった。
■ 非番のコロッケ行列と、ダサい服の男
あちねとロボットが商店街の大通りへ出ると、上空には販促用のドローンが何機も飛び交い、街頭には同じ緑色のアマケロ販促ロボットたちが寂しくジェラードの看板を掲げていた(※画像ファイル 289.png 参照)。
そのM-MARTのすぐ近く、下町で大人気の「留さんのコロッケ屋」の前には、今日も夕飯のおかずを求める長い行列ができていた。
あちねが何気なくその行列に目をやると、一際異彩を放つ、絶望的にセンスの悪い私服を着た男が並んでいるのが見えた。
ケミカルウォッシュのジーンズに、なぜかキャラクターもののTシャツをインし、謎のセカンドバッグを小脇に抱えている。だが、その顔つきだけはやたらと端正で、どこかで見た覚えがあった。
「……ん? おい、あれは氷室じゃねえか?」
そう、その男はあちねの警察時代の元同僚であり、現在は深海県警本部の超エリート**【氷室零警視】**であった。
普段は自転車通勤でテキパキと仕事をこなし、最新AI「アイ・オブ・ゼウス」を信奉する論理の塊のような男だが、今日はあいにく非番。部屋は散らかしっぱなし、田舎の母親からは「早く嫁取りせよ」とスカッドミサイル級の指令が飛んできてノイローゼ気味の彼は、唯一の癒やしである留さんのコロッケを求めて、ダサい私服で真面目に行列を待っていたのだ。
ようやくコロッケを手に入れた氷室は、大事そうに紙袋を抱え、そそくさと商店街の裏手へと歩き出した。
■ イオンの駐車場、ピッキング疑惑の大騒動
「おいポチ、あいつどこへ行くんだ?」
あちねが竹箒を担ぎながら後を追うと、同じく街の監視のために擬態を解いて尾行していた**【アマケロ美人支店長】**(中身はカエル)も、目を光らせて氷室を追跡していた。
氷室向かったのは、商店街に隣接する「イオンの駐車場」の、一番人目のつかない奥まった暗がりだった。そこには、エリートの愛車とは思えないほど手入れの悪い、薄汚れた黒いクラウンが隠すように停められていた。
「えっ! あれは……???」
物陰から覗き見るアマケロ美人支店長が息を呑んだ。
氷室は周囲をキョロキョロと不審そうに見回すと、クラウンの運転席のドアに向かって、金属製の鍵をがちゃがちゃ、ガチャガチャと激しく突き立て始めたのである!
実はリモコンキーが壊れているだけなのだが、そのダサい私服と必死の形相も相まって、どう見ても高級車を狙う窃盗犯にしか見えなかった。
「あの人、がちゃがちゃやって……まさかピッキング!? 県警の室長が私服で車上荒らしケロ!?」
美人支店長が驚きのあまり拡声器(大砲)で叫んでしまった。
「ゲロゲロッ! ピッキング犯だケロ! 手動キーだケロ!!」
上空のドローンや周囲のアマケロロボット軍団が一斉に反応し、大砲から「あんまりうまくないアマケロジェラード」がポンポーーーン!と発射され、クラウンのボンネットやフロントガラスにドバドバとぶちまけられた(※画像ファイル 289.png 参照)。
「うおっ!? なんだこの、泥臭くてベトベトした液体は! フロントガラスが余計に汚れたじゃないか! ……フッ、だがアイ・オブ・ゼウスの予測通り、今日の私はこのダサい私服。どれだけ汚れても痛くも痒くもないのだよ!」
ベトベトのジェラードを全身に喰らいながらも、不敵にメガネをキラーンと光らせる氷室室長。だが、大事なコロッケの紙袋を死守しつつも、車のフロントガラスがさらにドロドロになったことには内心焦りまくっていた。
その騒ぎに、周囲の買い物客やミルクパックを持ったおじさまたちが集まり、一瞬にして商店街の噂話のラリーが始まった。
「あらやだ、氷室さん、私服がダサいと思ったらピッキング?」「車の手入れも悪ければキーも手動なんですって」「部屋も汚いらしいわよ」「嫁もいないしねぇ」
「ち、違う! これはスマートキーの電波障害で、論理的なエラーであって……っ!」
顔を真っ赤にして弁明する氷室だが、集まった人々の前で、エリートのプライドは形無しであった。
「おいおい氷室、非番の日の温度管理も私生活のセンスも、隙だらけじゃねえか」
あちねがニヤニヤしながら、ドロドロの靴を鳴らして歩み寄る。
「あ、亜那……! なぜお前がここに!?」
天敵の登場に、氷室の顔がさらに引きつった。
用務員カートの液晶画面では、ポチの目がピコピコと明滅している。
『氷室室長のリモコンキー、および私服のセンスの不整合を検知。同時に、チュルチュルfoodsのジェラードの配合データをハッキングし、美味しく「仕様変更」するルートを算出中だワン』
あちねは懐にある切り札「黄金の印籠(USB)」の感触を確かめ、愛用の竹箒をバシッと構え直した。
ややこしい元同僚のプライドと、下町の不味いジェラード大作戦。
あちねとポチの、ハチャメチャな現場介入が幕を開けるのであった!
(2話へ続く)
【結びの一句】
夕暮れや 壊れたキーに カエル鳴く
『絶望的な私服のセンスだワン。コロッケより先に、そのクラウンを綺麗に洗車するチャンスだワン』
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。『AIバディ・ポチの事件簿』、あちねとポチの凸凹コンビを、これからものんびり見守っていただけたら幸いです。




