第九章 前編 2話:『歩みのろき精鋭部隊と、緑アミーバの名案』
これは、黄金の座布団を蹴り飛ばした男と、電子の姿で蘇った柴犬が、下町の小さな「消えた幸せ」を取り戻す物語です。怪我をする人はいません。安心して、練乳より甘い午後のひとときにどうぞ。
第九章 前編 2話:『歩みのろき精鋭部隊と、緑アミーバの名案』
【あらすじ】
一族は政財界に名を連ねる名家。亜那あちねはエリートの座を蹴り飛ばし、自らドブ板の便利屋へと落とした。
相棒は、亡き愛犬の魂が宿る愛車、SAI・ポチC。
高級香水『エゴイスト』を纏いながら、脳が痺れるほどの練乳を愛し、下町の涙を拾う男。
「理屈じゃねえんだよ。……現場の意地、見せてやる!」
本文
湖だらけの星と、大養殖ビジネス
大気圏を突破した真っ赤なポチキャロルは、虹色の光を引いて懐かしのアマケロ星へと着陸した。
フロントガラスの向こうに広がっていたのは、前回のマタタビ湖だけではない。ミケタン湖、クロタン湖と、あちねが見渡す限り大小無数の美しい湖がキラキラと輝いている。
「へえ、しばらく見ねえ間に、えらい景気が良くなってやがるな」
あちねは脳が痺れるほど甘い特製練乳コーヒーをグッと喉に流し込み、真っ赤な鼻をこすった。
それぞれの湖には巨大な生簀が組まれ、銀河シャケの大養殖場と、チュルチュルパウチを量産する最新工場がどこまでも広がっている。まさに猫たちのパラダイス、一大チュルチュルコンビナートだ。
「はい、あちね殿。あの全面戦争の和解後、猫型宇宙人たちのチュルチュルfoodsビジネスは、銀河のシェア80%を誇る一大産業へと大発展を遂げています。……ですが、まさにその富を狙って、カメどもが上陸を完了した模様です!」
ポチのドット絵が、液晶画面の中で潜水ヘルメットをかぶった警戒グラフィックに切り替わった。
ガチガチの海兵隊、のろのろと進軍す
ズ……シン……。ズ……シン……。
新設されたミケタン湖の第二工場に向けて、地響きを立てながら進軍してくる影があった。
漆黒の重装甲の甲羅を背負い、最先端のレーザー銃を構えた、ブラックカメタン星の精鋭――「カメタン海兵隊」である。
「よし、一歩一歩、確実に敷地内へ侵入するのだ。我が軍の歩みはのろいが、この甲羅の防御力は銀河一。猫どものひっかき攻撃など、1ミリも通じぬ」
カメタン兵曹長がのっそりと拡声器を構え、工場の猫たちを威嚇する。その進軍スピードは時速およそ3キロ。めちゃくちゃのろい。だが、工場を守るミケタン・クロタン連合軍が放つ防衛レーザーを、カメたちの甲羅はパキィィンと火花を散らすだけで、すべて傷一つなく弾き飛ばしてしまう。
「ひえぇぇ、弾が全然効かないニャ(ケロ)!」
猫たちとアマケロ警備隊が頭を抱えて右往左往する中、カメタン海兵隊の後方から、プルプルと体を震わせた緑アミーバ軍師が自慢げに前に躍り出た。
「ふふふ、兵曹長、ここからが私の本当の『名案』の出番です! 原始的なパスワードのミスは忘れなさい! チュルチュル工場のメイン排気口に向けて、我がアミーバ細胞を凝縮した特製『ドロドロ液』を注入します!」
ポチのハッキング遮断!
ペトッ……ドロドロドロォォォ!!!
「あちね殿、警告です! 工場のメインシステムに、有機的な未知の粘着性物質が侵入! 回線が強烈なジャミングを受けています!」
ポチの画面が一瞬、ザザッと砂嵐に覆われた。
「おい、ポチ! 大丈夫か!?」
「システムを100%ハッキングで書き換える『仕様変更』が使えません! アミーバ軍師のドロドロ液が物理的に電子回路を包み込み、通信を一時的に完全遮断しています。パスワード『1234』を打ち込むためのコンソール(端末)まで、物理的に近づくしかありません!」
「へっ、ハッキングが使えねえなら、現場の便利屋(探偵)の出番だ。理屈じゃねえんだよ、現場のピンチは体張って止めるのがオイラたちの仕事だろ!」
あちねは首筋のエゴイストの香りをピリッと引き締め、愛用の竹箒をバシッと両手で構え直した。
工場の制御を奪うため、のろのろと、しかし無敵の防御力で迫るカメタン海兵隊。
ハッキングを封じられたポチと共に、あちねは広大な湖畔の工場地帯を舞台に、どうやってこのガチガチの精鋭どもを出し抜くのか!?
(第3話・中編へ続く)
【結びの一句】
春の湖 ドロドロ液に 煙る影
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
『AIバディ・ポチの事件簿』、あちねとポチの凸凹コンビを、これからものんびり見守っていただけたら幸いです。




